Sleeping Beauty's bed1 眠り姫のベッド1
情報を頭につめこみまくっているジーンをコンドミニアムに置いて、アンブローズはドロシーが入院していた療養所を訪ねた。
あいかわらず「除隊した」という表向きの設定のわりに遺伝子と眼紋のチェックは通るんだなと思いながらドアのまえに立つ。
「LOC-D」と略称で書かれたドアのルームプレートは、とうに外されていた。
なかに足を踏み入れると、ドロシーが横たわっていた生理食塩水入りのベッドも撤去されている。
木目とオフホワイトが調和した、おだやかでガランとしたさみしい空き部屋。
なんどか来ている入院室だが、気づかなかったものは何かなかったかとアンブローズはあちらこちらを見まわした。
いくらステルスオフィサーとはいえ、三年も眠っていたドロシーが目覚めてすぐに活動などできるわけはない。
眠っていたベッドは、筋肉にある程度の負荷をかけて筋力が落ちないようにする機能はあるものの、危険がともなう仕事がすぐにできるレベルではないはずだ。
意識も、すぐに複雑な仕事にとりかかれる状態だとは思えない。
三年間、じつは眠ってなどいなかったのでは。
ドロシーが目覚めて活動していると知った当初から、その疑いが脳内にちらついていた。
確証に近いものを持ったのは、軍上層部の命令系統が「三年まえに」切り替わっているというジーンが手に入れた情報だ。
命令系統を切り替えておいて、なぜいつまでも眠りつづけている必要があるのか。
ドロシーの脳内にあるというチップは、じつはごく短時間で目覚めるようプログラムされているものだった、もしくははじめから起動すらしていなかった。
場合によっては、ステルスオフィサーの脳内のチップというもの自体がフェイクで、そんなものは存在しない。
そんなふうに考えたほうがしっくりくることに気づいた。
そもそもステルスオフィサーを三年間も眠らせるというムダな時間をつくるようなチップなど活用する意味はあるのか。
その間の襲撃などは想定していなかったのか。
以前、ここに潜入したヒューマノイドの看護師との攻防戦を思い出す。
ジーンがドロシーのベッドにそうとう遠慮しながら動いていたのを見たときに、頭のなかにチラチラと違和感が見えかくれした。
貴重なステルスオフィサーを、自身で身も守れない状態に三年間も置くものだろうか。
ドアの向こうから、軽快な足音が聞こえた。
アンブローズは、ふりむいてヒップポケットに入れた銃に手をかけた。
遺伝子と眼紋チェックをクリアした音がし、ドアがスッと開く。
若い女性隊員が立っていた。目を丸くしてこちらを見る。
ブラウスとスカートのみの簡素な軍服だが、まえはもう少し装備のついた軍服で会わなかったか。
「えと……」
女性隊員が、まじまじとこちらの顔を見る。
思い出した。
以前、ここでヒューマノイドの襲撃を受けたさいに駆けつけた女性隊員の一人だ。
たしかヒューマノイドを背負い投げで床にたたきつけた者だったか。
「あのときの……」
女性隊員が、あわてて敬礼をする。
「あのときはご助力いただきありがとうございました!」
アンブローズは眉をひそめた。
彼女の態度は、あきらかに自身より階級が上の者への態度だ。
こちらは襟の階級章で彼女らの階級が分かったので、あのときにいろいろ指示してしまったが。
「アンブローズ・ダドリー大尉とあのあとにうかがいました」
だれだ、教えたの。アンブローズは眉をひそめた。
「んじゃ、そんな態度とる相手じゃないの分かんだろ。除隊……」
「表向きのものと聞いております!」
女性隊員が答える。
アンブローズは眉根をよせた。だれだよ、伝えたの。
「敬礼を解いていい。――タバコいいか」
アンブローズは、ジャンパーのポケットからタバコのソフトパックを取りだした。
「はっ、どうぞ」
女性隊員が答える。
アンブローズは、一本をくわえて唾液で火をつけた。
女性隊員にソフトパックを差しだして「吸うなら」と勧める。
「いえ、とくにタバコは」
「そうか」
そう返事をしてソフトパックをポケットにしまう。
ヒューマノイドかどうか確認しようとしたのだが、どちらとも取れる反応を返されてしまった。
まあ、若い女性に多い何となくわたわたした態度は、いまのところヒューマノイドには出せんだろうと判断する。
「ここに何の用だった」
「あのあと、超低周波の後遺症がないか検査をかねてここでしばらく療養するよう上から言われまして」
「ああ……」
アンブローズは水蒸気の煙を吐いた。
特別警察のヒューマノイドが、あのときに駆けつけた女性隊員三人も死刑執行するとか言っていた。
身の安全のために、ここで保護ということか。
「じゃ、ほかの二人も」
「はい」
女性隊員がそう答える。
「そうか」
アンブローズは、ふぅ、と息を吐きながら目だけを動かし室内を見まわした。




