Alice in Suspicion2 疑惑の中のアリス2
旧式のコンドミニアム特有の軽快な玄関の呼び鈴が鳴る。
「あ、出る?」
ジーンがそう問う。
「おまえはプロジェクター見てろ」
アンブローズは立ち上がると、つかつかと寝室に向かった。雑にドアを開け、ベッドの横に置いた拳銃を手にする。
弾数を確認してヒップポケットに突っこみ玄関口へと向かった。
無言で魚眼レンズをのぞく。
正装を身につけた男性の胸元が見えた。
特別警察のヒューマノイドだろうか。うしろ手に拳銃をにぎりつつ目をすがめる。
「誰ぇ? 必要なら援護するよ、アン」
ジーンがリビングから呼びかける。
「いいからプロジェクター見てろ」
アンブローズは小声でそう返した。
魚眼レンズをのぞく角度を変え、もう少し上のほうを見る。
アリスの護衛ヒューマノイドだろうか。
ということは、アリスはいっしょなのか。
目線を下にさげる。
金髪のつむじとクルクル巻き毛、広がったスカートとフリルのようなものが見える。
「なんだこのタイミング……」
アンブローズは眉をよせた。
魚眼レンズから離れて宙をにらんだが、いまのところは特別警察のヒューマノイドに幼女型がいるという情報はない。
人工脳の情報を書き換えられた護衛ヒューマノイドがアリスを人質に襲撃ということも考えられるが、そのさいはアボット社に連絡して人質ごと外に追い出せばいい。
まあ、さほど不利な状況ではないか。
アンブローズは旧式のサムターンキーをまわした。
玄関のドアをゆっくりと開ける。
アンティークのドレスを着た幼女が、軽く膝を折りカーテシーのあいさつをした。
アリスだ。
「『プティットフィーユ』のパティシエに特別に作っていただきました甘さをおさえた抹茶とアーモンドのリンツァートルテをお持ちしましたの」
態勢をもどし、大きめのケーキの箱を差しだす。
「悪いがアーモンドアレルギーだ」
「いつからなりましたの?」
アンブローズはタバコを燻らせながら大きな青い目を見下ろした。
「おじゃましてもよろしくて?」
アリスがこちらを見上げて問う。
帰還して第一弾のケーキが抹茶ケーキというところと、アーモンドアレルギーの有無についての答えを聞くかぎりは、ほんものか。あまり決定的ではないが。
生身かどうか、本人かどうかを確認したいところだが、性的な方面からもタバコからも確認できん相手はめんどくさいなとアンブローズは思った。
「 “ティーパーティー” の情報はお役に立ちまして?」
アリスが尋ねる。
アンブローズは、無言で顎をしゃくりアリスを中へとうながした。
リビングに入ると、ジーンがこちらをふりむく。
「あれ、アリスちゃん」
「おまえはディスプレイ見てろ」
アンブローズはテーブルの上の灰皿に指を引っかけて引きよせ、トントンと灰を落とした。
「やはり、おじゃまなかたがいましたのね」
アリスが目をすがめる。
「おじゃまなのはどちらかというとお嬢さまのほうだ。基本、いつヒューマノイドに襲撃されるか分からん任務中なんだ。ケーキ食ったらさっさと帰れ」
アンブローズはそう告げた。
「冷たいところがあいかわらずですのね」
アリスがピンクの小ぶりな唇を尖らせる。
「ごめんね、アリスちゃん。アリスちゃんのいないあいだ俺とアンは毎晩おなじベッドで過ごしてアリスちゃんの入る隙間は……」
「ネタだけのゲイのかたは黙っててくださる?」
アリスがぴしゃりと返す。
ジーンが苦笑して肩をすくめた。
アリスがあらためてこちらに向き直る。
「でもあなたの女性に冷たいところが男のかたらしくていいと思っていますの。モールス信号のそっけないメッセージは惚れ直しましたわ」
アリスがほぅっとため息をつく。
「ドMか」
アンブローズは灰皿でタバコを消した。
やはりこれは、ほんもののアリスかと思う。
特別警察のヒューマノイドが、ここまでわけの分からない感覚と価値観を再現していたら技術の進歩におどろく。
「お嬢さま」
アンブローズはテーブルの上に置いたタバコのソフトパックを手にとった。軽くふって一本くわえる。
「釈放されたのか」
「無罪放免でしてよ。おめでとうと言ってくださる?」
アリスがほほえむ。
「……おめでとう」
アンブローズがそう言うと、アリスは右手を差しだした。
「何だ」
「手の甲に口づけるのを許可して差し上げましてよ」
「……いつの時代だ」
アンブローズは眉をよせた。
「先代の女王陛下が崩御されたさいにも、花を供えるかたの中にカーテシーのあいさつをされているかたがいましたわ。こういうの決して古いことではないと思いますの」
「……先代の女王陛下が崩御したのは半世紀近くまえだろ」
アンブローズは灰皿をさらに指で引きよせ、トントンと灰を落とした。
「お嬢さまにはいろいろ聞きたいことがある。あらためてメールなり何なりさせてもらうから出直してくれるか」
「分かりましたわ」
アリスが肩をすくめる。
「そちらのおじゃまなかたも抹茶のリンツァートルテをどうぞ。お二人で分けてもじゅうぶんな大きさですわ」
アリスがジーンに声をかける。
「すみませんねえ、じゃまなネタだけのゲイで」
「どうせこいつ一人に食わせる。何なら半分は持って帰れ」
アンブローズはジーンを親指で指さした。
「ちょっとアン……」
「んでドロシーにはどこから指示されてた、お嬢さま」
アンブローズは灰皿にトントンと灰を落とした。
アリスが顔色も変えずこちらを見上げる。
ほんとうに食えないおフランス人形だよなとアンブローズは思う。
「ヒエログリフでのやりとりは、さすがに痺れた。あれもドロシーか」
「ヒエログリフはわたくしの案ですわ」
アリスが答える。
わざとらしく潤ませた目でアンブローズを見上げた。
「わたくしを責めます?」
「責めはしない。ただこちらも敵味方まじえていろいろ知りたいところでな」
ふぅ、とアリスがため息をつく。
「あなたを騙すようで気が引けましたわ。でも相手は義理の妹になるかたですもの。無下にもできなくて」
「……誰が誰の義理の妹だ」
アンブローズは顔をしかめた。




