Alice in Suspicion4 疑惑の中のアリス4
「はー脳がいい運動したぁ」
ジーンがイスの背もたれに背をググッとあずけてエビ反る。
「変なやつだな」
アンブローズはタバコの煙を吐いた。
「そういうのない? あたらしい情報とか知識に遭うと脳の凝りがほぐれるみたいになって、あー気持ちいいー、使ってなかった脳がほぐれるぅーみたいな」
「……たぶんおまえだけだ」
アンブローズは困惑して眉をよせた。
「まあ、ちょうど糖分あるから脳にエサくれてやれ。お嬢さまが置いていった抹茶ケーキはぜんぶおまえが食っていい。譲ってやる」
アリスが置いていったケーキの箱を親指で指す。
甘い匂いをかぐのがイヤで、箱を開けるどころか移動すらさせていない。
「……譲るもなにも、口に入れる気ないでしょ、アン」
ジーンが苦笑する。
イスから立ち上がり、ケーキの箱を開けて中をのぞきこんだ。
「……六分の一ほどでじゅうぶんであります、大尉」
鼻白んだ感じで言う。
予想よりボリュームのあるケーキなのか。アンブローズは顔をしかめた。
「なんかいま分かった。お嬢さまが息するように甘いもの補給したがるのは、脳ミソに食わせてるのか」
ジーンがケーキの箱をいったん閉める。
「ナイフある?」
そう尋ねてキッチンのほうを見る。
自炊などしない人間がふつうというご時世だ。料理用の包丁は置いていない。
「お嬢さまが置いていったケーキナイフ使って洗っておけ。なんか高級品らしいが減らんからバレないだろ」
ジーンがいろいろ言いたいことがありそうに苦笑する。席を立ち、キッチンのほうへと向かった。
「どこ?」
システムキッチンのまえで左右の棚を見る。
「下のカップボード。ケースに入ったやつあるだろ」
ジーンがしゃがんでカップボードの扉を開ける。
「クオレ・コンティってロゴあるやつ?」
「ブランド名は知らん」
アンブローズはテーブルに肘をつきタバコの煙を吐いた。
「赤いカップと同じブランドだね。アリスちゃんお気に入りのブランドなの?」
ジーンがケーキナイフを手にリビングに戻る。
「知らん」
アンブローズはタバコを強く吸った。
ジーンがリビングの入口を入ったあたりで立ち止まる。
とくに動かずこちらをじっと見ている気配を感じて、アンブローズは顔を上げた。
目が合う。
とつぜんジーンが中腰になった。
ケーキナイフを持った手をすばやく突きだし、アンブローズの首をねらう。
アンブローズゆっくりとイスから立ち上がった。
ジーンと目を合わせながら、吸っていたタバコを無言で灰皿に置く。
タバコの煙が、天井に向けてたなびいた。
ケーキナイフを構えたまま、ジーンがするどい目つきでこちらを見すえる。
一気に踏みだすと、もういちどアンブローズの首をねらった。
ジーンの腕をとり捻り上げようとしたが、合気道の動きで指側に引いて外される。
ジーンがいったんうしろに引いた。
目を合わせながらナイフを握り直し、ふたたびアンブローズの首をねらう。
「……首好きだな、おまえ」
アンブローズは眉をよせた。
「いちばん確実な急所でしょ?」
ジーンが口のはしを上げてニッと笑う。
「だからっつって……」
アンブローズは灰皿に置いたタバコに手をのばし、灰をポンポンと落とした。
「……何やってんだ、おまえ」
眉をよせて問う。
「俺に関しては疑いもしてないようだから注意喚起してあげようかなとか急に思いついて」
ジーンが軽薄に笑う。
「思いつきで上官襲うな。軍法会議にかけるぞ」
「悪意のないドッキリじゃん」
ジーンがヘラヘラと返す。
アンブローズはあらためてタバコを吸った。
「はじめからぜんっせん本気だと思ってなかったでしょ。本気で襲われたと思ったらタバコ消すもんね」
「ここで襲ったら動きを止められるものなんかいくつもあるのに、それを一つも使わんで何がドッキリだ」
「次回から使わせていただきます、大尉」
ジーンが敬礼する。
「使うな」
アンブローズは語気を強めた。
ジーンが、ググッと伸びをする。
「あー体もちょっと運動したあ」
「ちょっとすぎるだろ……」
アンブローズは顔をしかめた。
「さて」
ジーンがケーキの箱を開ける。
「あらためて糖分補給しよっか」




