Sleeping Beauty's bed2 眠り姫のベッド2
ドロシーに関する何かをしめすものは、彼女がいた療養室にはないのか。
アンブローズは水蒸気の煙を吐いた。
こんな余計なことをせずに、おとなしくドロシーと上層部に踊らされているのが「正解」なのだろうが。
いずれにしろこの女性隊員がいては、あちらこちらをさぐるわけにもいかない。
出直すかと、出入口にゆっくりと歩を進める。
「じゃ……」
「撤去されたんですね、あのベッド」
女性隊員がドロシーの生理食塩水入りのベッドのあったあたりをふりむく。
「あそこで意識不明の状態でいた女性のかたは、そういえばどんなご事情のかたか大尉はご存じですか?」
女性隊員が問う。
「さあ」
アンブローズは答えた。
「大尉と、同行していたウォーターハウス中尉のお名前は教えていただいたんですが、あの女性についてはスタッフのかたは保護した一般人としか」
まあ答えるならそんなところだろうなと思う。
「ただ、どこかで見たような……」
女性隊員が宙を見上げる。
三年前の「無差別射殺事件」で報道されたフェイク動画だろうか。ジーンもウキウキで見ていたと話していたが。
「ちなみに俺と同行者のことは誰から聞いた」
アンブローズは横を向いてタバコの煙を吐いた。
「上層部のかたです。ここで検査を受けて療養するよう指示されたさいに雑談として」
「上層部……ブラン」
ブランシェット准将かと尋ねようとしたが、何かひっかかった。
まったく関係のない部署の人間に対しての気づかいのしかたが、何となく准将ではない気がする。
「療養しろとの指示は口頭でか」
「いえ。オンラインを通じてのものでした。その後、直属の上官から詳細を伝えられまして」
上層部の命令系統は三年まえに切り替わっているのだ。
ドロシーだろうか。
アンブローズは宙をにらんだ。
やはり数日前にとつぜん目覚めたにしては、状況を把握しすぎている気がする。
「あの、大尉」
女性隊員がドロシーのベッドのあったあたりをながめる。
何がそんなに気になるのか。
アンブローズはそちらを見た。
「超低周波の影響で、たとえば一時的に視界の一部がおかしくなるなんてことはあるのでしょうか」
「視界」
アンブローズはタバコを指先でつまみながら復唱した。
「幽霊を見る原因になってる周波だからな。たしかオカルト的な幻覚見てたのが一人いたろう。俺の相方が大喜びしてた」
「いえ、そういったものではなくて。あのベッドに寝ていた女性の姿が、超低周波を流されたさいに一瞬だけブレたように見えたというか」
アンブローズは、タバコをつまんだ格好で眉をよせた。
「ブレた?」
「はい。ゆらっとノイズが入ったように。――内部の生理食塩水がゆれたのかとも思ったのですが、ちょっとそれとは」
「筋肉に負荷をかけるさいに一部がゆれることはあるが……」
負荷をかける時間はAIでプログラムされている。あの攻防戦のさいはその時間帯ではなかった。
「ノイズが入ったようにか……」
アンブローズはつぶやいた。
強化ガラスのなかの水がゆれたとして、そういう表現をするだろうか。
「 “ノイズ” とあえて言うのなら、姿の一部が見えなくなった、消えた、そういうことか」
「そうです。ゆれたというより、ところどころがかき消えたというか」
天井にはめられたスピーカー部分を見上げる。
たったいまピンときたことが当たっているとしたら、ずいぶんと脆弱なAIを使っていたものだと思うが。
「かさねて問う。超低周波が流れたさいか?」
「はい、流れはじめたさいに。一瞬ですが」
女性隊員が答える。
アンブローズはタバコを強く吸った。
「そうか」
そう相づちを打つ。
「俺もウォーターハウス中尉もざっと検査は受けたが、視覚的にもとくに異状はなかった。問題ないとは思うが、心配なら療養所の医師に詳細な検査を申し出たらいい」
アンブローズはそう告げて、ふぅぅと煙を吐いた。




