Alice in Suspicion3 疑惑の中のアリス3
「アリスちゃんは帰ったの?」
リビングのテーブルに肘をついたジーンがディスプレイを見ながら問う。
「ああ……」
「あいかわらずでホッとしたけど、ドロシーちゃんの指示ってなに」
聞こえてたのか。
アンブローズはテーブルの上の灰皿を指で引きよせ、トントンと灰を落とした。
「尋問してみなきゃ確定できんが、アリスが逮捕されて素直に連行されて行ったあたりか “ティーパーティー” の傍受に誘導されたあたりから、たぶんドロシーが介入してる」
タバコを強く吸う。
「逮捕の裏に何かあるんじゃないかと思って、わざわざアリスの様子がのぞける方法をさがして護衛ヒューマノイドの眼にたどり着いた、ドロシーはそれを利用しやがった」
「行動を読んでやがった」。そうつづけてアンブローズは眉をよせた。
「ていうか尋問って。相手はいちおう幼女なんだからさ」
ジーンが苦笑する。
「オンライン尋問だ。気は使ってやる」
「ドロシーちゃんの介入ってよく分かったね」
「こう考えたほうがすんなり納得できると思っただけだ。とくにヒエログリフからの “ティーパーティー” の流れ。あの状況でほかの誰にあれを伝える気でいたんだっての。――カマかけたら吐いた」
「ああ、義理の妹ってそれ」
「……くだらん証言部分は無視しろ」
アンブローズは水蒸気の煙を吐いた。
タバコを燻らせながら、ジーンの見ているディスプレイをながめる。
「さすが “諜報担当のなかの諜報担当” がからむと誰も信じられないような事態になるね」
ジーンが口角を上げて笑みを浮かべる。
「アン、じつは俺もね……」
「いいからおまえはディスプレイ見てろ」
タバコでディスプレイを指す。
「引っかかったふりくらいしてくれてもいいじゃない」
ジーンがディスプレイの操作パネルに手をかざし、つぎつぎとチャンネルを変える。
片手をこめかみに当てているところをみると、ブレインマシンから手に入れられる配信も並行して見ているのだろう。
「どこも関連すら触れていない情報がいくつかある。ナハル・バビロンとその友好国の政府内の動き、ライフラインの情報、それとサイバーの状況」
「たまたまとは違うのか?」
アンブローズはタバコを燻らせた。
「ブレインマシンの配信含めて何百って番組見て雑談や誰かのうっかり一言にすら上がらないのは違和感あるね。これに関連する情報にさりげなくストップかけてる存在がある可能性が」
「ドロシーか?」
「かもしれないし。誰なのかまで推定するとしたら、もっと数を見る必要があるけど」
ジーンが画面を見つつ微笑する。
おもしろいんだろうか、こういう分析が。ワクワクを抑えている顔に見える。
「ブランシェット准将かもしれないのか?」
アンブローズはためしに問うた。
「このぽっかり抜けた情報の裏で、動いている人か勢力があるのは確かだね」
アンブローズはディスプレイをながめた。
画面では、AIが作りだした女性アナウンサーがニュースを伝えている。
「ちょっとやそっとの勢力が特定の情報を隠そうとしてもここまで見事にはいかないよ。ふつうは誰かがかならず関連した事項をポロッと口走るか表情にだす」
ジーンがチャンネルを変えながら解説する。
「直接その情報じゃなくても、たとえば “A国が経済破綻した” って誰かがポロッと言ったとしたら、とりあえずそのほかの国は破綻していないという保留の情報になる。そこに “B国がバブルで若者が毎日パーティー”、“C国のGDPがD国を越えた”、“E国とF国のあいだの輸出入に変化”、こんなふうにバラバラの情報を数百、数千と組み合わせていく。――パズルの特定のピースがなくても、周りを埋めていけばそのピースの形が分かるでしょ。そんな感じでA国の経済破綻という話の信憑性が少しずつ上がる、なおかつ各国の経済政策の内容と成果がざっくりだけどつかめる」
ジーンがチャンネルを変える。
「数百、数千のバラバラの情報を総合してくと、そのうちぽっかりと空いたところ、どの情報でも掠ってもしない箇所が出てくることがある」
ジーンがプロジェクターから目を離さずつづける。
「今回の場合は、重要な分野のはずなのにわずかも関連情報が出ていない分野があれば、そこがドロシーちゃんの動いてるところである可能性が高いと思う」
アンブローズは黙って聞いていた。
「言葉で説明するとややこしそうに聞こえるかもしれないけど、理屈はかんたんだよ。できるかぎり雑多な情報を大量に収集して、脳内でそれらの大雑把な傾向の分析をする」
「……発達障害の一つで、空気は読めないけど分析能力はやたら長けてるのがあるって聞いたことある」
「ちょっとアン……」
ジーンが苦笑いをする。
とくに他意はない。
発達障害のなかには、IQが高く分析能力が異様に高いタイプのものがある。
空気は読めないが、分析力で相手の懐に入る方法を割りだすので逆に独特のコミュニケーション能力があるとか。
将校として育てる人間を遺伝子で選別しているいまの自国の軍が、情報将校の一部をそういう方面から選別したとしてもふしぎはない。
アンブローズは灰皿でタバコを消した。
「そのままつづけろ。コーヒーのおかわり淹れてやる」




