Data poisoning3 データポイズニング3
夕方、寝室。
閉めっぱなしのカーテンから透ける陽の光がそろそろ薄くなる。
空中にはあいかわらずナハル・バビロンの公的施設のだれもいない廊下の映像が投影されていた。
アンブローズはPC内蔵のデバイスチェアに座り、どきどき画像を入れかえてながめながらタバコをふかしていた。
この画像の表示しっぱなしは、休憩にちょうどいい。
仕事をしなくてはという強迫観念がない。
室内が暗くなる。壁に手をのばして旧式のスイッチを押し照明をつけた。
室内のあかりに応じて空中に投影された映像がすこし明るくなる。
玄関口のドアが解錠される音がした。
ジーンだろうと思ったが、アンブローズは念のためデバイスチェアから立ち上がりベッドの上に置いた拳銃を手にした。
「アンー、ただいまー」
ジーンの声だ。
拳銃をベッドに戻す。
「アンー?」
寝室のドアが開く。
能天気な声とは裏腹に、ジーンの手には銃が握られていた。アンブローズの姿を確認すると、苦笑いして通勤用のカバンにしまう。
「返事ないから緊張しちゃったよ」
「合鍵渡してるやつをいちいち出迎えるの面倒くせえし。だいたい何だ、ただいまって」
「合鍵渡してたら家族あつかいじゃん? ふつうのタイプのキーのDNAデータを登録してもらった感覚?」
ジーンが答える。
ここはいちおう上の階級の人間の自宅なんだが。
「昼間の通話の説明しろ」
アンブローズはそう切りだした。
「ざっくり見当つけると、アボット財閥が自社製の特別警察仕様ヒューマノイドを一斉処分するって話か」
「さすが俺のアン」
ジーンがハグしようと両手を広げる。
アンブローズはあきれて目をすがめた。
「……そんな本気で怒んなくていいじゃん」
「発作はNEIC勤務中に解消してこい言ったよな」
ジーンが苦笑いして手を引っこめる。
「発作というか一日のルーティン? 寝るまえの口腔ケアみたいなやつ?」
「いいから解説しろ」
アンブローズはサイドテーブルに置いたタバコのパッケージを手にした。
一本を出してくわえる。
「NEIC上層部の会話をまえからずっと傍受してたんだけど、どうもアボット社が特別警察仕様のヒューマノイドの人工脳を学習汚染AIで洗脳してるらしいって」
アンブローズはタバコを燻らせた。
「……マルウェア送れば早くないか?」
「その手はすでにNEICがやってるからね。――推測だけどマルウェアに関してはNEICに対抗策を取られてたんでAIに切り替えたんじゃないかな」
ジーンがそう説明する。
「学習汚染したAIでどっかに向けた敵意を植えつけて? んで自滅させるのか?」
「だと思うよ。アボット社としては、このまま法解釈の狂ったヒューマノイドを放置するわけにもいかないだろうし」
「それはそうだ。むしろ何でいままでやらなかったんだ」
アンブローズはタバコの灰を灰皿に落とした。
「アボット社としたら、メンテナンスのふりして正常なものとすり替えるって手もあったと思うけど、それだとまたNEICのマルウェアにやられる可能性がある」
「特別警察仕様のヒューマノイドは脳内にセキュリティシステムくらいあると思うが、そもそもそれどうなってたんだ」
アンブローズは問うた。
「NEICのマルウェアはそれをあざむくプログラムのものだった。アボット社もさすがに対抗しうる方法を開発するのは時間がかかったってことじゃないかな」
ジーンがそう推測する。
「んで? 三年経ってようやくAIで地味に洗脳する方法にたどりついたってか」
「たぶん。NEIC総務部が、“やっべ” を連発してた」
ジーンが肩をすくめる。
アンブローズはタバコをトントンと指先でたたいて灰を落とした。
「やっべ程度で済むのか? そこ少し引っかかるけどな」
「執務室でのコソコソ話だからね。ふだんよりゆるい会話にはなると思うけど」
ジーンがベッドに座る。
「アボット社としては、特別警察のヒューマノイドに不具合があったまま何年も放置してたと世間さまに知られたら困る。たぶん株価におもいっきり関わる」
「たぶんじゃなくて確実に落ちる」
アンブローズはそう返した。
「だからヒューマノイドが自然な感じで機能を落として、メンテナンスとしておとなしく回収させてくれるところまでまず持って行きたいんじゃないかと思うんだけど」
「NEICのマルウェア入りだと、そこ抵抗されるわけか」
アンブローズはタバコを強く吸った。
「そのあと、おそらく新品のに替えるんだと思うんだけど……」
ジーンがつぶやく。何かが腑に落ちないように眉根をよせた。
「どうした」
「いや。そうなるとドロシーちゃんはどこに絡んでるんだろうっていうか、たしかにそんなことで済むなら三年もかけるかなっていうか」
たしかに。
アンブローズはタバコをくゆらせた。
「もしかするとなんだけど」
そこまで言ってから、ジーンが指先をクイクイと曲げる。
「こっちにこい」というようなジェスチャーをした。
アンブローズは眉をひそめたが、タバコを手にしたまま上体をかがませた。
ジーンがさらに指先をクイクイと曲げる。
何がしたいんだとさらにかがんだ。
ジーンが腕をのばしてガシッと抱きつく。アンブローズの耳元に口をよせた。
「何してんだ、てめえは!」
タバコの火にいちおう気を使いながらも、アンブローズは声を上げた。
「念のため。どこで聞き耳立てられてるか分かんないし」
「ほんとうにそっちの趣味なんじゃないだろうな、おまえ」
いまさらながら怪しく思えてきた。
耳元でジーンが声をひそめる。
「この傍受して延々見せられてる映像さ、ドロシーちゃんが真にAIで洗脳したい対象が映ってるとか?」




