Gene Waterhouse2 ジーン・ウォーターハウス2
「俺の名字は遺伝子提供者からもらったものですが、ダドリー大尉は？」
「おなじだ」
アンブローズは答えた。
軍の施設で生まれた者は、遺伝子提供者の名字を名乗る慣例だ。
遺伝子提供者には元軍人も多いので、おなじ名字を名乗られるのを拒否されることはあまりないが、拒否された場合にはそのつど施設の責任者の名字などをつけられる。
遺伝子提供者と家族としての関わりはいっさいなく、名字はただ便宜上のものという認識だ。
「ふた昔まえの記録にダドリー中将というかたがいますが、そのかたの遺伝子？」
「さあな」
アンブローズは下を向き白い煙を吐いた。
「おなじ名字を持ったかたは、いま軍のなかには」
「会ったことはないな」
アンブローズは答えた。
ジーンはしばらく下を向き何かを考えていたが、ややしてから思い出したようにクスッと笑った。
「妙な感じですよね。命の危険がある軍人が生身の人間で、命の危険はそこまでではない特別警察がヒューマノイドって」
「べつに。いまどきの戦争なんて諜報と交渉がすべてだろ」
「言えてますね」
ジーンが答える。
「軍で生まれたわけではない一般の軍人は、出世には限界がある代わりに早い時期の退役で高額の退職金と年金があるわけですが」
「そうでなきゃ人なんか集まらん」
アンブローズはそう返した。
「戦争は諜報と交渉でできても、災害となると人手は要る」
「災害派遣くらいはヒューマノイドに換えてもよくないですかね」
ジーンが微笑する。
アンブローズは横目で軽薄そうな女顔を見た。
「特別警察は、ヒューマノイドのみで構成されて何の支障もない」
「支障か」
アンブローズは口の端を上げた。
「以前は特別警察にも生身の幹部が数人ほどいたんだが、追いだされたらしいな」
「いまでもいるのでは？」
ジーンが答える。
「あれは幹部そっくりのヒューマノイドだろ」
アンブローズは答えた。
「一人ずつ接触して確認した」
「直接ですか。ずいぶんアナログな」
「それがいちばん確実だ」
アンブローズはタバコを口からだした。
わざと舌をのばし、タバコのフィルターをぺろりと舐める。
ジーンがその舌先をじっと見ていた。
「さっきも言った。俺はゲイのふりは不必要ならむりだ。だが必要ならべつだ」
ふたたびタバコをくわえる。
「相手の遺伝子情報を盗もうと思ったら、いちばん手っとりばやい方法の一つだからな」
「遺伝子といえば」
ジーンがスラックスのポケットに手を入れて切りだす。
「軍の施設内の重要な箇所は、遺伝子と目の虹彩、指紋を登録された者しか出入りできないですね」
「基本だろ。一般の企業だってそのくらいの設備はある」
「軍の療養所のとある病室とその周囲も同様ですね」
ジーンが言う。
アンブローズは横目で彼を見た。
「軍がそこを重要な箇所としてあつかい、認証の設備を厳重にしたのはあなたの進言があったからとか」
「一大尉に、そこまでの発言力があるとでも？」
アンブローズは煙に似せた水蒸気を吐いた。
「軍の上層部も納得したからでしょう？ ――ブランシェット准将のお口ぞえもあったのでしょうけど」
ジーンが顔を近づけ、まっすぐに目を合わせてきた。
「病室は、通称LOC-Dと呼ばれている」
ジーンが口の端を上げる。
「なかにいる人物は、ドロシー・G・D。女性、二十代」
アンブローズは、無言で薄青の瞳を見すえた。
「名字は「D」としかつかめていないが、あなたとおなじ “ダドリー” では」
アンブローズは、ハッと息を吐いて笑った。
「おまえなら自分の遺伝子情報で中に入れるだろ。本人に直接確認してきたらどうだ？」
アンブローズは挑むように見返した。
「本人は、とっくに意識をとりもどしてるぞ」
ジーンはしばらくこちらをじっと見ていた。
ややしてから、口の端を上げる。
「いえ、女性の病室なので」
「そんなもん気にしなさそうだが」
「失礼ですね」
ジーンが苦笑する。
アンブローズは上着の内ポケットから携帯用の灰皿をとりだすと、タバコを指先でたたき灰を入れた。
「女だろうが軍人だ。軍内部の人間が必要だと言えば面会に応じるだろうよ」
アンブローズはそう返した。
「大尉は、面会されたことは？」
「俺は軍を追い出された身だ。そんなところにシレッと行けると思うか？」
アンブローズはタバコを強く吸った。
「設定を忘れんなよ、おい」
かすかに機械音がする。
静かなこの場所でやっと聞きとれるほどの微かな音だ。
「最近も大尉はその病室に出入りしていたようですね」
ジーンが無表情になる。
「あなたの遺伝子情報の登録は、軍にしっかりと残っているようだ」
アンブローズは苦笑しながらズボンのヒップポケットに手を回した。
