Data poisoning2 データポイズニング2
昼すぎ。
寝室の空中に投影されたPC映像を見ていたアンブローズのブレインマシンに、通話の知らせが入る。
ジーンからだ。
空中に投影された映像のかたすみにあるデジタルの時刻表示を見る。
NEIC昼休みの時間帯だ。
また暗号なのかお遊びなのかよく分からん話を聞かされるのを覚悟して、アンブローズは通話に応じた。
目のまえに回転する歯車のような表示があらわれる。
「俺……」
「──アン、愛してるよ」
「本題入れ」
アンブローズは即座にそう返した。
きのう話していたナハル・バビロンとチェルカシア、アルシア連邦共和国についての一般検索だろうと見当をつける。
「──きみの好きなサーカシアンチキンのことだけど」
サーカシアン。
「チェルカシア」を無理やりこちらの母国語の読みにしたのかと察した。
「そこ人いるのか。誰もこないトイレの個室とかないのか?」
アンブローズはタバコを取りだし、唾液で火をつけた。
「──サーカシアンチキン、人気みたいでさ。けっこう人が来るんだよ。並んでないところなんて意外とないんだってば」
「なるほど」
アンブローズは水蒸気成分の煙を吐いた。
「──だから勘弁してよ、アン。愛してるからさ」
「よけいな文言ぶっこんでないで先を話せ」
アンブローズはイスの背もたれに背中をあずけた。
空中に投影されたナハル・バビロンの映像は、あいかわらず誰も通らない廊下ばかりだ。
「ふつうに検索すると、サーカシアンチキン食べてからボート遊びってがいちばん多いデートプランだってさ。それ以上はとくにおもしろいのは見つからないよ」
ボート遊び。
アンブローズは、空中の映像をながめつつしばらく考えた。
アルシア連邦共和国の国名のルーツが、現地の言葉で「小舟を漕ぐ人」だったか。
「一般の検索で出てくるのは、やっぱ知ってる程度のものか。──分かった」
通話を切ろうと歯車の一点に視線を移動させる。
「──ちょっと待って! 切らないで、アン!」
ジーンが声を上げる。
「まって、まって。機嫌直して。いいお知らせがあるんだってば」
アンブローズは眉をよせつつOFFと表示したものを取り消した。
「フランス人形の工房にね、もしかしたらマスティアちゃんがいるんじゃないかって。どんな仕事してるのかはまだ分からないけど」
フランス人形。
ストレートにアリスのことと解釈していいのだろうか。
アリスのところにマスティア。
PCを横目で見る。
ブランシェット准将と特別警察のいずれかかもしくは両方、もしかしたらナハル・バビロンにまでアクセスを傍受されているかもしれないので、このPCで迂闊な検索はできない。
「もう一声」
アンブローズはそう告げた。
「──アンがメソポタミアの美術品のほうが好きなのは分かるよ。俺はアンがいちばん好きだけど」
「よけいなことは挟まんでいい。ポイントはメソポタミアか?」
アンブローズはこめかみに指先をあてた。
通話をつづけたままで「マスティア」を検索する。
「アラム語で “敵意”?」
眉根をよせる。
「敵意……マスティア……マルウェア? いやこの流れだと、“敵意” のほうか? 例のアボット財閥のAIの意図的な学習汚染か?」
「アンの察しのいいところ……好きだよ」
ジーンが本気で照れているかのような口調で言う。
これで本日の分のおふざけノルマは解消か。タバコを強く吸う。
「アボット財閥がAIで洗脳かまそうとしてるのは、何らかに対する “敵意”? ──物騒な話だな」
「──アン、そうだよ。いちばん愛してるのは君だって」
「正解」という意味か。よけいな部分は聞き流す。
「──フランス人形の工房が、出来の悪い製品を一斉処分するつもりかなって」
ジーンが言う。
「出来の悪い製品」
「ほらあそこのお人形、勝手に変なふうに動くのあるじゃない。アンとハイゲートで見たでしょ」
ハイゲート。
まえに骨掘りに行った墓地か。
意味不明に大胆スリット入りの修道服を着たヒューマノイドシスターに襲われて、ジーンがムダに照れてたとどうでもいいことまで思いだす。
「特別警察か」
「そ。総務部のメアリーがそんな話をしててさ」
食堂勤務のメアリーは、こんどは総務部に転職したのか。便利なキャラだなと思う。
アンブローズはタバコを燻らせた。
「──サーカシアンチキン、もうちょい並んでみるけどさ。とりあえず今のところのお知らせ」
ジーンが告げる。
「敵意……? 何が何にだ?」
アンブローズは眉をよせた。
AIの意図的な学習汚染をして大規模な洗脳。その目的が何ものかに対する敵意を抱かせる思想にかたむかせること。
尋常な話ではないが。
「そういうことだからさ。愛してるよ、アン」
こんどこそ通話切っていいんだろうな。眉根をよせる。
アンブローズは通話をOFFにした。




