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終わらない悪夢

「将来の夢は何ですか?」と学校で問いかけられたことがあるはずだ。しかしだ、高校生、遅くても大学生ぐらいになれば大抵の人間は現実を見なければならなくなる。サッカー選手を夢見ていた男児は営業マンになり、パティシエを夢見た少女はOLになる。我々の多くは夢を裏切られ、リクルートスーツで加工された量産品になるわけだ。


もっとも、仕事が見つかるうちは幸福であるということに変わりはなく、2000年前後と2009年、2012年の惨禍はそれを執拗に突きつけている。世代を超えて我々は夢を次々と諦めていった。家庭を築く夢、出世する夢、穏やかな老後の夢─それらは多数の人間には文字通りの夢物語になってしまったし、幸福な人生という夢そのものが社会から薄れていった。


このような状況で「将来の夢は何か?」と問われても、子供達は漠然とそれが叶わないことをより早く思い知っていくはずだ。


だが我々に何も出来ないのは読者も知っての通りである。体力も気力も尽き果てた人間に何ができるはずもない。それが身の程なのかどうかは知らないが、少なくとも事実としてそうだ。例えば四半世紀も前の惨劇の中で何かを変えようとしたものは、巨大な現実の壁に押し潰された。鬱屈とした社会の下にはかの世代の死体の山が積み上がっているし、まだ死んでいない者も多くは積み上がるために行列に並んでいる。


つまりだ。夢は叶わないし、現実は変えられない。こんな状況でどうやって希望を持てと言うのだろうか?無論例外はあるだろうが、それはあくまで例外にしかならない。勉学は給料を底上げするだけで幸福はくれない。幸福は金がなければ成立し難いが、金があれば幸福とも限らない。暴力で何かを変えられるほど社会は脆弱ではないし、そもそも我々はそんなに強くもない。


それでも我々は一筋の希望を持って勉学に励んできたわけだが─その結末は分かっているだろう。夢破れた人間の多くは虚無に飲まれたまま死んでいくし、そのことを責めることは出来ない。レールに乗った人生と乗らない人生でも、行き先の本質は基本的に変わらないのだ。

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