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FACELESS フェイスレス 〜身元特定不可能の殺人犯、顔不確定のヒューマノイド、年齢偽装の令嬢、スパイのバディ~  作者: 路明(ロア)
02 女王陛下の軍

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Her Majesty's Armed Forces1 女王陛下の軍1


 軍部の本庁舎二階。

 セキュリティの確保と外部からの干渉を防ぐためにあえて窓がつくられていない廊下を、アンブローズはつかつかと進んでいた。

 スラックスのポケットに両手を突っこんでガラの悪いふうに歩く姿を、廊下を通る軍人たちが不審げに目で追う。

 


 女王の統治時代がたびたびあった国であることから、軍部は通称「女王陛下の軍」と呼ばれていた。



 特別警察の実働部隊がすべてヒューマノイドになった半世紀近くまえ、軍部もそうしてはという案が議会で浮上したが、当時の軍部は(がん)として反発した。


 むしろ将校クラスの者はDNAレベルで管理し、幼少期から英才教育を受けた生身の人間がやるべきだ。


 そう押しきり、それぞれの役職の資質を持つとAIが弾きだした人物たちにDNAの提供を依頼した。

 体質上の欠陥は遺伝子操作でできるかぎり避け、幼少期から軍内で教育する。


 そうして生まれて育てられた者は、法的には「軍の所有物」で、良くも悪くも軍から手離されることはない。


 成長して将校として不適合とされたとしても、それぞれの場所に配属されるか予備隊員として自宅待機になる。

 ある意味で王候貴族の子息が代々の政治、軍事を支配していた時代への回帰だともいわれた。

 




 軍服をきちんと身につけた者ばかりが歩く廊下を、下町の若者ふうのガラの悪い姿で歩く姿は浮いている。

 直属の上官にあたるブランシェット准将の執務室のまえに来ると、アンブローズはガンッと音を立ててドアを蹴った。



「おら出てこい、ブランシェット!」



 ガンガンとなんどもドアを蹴る。

 ややしてからドアが開き、背の高い女性秘書が顔を出した。

「ダドリー大尉」

 秘書が眉をひそめる。

「ブランシェットを出せ!」

「ご用件は」

 押しのけて勝手に秘書室に入室するアンブローズを、秘書があわてて追う。

「除隊なんかさせやがって! 法律知らねえのか、通るか、ばーか!」

「待ちなさい!」

 入口を入ってすぐにあるのは秘書室、その奥がブランシェット准将の執務室だ。

 執務室のドアノブに手をかけようとすると、秘書が手首を強くつかんできた。

 そのまま(ひね)り上げようとする。

 アンブローズはとっさに秘書のほうに(ひじ)を向け外した。


 秘書が中腰になり武道の構えをとる。

 タイトスカートから伸びた脚を、肩幅くらいに開いた。


「やるか」


 アンブローズも中腰になり構える。

 奥のドアが開いた。



「やめなさい!」



 執務室のドアの向こうから、長身の男性が姿を現した。


 年齢は三十代半ば。映画俳優といっても通りそうな美形の顔立ちだ。

 整えたプラチナブロンドの髪に一部の隙もなくきちんと着こんだ常装の軍服。

 秘書室の床に踏み出した革靴は、わずかな汚れもなくきれいに磨かれている。


 アンブローズの直属の上官、ノエル・ブランシェット准将だ。


「いい。入室を許可する」

「ですが准将」


「言いたいことがあるのだろう」

 ブランシェットは、目で入室するよううながした。

 アンブローズはあらためてポケットに手を入れ、行儀の悪い歩きかたで入室する。

 執務室内に足を踏み入れると、質のよい絨毯(じゅうたん)が靴音を消した。


 つきあたりに大きな窓があり、そのまえに執務机。


 机の横にある背の高い観葉植物は、二酸化炭素を多めに吸収するよう品種改良された種だ。

 ブランシェットが静かにドアを閉める。

 おもむろに顔を上げ、こちらを見た。



 アンブローズは一転して背筋をまっすぐに伸ばし、折目正しいしぐさで敬礼した。



「失礼いたしました」

「ここでなければいけなかったのか」


 ブランシェットが落ちついた口調で問う。

「盗聴もクラッキングの心配もなく私が出入りしても不自然ではないところというと、ここかと」

「クラッキングされるようなことははじめから避けていたのでは?」

 ブランシェットが言う。

 特別警察が絡んでいるのだ。

 かんたんに覗かれる可能性のある一般の通信システムはもちろん避けていた。

 前世代、前々世代の古い通信網を使うこともあったが、むしろいちばん確実なのはアナログかと結論づけていた。


 ブランシェットとの連絡は、他人のふりをして酒場などで行うこともあった。


 顔を会わせずに座り、メモなどを遣りとりしてすぐに燃やす。

 時代ものの映画でしか見たことのないような連絡方法をあえて使っていた。


「さきほどのようなセリフを本庁内でわめかれたら、おまえの除隊をとり消すさいにやりにくくなるんだが」


 ブランシェットが眉をよせる。

「やはり復帰を前提に手つづきしていましたか」

 アンブローズはそう返した。


「何かあったか」

「昨夜、特別警察のヒューマノイド隊員が接触してきました」


 ブランシェットはうす青の目を軽く見開いた。

「私の除隊について、疑問を持ったようです」

 ブランシェットが入口近くの応接セットにアンブローズをうながす。

「いえ、このままで」

「そうか」

 そう返事をしてブランシェットは執務机に座った。


「異例の除隊にいたった理由がどこをさがしても見つからないと言ってきた。早急に関連の資料を作成してください」


「そうは言うが」

 ブランシェットが執務机の上で手を組んだ。

「ありもしないできごとを作るというのは」

 そう言い眉をよせる。

 生真面目なのはいいが、あまり融通がきかないのがこの人の困ったところだとアンブローズは思っていた。

 物腰がやわらかく、付き合いやすい上官なのだが。


「何でもけっこうです。上官の命令にたびたび逆らったでも、本庁内で窃盗を働いたでも」

 アンブローズは宙を見上げた。



「八歳女児とねんごろになったとかどうです」



 そう提案してみる。

「どこから具体的な年齢まで……」

 ブランシェットは顔をゆがめた。

「軍で生まれた者が除隊させられたというだけで異例中の異例なんです。諜報上の作戦ではと疑われてとうぜんです。よほどの理由でなければ納得させられない」

 アンブローズはそう告げた。





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