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FACELESS フェイスレス 〜身元特定不可能の殺人犯、顔不確定のヒューマノイド、年齢偽装の令嬢、スパイのバディ~  作者: 路明(ロア)
02 女王陛下の軍

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Her Majesty's Armed Forces2 女王陛下の軍2


「しかしそんなにひどい理由では、いざ復帰するときにほかの隊員を納得させられるかどうか」

「そのときには、顔も名前も変えて海軍か航空宇宙軍からの出向とでもすればいいのでは」


 アンブローズは答えた。

「顔まで変えるのか……」

 ブランシェットが眉をよせる。

「ヒューマノイドを追ううちに、おまえまで同じ感覚になっていないか?」

「同じ感覚にならなければ、動きを予測して先回りすることはできないと思っています」

 アンブローズはそう返した。

「いくら人間に近づいたとはいっても、生死にたいする感覚がどうしても違います。脳まで破損すればすべて終了だと知っていても、本能でそれを感じている者とデータ上の知識として備わっているだけの者では、そこから派生する感覚は違ってくる」

 アンブローズはつづけた。



「顔は、生身の人間にとっては自分に流れる血統や他人の評価を含めたアイデンティティのひとつですが、ヒューマノイドにとってはただの部品のひとつです」



 ブランシェットは黙って聞いている。

「何にしろ、特別警察相手では情報はすべてのぞかれているという前提で考えたほうがいいかと」

 ブランシェットがドアのほうをチラリと見た。

「さきほどのあんな小芝居で騙せるとは思いませんが」

 アンブローズはそう告げた。

 ブランシェットが小さくため息をつく。


「しかしなぜ三年も経って」

「分かりません」


 アンブローズは出入口のドアをうかがった。

「特別警察のヒューマノイドは、数年前から少しずつ不具合を起こしていた。もしかしたら準備が整ったということなのか」

「準備か」

 ブランシェットがつぶやく。

「不具合を起こしているのは、特別警察所属の三百体のヒューマノイド隊員すべてのようです。一体一体の人工脳内に接続して確認したのでたしかです」

「危険なことを」

 ブランシェットが軽く眉をよせる。

「それで万が一のことがあったときのための “除隊” ではありませんか」

 「いずれにせよ」とアンブローズはつづけた。



「三年前と同じです」

「また同じことをするつもりか」



 ブランシェットはわずかに目をすがめた。

「前回失敗していますからね。三年かけて準備し直したんでしょう」

 アンブローズは言った。


 「国家転覆の準備を」


 そう声にはせず唇だけを動かす。

「NEICの機密用の専用回線から、特定のマルウェアが送られた形跡がありました」

「ネオ・イースト・インディア・カンパニーか」

 ブランシェットがそう応じる。


「送信先をたどろうとするとどうにも途切れてしまうので特別警察に送られたものかどうかの確証はまだないのですが、一企業がそのような回線を使ってマルウェアを送る意味は何なのかと」


「マルウェアを作成するだけで違法なのだがな」

 ブランシェットは眉をよせた。

「ええ。――ですが今そこを追及しては、もっと大きなものを逃す」

 アンブローズはそう応えた。

「できれば保安庁がもしそれに気づいて捜査をはじめたら、ストップをかけていただけないかと」

「圧力をかけろと」

「はい」

 アンブローズは真顔で答えた。

「どのカードを使うか……」

 ブランシェットが視線を横に流す。


「あとは定期連絡でそのつど報告しますが……」


 アンブローズは言葉をつづけた。

「接触する場所や方法は変えたほうがいいかと」

「場所はどこがいい」

 ブランシェットが問う。

「准将が直々にというのは、できればもうやめてください」

 アンブローズは眉をひそめた。

「しかし事が事だ。あいだに入る者がなるべく少ないほうがいいのでは」


「いままではそのつもりでいましたが、相手が揺さぶりをかけてきたとなると。そもそも私は軍とはもう無関係という(てい)で行動しているのですから」


「応援の者か連絡係としてあいだに入れる者が必要か?」

 ブランシェットが問う。

「できれば」

「おまえも無茶はしないように」

 ブランシェットはそうつけ加えた。

「返事は。ダドリー大尉」

「失礼いたしました」

 返事が数秒間ほど遅れたのをアンブローズは謝罪した。


 身の危険についてまでわざわざ(とが)めてくれるのは、長いつきあいとしてだろう。

 教育課程にいた時期から何かと組まされることが多く、懇意の人だ。


 それだけに、こちらの個人的なことについてもある程度は知っている。



「ドロシーはどうしてます」



 自身の昏睡状態の妹についてアンブローズは尋ねた。

「軍の療養所にいるが。状態は変わらん」

「いざとなったら、あれの顔も変えさせたほうがいいのでは」

 ブランシェットが目線を上げる。

「おまえはかまわないのか」

「かまいません」

 アンブローズは答えた。



「昨夜接触してきた特別警察のヒューマノイド隊員は、ドロシーそっくりの顔をしていました。彼女と軍との関係に気づいたようです」


 

 ブランシェットが目元をすがめる。

 アンブローズは規律正しいしぐさで敬礼をした。

「以上です」

 きびすを返し、スタスタと出入口に移動する。

 ドアのまえまで来ると、(こぶし)をふりあげた。


「失礼します」


 ガンッと大きな音を立てて、アンブローズはドアをたたいた。

「バカ野郎!」

 そう声を上げながら、ドアを開ける。

「てめえいつかブッ殺してやるからな!」

 ブランシェットは複雑な表情で手を組みこちらを見ていた。

「ダドリー大尉!」

 長身の女性秘書がデスクから立ち上がり駆けよる。

 アンブローズを押しのけ、准将の執務室のドアをグッと開けた。


「ご無事ですか、准将!」


 「だいじょうぶだ」という落ちつき払った声が執務室から聞こえる。

「うるせえぞ、ブス!」

 ふりむきざまにアンブローズは罵倒した。

 女性秘書が、執務室の入口から顔を紅潮させてにらみつける。

 何か言い返そうとしたらしかったが、執務室からブランシェットの呼ぶ声が聞こえる。

 秘書はもう一睨みしてから執務室のドアを閉めた。

 デスク一つとPCだけが置かれた殺風景な秘書室を通り抜け、ドアを開け廊下に出る。


「クソが! 覚えとけ!」

 そう怒鳴りながら、アンブローズは乱暴にドアを閉めた。





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