Canteen worker Mary 食堂のメアリー
NEICの工場内は、少々暑い。
エアコンはあるはずだが、広さと機械の熱のせいか。
工場支給の作業服には小型のエアコンがついているが、真夏の屋外の作業というわけではないので、さほど高性能なものではない。
工場内は、どこまでつづくのかと思うくらい、ずっと向こうまでラインがのびている。
ひっきりなしに聞こえるモーター音と金属音。
ざっと見えている場所だけでも、数十人がラインに不具合が起こったときのために待機していた。
私語を話す者はなく、非常にしずかだ。
作業をするのはロボットだが、品質の検査とロボットの不具合の監視はAIと生身の人間だ。
ラインには家庭用の小型ヒューマノイドが一定間隔でながれてくる。
アンブローズは、専用の機材にヒューマノイドの頭部をつなげて仮起動させた。
まだ眼球のはめられていない瞳の奥が、ちかちかと小さな光を点滅させる。
人工脳は組みこまれていないので頭部には開口部がぱっくりと開いていた。
小さくふっくらとした人工の唇が、ぱくぱくと開閉をくりかえす。
半世紀前に創立されたNEICことネオ・イースト・インディア・カンパニーは、現在ではアボット財閥に迫るかというほどに成長した企業だ。
いまだ総合的には二番手なのだが、数年前からヒューマノイド部門に力を入れはじめた。
ヒューマノイドの頭部を機材から外しラインにながす。
つぎの頭部をつなげ、仮起動をさせた。
「休憩。交代ですって」
同い年ほどの青年に肩をたたかれる。
みじかい金髪を立たせ、ほそいカチューシャで留めていた。
うしろにべつの工員の男性がいる。そちらと交代ということか。
「ロボットとちがって、人間はつかれちゃいますからね」
青年がなれなれしい笑顔を浮かべる。
「俺、ここの事務の者だけど、よかったらコーヒーしない？」
へらっと軽薄に青年が笑う。
アンブローズは、わずかに眉をよせた。
「いやべつに誘ってるとかじゃないから」
「だれもそこまで深読みしてない」
アンブローズはそう返した。
「ほら、ここで同い年くらいなのあんただけみたいだし」
アンブローズは周辺を見回した。
たまたまなのだが、周辺のラインにいるのはずっと歳上と思われる工員ばかりだ。
「食堂に行けば同い年くらいのもいる」
アンブローズは答えた。
「いや、あんたとしゃべりたいし」
青年がおもむろに両手を握ってくる。
アンブローズは不快な顔でにぎられた手を凝視した。
「俺は午前中だけの勤務だ。あとは帰る」
「じゃ、自宅で話そうか」
青年が言う。
「……何でいま会ったばかりの男を自宅に連れこまなきゃならないんだ」
「いや俺の自宅でいいし」
青年がヘラヘラと返す。
「引っ越してきたばかりとか言うんじゃないだろうな」
「あ、ここの社員寮に越してきたばかりなんだけど」
青年が答えた。
交代した工員が、邪魔だと言いたげな表情でこちらを見る。
とりあえず場所を移動しろというふうにアンブローズは青年を通路のほうにうながした。
「……寮の食堂のメアリーは元気か」
アンブローズは青年にそう問うた。
「ああ、あの女の人？ 元気だよ」
青年が答える。
「清楚なのに胸がでかくて」
「ああ、いいっすねえ、ああいうの」
青年がハハッと笑う。
アンブローズは眉をよせた。
作業服の内ポケットからタバコのソフトパックを取りだすと、上体をかがめて一本くわえる。
唾液の水分に反応してタバコのさきが発火し、お飾りの無害な煙がながれた。
「ああいうタイプ好きなんすか？」
青年がヘラヘラと笑いかける。
「……下手くそだな、おまえ」
アンブローズはふたたび眉をよせた。
