Line of Contact2 接触ライン2
墓土をしばらく堀り、アンブローズは軽く二の腕をもんだ。
軍には、定期的なトレーニングと銃の訓練の義務がある。
諜報以外の隊員は空いた時間に軍施設内のトレーニングルームを使うが、外部に出張っていることの多い諜報担当は、てきとうな場所で自主トレーニングすることも多い。
走りこみは何とかやっているが、腕はあんまりやってなかったなとアンブローズは眉根をよせた。
「重機つかいたいところだよね……」
腰まで土の中に入りつつジーンが言う。
「目立つだろ」
「軍仕様の双脚重機なら、こういううっそうとした場所にも入れるんだろうけど」
「足がつく」
アンブローズは顔をしかめた。
二、三度ほど土を地面に放ったあと、ジーンがぽそりと問う。
「……シャレじゃないよね、大尉」
「何がだ」
双方ともしばらく無言で土を放る。
「軍のは基本つかえん。そもそも特別警察を探って機関ぐるみのややこしいことにならんよう、あえて除隊あつかい希望したのにな。だれだ、あとからきて上層部まきぞえにしたの」
「いまさら言う」
ジーンが土を周囲に放る。
「コツコツ調べるのも諜報担当のお仕事だけど、工作活動で事を動かすのも同じ諜報担当のお仕事でしょ?」
「厳密にはちがう」
アンブローズは足元の土にシャベルの刃先を刺した。
「三年ぶりに状況が大きく動いてよかったじゃあん」
アンブローズは答えずに掘った土を放った。
こいつをブランシェット准将に紹介したというこいつの上官は、いったいどんなつもりだったのか。
ほんとうに単にNEIC絡みだからというだけだったのか。
会ったこともない上官のいやがらせじゃないだろうなとアンブローズは軽く顔をしかめた。
腹部まで埋まる深さまで掘り進めると、ときおり白いカケラに行きあたるようになってきた。
一瞬期待しては、ちがうかと地面に放り投げる。
「火葬した骨は、専用のボックスに入ってるのかと思ってたんだが」
掘り進めながらそうつぶやく。
「骨を直にまく場合もあるみたいだけど、まいていい場所は墓地のなかでも決まってるみたい」
ジーンがそう応じる。
「それ、むかし埋葬された骨とかじゃないかな」
「そうか」
アンブローズはそう返した。手にした骨を、もよりの地面に放る。
「……よく平気だね、アン」
ジーンが顔をゆがめる。
「骨がこわくて、ウナギのゼリーよせが食えるか」
「あれは骨以前の問題でしょ」
ジーンが顔をしかめる。
「知ってる? 火葬した骨入れる骨壺って、専門のデザイナーがいるんだって」
「いろんな職業あるな」
アンブローズは足元にシャベルを刺し、足でグッと押した。
「つか口数多くないか、おまえ」
「ただ掘るって退屈で」
「たしかに」
アンブローズはそう答えて胸ポケットからタバコのソフトパックをとりだした。軽くふって一本をだし、くわえて唾液で火をつける。
「現場監督、俺も」
ジーンが手をのばす。
「めずらしいな、おまえ」
アンブローズは掘った穴に腰まで入ったまま、手をのばしてソフトパックを差しだした。
ジーンが軍手をはめた手をのばして一本抜きだし、くわえる。地面に頬杖をついて水蒸気成分の煙を吐いた。
背後から木の枝をかき分ける音がする。
「えと……」
ハスキーな女性の声が木々のあいまから聞こえた。
現れたのは、三十代ほどのシスターだ。
掘った穴から上半身をだしてタバコを吹かす若者二人を見つめた。
「なにを……しているの」
「許可はとったんですけど」
ジーンが地面に両手をつき、穴からでる。
「四柱ほど移葬の依頼で。あ、俺ら業者ですけど」
ジーンが、とってつけたようにキャップの鍔をキュッと引いてみせる。
「ここの持ち主のパティ・ヘルソン氏の委任状と関係書類です。依頼は代理のビル・セアー氏から」
そう説明しながら、ジーンが作業着の収納ポケットをさぐる。
「ジーン!」
「分かってる!」
アンブローズが声を上げると同時に、シスターは修道服のスリットから真横に脚をのばしジーンに蹴りかかった。
ジーンがすんでで躱し、ポケットから書類の代わりに拳銃をとりだす。
「墓地の管理事務所の職員と、おもな関係者は事前に調べた。特別警察はぜったいくると思ったからね」
「それ以前に、こういうところにくるのは司祭じゃねえの?」
そうツッコミを入れつつアンブローズも穴からでる。
ザザッと草木をかき分ける音を立て、シスターの姿をしたヒューマノイドがかまえる。
「宗教関係者の格好なら何でもいいと思ったか。宗教感覚もいまいちないんだな」
アンブローズは、ヒップポケットから銃をとりだした。
「スリット入りの修道服ってのは、生身の人間的にポイント高いんだけど」
ジーンが大まじめに言う。
「おまえ、罰あたりだな……」
ヒューマノイドに銃を向けながら、アンブローズはタバコを強く吸い、地面にすてた。




