Alice in Suspicion1 疑惑の中のアリス1
アンブローズが自身の住むコンドミニアムに戻ると、出かけたときと同じようにジーンがディスプレイとおそらくはブレインマシンで複数の画像をながめていた。
いかにも脳をフル回転させているようなギンギンとした様子なのかと思いきや、まったく逆ののんびりとした顔だ。
脳をリラックスさせたほうが効率がいいということだろうか。
彼は組んだ当初、国家転覆の話はいっさいしなかったのに勝手にその答えにたどりついた。
そういったことがなかったら何やっとんじゃと思ったかもしれない。
ジーンの上官が、「おもしろいやつだから情報をあたえてみろ」と言っていたというのはこういうことか。
「……何かつかめたか」
アンブローズはそう問うてみた。
どのタイミングでこう聞いていいのかも分からない。直感的には、へたに急かすと効率を下げそうな気がする。
「ごめんね、ドロシーちゃんの動きはまだ分かんない。さすがステルス様、動きが巧妙なのかな。――ただ、アボット社がおもしろいことをやってたんだなって」
「アボット社?」
アンブローズはジャンパーのポケットからタバコのソフトパックを取りだし一本くわえた。
唾液で発火させる。
「AI搭載型の情報ツールとかエンタメのツールってあるでしょ。たぶんアボット社は、既存のAIに介入して一定の傾向の思想を混ぜこんだものを意図的に学習させてる」
アンブローズは軽く目を見開いた。
タバコを強く吸う。
「アボット社自体いくつもAI搭載のツール持ってるけど、たぶん他社のものもクラッキングでそういうの仕込んでるんじゃないかな。いつごろからかは分からないけど」
「 “学習データ汚染” か。他社は対策してないのか?」
アンブローズは顔をしかめた。
「してるだろうけど、たとえばAIにクラッキングを “正しい介入” と学習させれば、すんなり通すってこともだいぶむかしに問題視されたし、何らかの裏をかいたんだろうね」
「犯罪組織かっての」
アンブローズは眉をよせた。
もしかしするとアリスが特別警察に拘束されたのは、そのへんのことだったのか。
マジで油断のならないフランス人形だなと思う。
「現代はAIに人生相談するの、ふつうだしね。思考が微妙に偏ったAIなら、たぶん大半の人間がそうと気づかず影響される」
ジーンが、ニュース画面をながめながら言う。
「 “AI秘書” なんて言葉が生まれたのが、もう四半世紀前だしね」
「何してやがんだ、あのお嬢さま」
アンブローズは顔をしかめた。
テーブルの上に置きっぱなしの灰皿を指で引いて自身のほうに引きよせる。
トントンと指先でたたいて灰を落とした。
「マジだとしたら、AIも特別警察のヒューマノイドと同じだな。敵国に乗っとられたら、あっという間に洗脳装置にされる」
「けっきょくさいごに信用できんのは生身? なのかな」
ジーンがこちらを向いてニッと笑う。
「俺と組んでよかったでしょ、大尉」
「よかったかどうか審査中だ」
アンブローズはタバコの煙を吐いた。
「ここまで尽くしたら、おまえサイコーだぜとか言ってもよくない?」
ジーンが声を上げる。
「コーヒー淹れてやる。サポート必要なら言え」
アンブローズは、テーブル横のプロジェクター操作パネルに手をかざした。
「ドロシーは関連のとこから掘っていくしか動きはつかめんと分かった。――とりあえずどこだ。ナハル・バビロン検索してやるか?」
「それにこだわることないよ。それ中心だとありがたいけど」
ジーンがプロジェクターに映る天気予報と語学番組とクラゲの映像をながめながら答える。
「もう少し具体的に受けとりたい情報の方向性を説明しろ、ウォーターハウス中尉」
アンブローズは、とりあえず操作パネルでナハル・バビロンを検索した。
「ナハル・バビロンの情報はナハル・バビロン関連にいちばんあるのは決まってるけど、そうじゃないところに内部の情報のヒントがあることがある」
「もうすこし明確に、中尉」
アンブローズはタバコを手でおさえた。
「たとえばナハル・バビロンの産業に関するものを輸出入している国のあらゆるニュースは、間接的にナハル・バビロンに影響してる。そこ関連のニュースから外交の駆け引きや人の流れとかいろいろ推測できる」
「OK」
「他国が受けたサイバー攻撃のニュースからナハル・バビロンのライフラインの状態が推測できる場合もあるし、国内外のエンタメの方向性から内部のスパイ活動が推測できることもある」
アンブローズはディスプレイにナハル・バビロンの隣国の青空市場を映した。
わらわらと行き来する人々と、ならんだ生鮮食品がアップになる。
「こんなんでいいのか」
「オッケー、こういうの」
ジーンが答える。
「ここにならんだ果物とか野菜からも経済や他国とのつながり、外交が推測できる」
ジーンがイスの背もたれに背をあずける。
「議会なんかだと、議員一人一人の様子や顔色、しぐさ、ついつい上げた声から国家機密についてのいろいろ見当をつけることもできる」
「OK、何となく把握した。できるかぎり偏らないよう、アトランダムに情報を表示する。中尉」
アンブローズは答えた。
「俺と組んでよかったでしょ、アン」
「審査中だ」
ジーンが苦笑する。
他国の諜報員同士のやりとりを傍受してたら、まったくべつの国の国際法違反を突き止めてしまいましたとかいうことが起こるこいつの趣味の話は、こんな分析遊びも含んでいるのかと思った。
これでまだ中尉なのは趣味にとどめているからなのか、単に年齢的なものなのか。
アンブローズは、操作パネルの上で指先を動かした。
「必要な情報をそれなりつかむには、だいたい何時間くらい必要だ」
「自分の部屋だとプロジェクターをいちどに三つか四つつけてやるんだけど」
「じゃ、おまえの社員寮の部屋に帰ってやれ」
アンブローズはタバコを手でおさえた。
「……冷たいっすね、大尉」
「効率的なほうを提示しただけだ」
アンブローズは答えた。




