Espionage and espionage1 諜報と諜報1
「なぜかめずらしく軍施設に出向いたと思ったら、そんなこと聞いてたの」
アンブローズのコンドミニアム。
寝室のデバイスチェアにすわったジーンが顔をゆがめる。
「よく上官にそんなずけずけ聞けるね。教育機関からの付き合いとはいえ」
「おまえは疑問があったら質問しないのか」
アンブローズはタバコのソフトパックから一本をとり、くわえた。
唾液で火をつける。
ややして水蒸気と同じ成分の煙がただよった。
「あっちも話せない内容は話せないと答えるだけだ。仮に出すぎた質問をと言われれば、あっそうですかと聞き流してればいい。それで殺されるわけでもあるまいし」
そう返して横を向き、煙を吐く。
ジーンが、ギッとかすかな音をたて背もたれに背をあずけた。
「俺はせいぜいО脚の美脚とX脚の美脚ならどちらが好みですかとか、そんなことくらいしか上官には聞けないな」
空中に投影されたナハル・バビロンの施設画像をながめながら、ジーンがつぶやく。
アンブローズは眉をひそめた。
そちらのほうが、よほどなれなれしくないか……。
こいつと上官のふだんの様子も気になるが、なぜ自分がこれと組んで有効と分析されたのかも意味が分からん。
無言で煙を吐く。
まだ夕方まえだ。閉めっぱなしのカーテンからは、陽の光がうすく透けている。
先日ブランシェット准将が夕食を持参してまであらわれたのは、あの時点でこちらに動かれたらドロシーの邪魔になる何かがあったからなのだろうか。
「動くな」という指示を出さなかったのはドロシーの引きつぎを志願したとき同様、特別警察に拘束されたさいに上の動きを気取られないためか。
「おまえのほうはどうだった。こんどはわざわざおまえの囮になってやったんだ。なんか探れたか」
アンブローズが問うと、ジーンが苦笑した。頭だけをかたむけ、こちらを見る。
「上官を欺こうとするとか、これだから諜報の担当将校は油断ならないなあ」
「人ごとみたいに言うな。その上官を見習っただけだ」
アンブローズはタバコを強く吸った。
「アンが美人秘書さんと遊んでるあいだ、秘書さんのPCをクラッキングさせてもらったよ」
ジーンがニッと笑う。
「やっぱ美人じゃん秘書さん。予想したとおり」
「あんな長身ヒス女が美人なのか」
アンブローズは煙を吐いた。
「まったく面倒くせえ。なにかというとすぐ東洋の拳法の構えとりやがる」
「アンが挑発するからじゃん……」
ジーンが苦笑する。
「クラッキングしたのは秘書のやつか」
アンブローズは、ベッド横のサイドテーブルに置いた灰皿に灰を落とした。
「さすがにブランシェット准将のものに入りこむのは怖いでしょ。ドロシーちゃんの上官か同僚でもあるとしたら、彼女なみの技術もってる可能性あるじゃん」
「どうなんだかな」
アンブローズはつぶやいた。
「秘書のじゃ、たいしたもの入ってなくね?」
「いやたいていの上層部の人は、重要なことは秘書のPCにバックアップとして入れておくからね。もちろん自分しか開けないようにしてあるんだけど」
そこまで言って、ジーンが肩をすくめる。
「……まあ、それじゃあ秘書さんのPCのバックアップのほうから覗くかっていうと、そこも怖くてまだトライしてないげど」
「使えねえな、おまえ」
アンブローズは顔をしかめた。
「そう言わず、大尉。秘書さんの持ってるデータ探っただけでも見当はつけられたよ」
ジーンが苦笑いする。
「ドロシーちゃんが昏睡状態に入った三年まえを境に、少将以上の階級はステルスオフィサーの指示に従うよう命令系統が切り替わってる」
アンブローズは黙って煙を吐いた。
「佐官にはなにも伝えられてないみたいだけど、何割かはこの件に関する任務にさりげなく切り替わってるみたいだね」
ジーンが言う。
「そして尉官は通常任務か。まあ、国家転覆の陰謀なんて大ごととはいえ、それだけに全振りしたらそれこそ隙だらけになるしな」
アンブローズは煙を吐いた。
「相手がどんな小国だろうが、正面から糾弾したらどうせ惚けるだろうし、証拠をそろえて国際刑事裁判所に訴えるとしても無視する国はいくらでもある。国同士じゃ罰則も科せられないし、あからさまな軍事攻撃をすれば解決って時代でもない」
ジーンがそう語る。
「 “交渉と諜報がいまどきの戦争のすべて” か」
アンブローズはつぶやいた。
「まあ教育機関で習ったとおりだな。諜報には諜報で、工作には工作で返すだけか」
そうとつづけてトントンとタバコの灰を落とした。




