Gene Waterhouse1 ジーン・ウォーターハウス1
工場の裏手。
建物と建物とのあいだに挟まれたせまい通路には、廃棄された石油系プラスチックが積み上がっている。
アンブローズは、足で雑にかき分けながら進んだ。
少しひらけた場所が見えはじめたあたりで立ち止まる。
うしろをついてきた金髪の派手な事務員の青年に、ここで話そうと目線で示した。
石油系プラスチックが流通していたのは、半世紀以上まえだ。
現在では植物原料のバイオプラスチックに変わっている。
一般で使われているものも、石油系のものはもうほとんど残っていないだろう。
この場がどれほど長いあいだ放置されていたかが分かる。
さすがにこんな場所にまで防犯カメラは取りつけていないだろう。
アンブローズは、青年と目を合わせた。
青年が姿勢を正し、折り目正しいしぐさで敬礼する。
「たいへん失礼いたしました、ダドリー大尉。陸軍中尉ジーン・ウォーターハウスです。ブランシェット准将の命令で、応援として参りました」
アンブローズは、黙って青年の顔を見ていた。
二、三歳ほど歳下にみえる。
女顔で軽薄そうな感じだが、どこまでが演出なのか。
アンブローズは、くわえていたタバコを口から外した。
「接触するにしてももう少し自然なやりかたはなかったか」
「失礼いたしました」
ジーンが笑いかける。
「なれなれしいやつ路線でいくかゲイ路線でいくか迷っていたら、キャラが曖昧になりまして」
ジーンが、ハハッと笑う。
軍のなかでも諜報向きの遺伝子として選別され生まれている者は、臨機応変な分、型にはまらない傾向がある。
ほかの諜報担当と接触したことはあまりないが、まあおおむねこんな感じか。
「ひとつ言っておく」
アンブローズは切りだした。
ポケットから取りだした消火剤入りの携帯用灰皿にタバコを押し入れる。
「はっ」
「社員寮には、清楚で胸のでかいメアリーなんていない」
ジーンがうす青の目を大きく見開く。
ややして、ニッと笑った。
「そうですか。残念」
「てきとうに合わせてないで、調べてから住んでるところを言え」
「分かりました」
ジーンがこちらに近づく。
手近な壁に手をついた。ゆっくりとアンブローズに顔を近づける。いわゆる壁ドンの態勢だ。
「そういうの、大尉が教えてくれますか。ベッ……」
ジーンが、そのまま眉をよせて動作を固まらせる。
「……いま何言おうとした」
「ゲイ路線に持って行こうとしたんですが、むずかしいな」
「そんな路線、むりしてまでやるものか?」
アンブローズはあきれた。
どうととらえたらいい性格なのか。上の階級の人間に対してなれなれしすぎる。
「周囲にあやしまれずに連絡の遣りとりをするにはいちばんいいと思ってるんですが」
「俺にまで合わせさせる気か」
アンブローズは眉をよせた。
「むりですか」
「不必要ならむりだ」
ジーンは体を離すと、カチューシャでおさえた金髪をかいた。
「困りましたよね。特別警察が相手では通信での連絡はデジタルでもアナログでもほぼのぞかれると思った方がいいってことは聞いてきたんですが」
「准将から聞いたのはそこまでか」
「あと准将との連絡の方法っていうか……」
ジーンがそうつづける。
その表情を横目で見て、アンブローズはふたたびソフトパックからタバコを取りだして咥えた。
「いままではこういうパターンの仕事はなかったか」
「デジタルでの連絡をすべて警戒しなきゃならないなんてパターンははじめてですかね……」
ジーンが宙をあおぐ。
「軍の回線は」
「俺は “除隊” したんだが」
アンブローズは答えた。
「ああ、そうでした」
ジーンが白い煙を目で追う。
「タバコ、くれませんか」
ふいにジーンがそう要求する。
アンブローズはタバコのソフトパックを取りだすと、軽くふり一本を出した。
そのまま差しだす。
「いえ。大尉がいま吸ってるやつを」
アンブローズは眉をひそめた。
「ゲイ路線はあきらめたんじゃなかったのか?」
「ドライマウス気味なんで、発火しないかもしれないんで」
へらっと軽薄な感じにジーンが笑う。
「ストレスでもためてんのか」
「こんな仕事してたらたまるでしょう。たまらないですか?」
「何なら医務室でカウンセリング受けてこい。こういうのはべつに無理してまで吸うもんでもないだろ」
アンブローズは、ソフトパックを内ポケットにしまった。
「むかしのはニコチンとか入ってて、ずいぶん害があったって聞いたことありますけど」
「そうだな」
現在は、香料やサプリメントが配合されているものが一般的だ。
三十年ほどまえの古典映画ブームのさいに流行り、そのまま定着した。
「自殺にも使えるような成分をよく嗜好品にしてましたよね、むかしの人」
「覚醒剤が滋養強壮剤として販売されてた時代もあれば、放射性物質が健康食品として流行した時代もあるからな」
アンブローズはそう返した。
「いまの時代でも、じつは危ないものを平気で使ってたりしますかね」
「あるんじゃないか?」
アンブローズはタバコを指ではさみ強く吸った。
タバコのさきが赤く発火する。
「ヒューマノイドが特別警察の実働部隊を構成してるって、どう思います?」
タバコの水蒸気の煙をながめながら、ジーンが尋ねる。
「特別警察が設立されたころは、もちろん生身の人間が実働部隊も担ってた。だがああいう任務には必須の感情をいっさい交えずというのと、恋愛は御法度ってところがとくにヒューマノイドのほうが適任ではという考えになっていった」
「そうだな」
ジーンの解説に、アンブローズはうなずいた。
「必須事項は軍もだいたい同じだと思いますけど、軍はヒューマノイドは入れなかったんですよね」
「生身には生身のメリットがある。むかしの軍のお偉いさんたちはそこに気づいてた」
アンブローズは答えた。
「ええ。むしろ軍の重要な仕事は、遺伝子レベルで選別し英才教育をほどこした者が担うべきと主張してそのシステムづくりを大急ぎで進めた」
ジーンが体を屈ませスラックスのポケットに手を入れる。
「貴族制度の復活とも揶揄されましたが、メリットってありますかね」
アンブローズは煙に似せた水蒸気を吐きながら、出逢ったばかりの相方を横目で見た。




