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FACELESS フェイスレス 〜身元特定不可能の殺人犯、顔不確定のヒューマノイド、年齢偽装の令嬢、スパイのバディ~  作者: 路明(ロア)
12 接触ライン

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39/41

Line of Contact1 接触ライン1


 ハイゲート墓地の入口まえ。

 ジーンの運転する小型トラックから降りると、アンブローズは、バン、と音を立ててドアを閉めた。


 防弾盾バリスティック・シールドにも使われる軍の車両のドアとくらべると、一般車両のドアは薄く華奢(きゃしゃ)な印象だ。


 わざと着古したように汚した作業着に身をつつみ、荷台に乗せたシャベルやツルハシを手にとる。

 少し曇り空だが、気象予報ではきょう一日雨は降らないとのことだ。


 本音は土砂降りでもかまわず決行したいのだが、一般の作業員としては不自然に見える。



 入口に据えられた石造りのアーチをながめる。

 背景には木々がうっそうと生いしげり、いい感じに不気味で死角が多いのはうれしい。


「車、駐車場に置いてきますね。現場監督(スーパーバイザー)


 ジーンが形だけは成りきって作業用キャップの(つば)を引く。

 NEICの事務のほうは、“婚約者の急病”といつわって休みをとったと言っていた。


「墓の改葬業者のリーダーも “現場監督” なのか?」

 どうでもいいことだがアンブローズは問うた。

「さあ。これは成りすましたことなかったから。無難に “リーダー” とかにしとく?」

 ジーンが(あご)に手をあてる。

「……おたがい名前でいい。ヒラの同僚同士ってことにしとけ」

「了解、アン。車置いてくる」

 ジーンが軽薄な感じに敬礼をしてトラックを発車させる。


 いままでほかの諜報担当とあまり組んだことはなかったが、組むといちいちこんな面倒くさいジョークまじりの打ち合わせをしなくてはならないのか。

 それともジーンが特別に面倒くさい相方というだけなのか。


 業者用の駐車場までトラックを移動させると、ジーンが同じようにシャベルとツルハシを手に降りてきた。

 駆け足でこちらに戻る。



「墓掘りの許可はとったか」



 入口のアーチをくぐりながらジーンに確認する。


「とったよ。NEIC重役の名前で。改葬したい遺骨が数柱あるって」

「その重役が気づくまえに終わらせないとな」


 アンブローズはシャベルの柄を肩に乗せた。

 アーチを抜けると、石造りの壁にはさまれた通路が延々とつづく。

 壁には扉のない出入口がいくつもならび、奥はまっくらだ。

「この奥なに? 納骨堂かなにか?」

 ジーンが奥をのぞきこむ。

「骨がたてならびになってたポイントはどのへんだ」

 アンブローズはスタスタと歩を進めつつ尋ねた。

「わりとすぐだよ。そんなに奥じゃない」

 ジーンが答える。


「できるかぎり死体を運びこみやすい位置を押さえたのか……?」


 アンブローズはつぶやいた。

 ジーンがブレインマシンにアクセスしてくる。

 諜報担当専用のチャットルームにうながすと、チャット内で地図を広げた。

 任務上で保護した人間との連絡用などに使われるチャットルームだ。

 ここはそうそうのぞかれる心配はないだろうが、基本的にかんたんな会話専用だ。あまり大量の資料には使えない。

 それでも地図一枚くらいならいけるようだ。アンブローズは空中に表示された地図をながめた。


 目的地らしき場所に、コミカルな髑髏(どくろ)のアイコンがある。


「……何だこのアイコン」

「何にしようか迷ったんだけどさ」

 ジーンがむだに神妙な表情で応じる。

 アンブローズはあえて無視して周囲のうっそうとした木々を見回した。


 石の回廊を抜ける。


 深い林のなかに、さまざまな形をした墓碑が点在していた。

 近くに人はいないようだが死角が多く、人がいたとしても近くに寄られるまで気づかない可能性もありそうだ。


「この辺か……?」


 木々をかき分けて数歩ほどすすむ。

 アンブローズは、横たわる女性を型どった墓碑の横で立ち止まった。


 掘りやすそうなポイントにシャベルの刃先をつき立てる。


「そのへんかな」

 ジーンが答えた。



 石造りの女性の顔が先日療養所で襲ってきた戦闘用アンドロイドに似ている気がするが、ぐうぜんか。



「おもて向きは市役所職員パティ・ヘルソン名義になってるけど」


 ジーンが同じように木々をかき分けてこちらに近づく。


「パティ・ヘルソンは、NEIC役員の一人、ビル・セアーの内縁の奥さん」

「これのために偽装離婚したとかもあり得るのか……?」


 墓碑の横のやわらかな土を掘りはじめる。

「あるかもね。これはどうか分からないけど」

「もしそうだとしたら、よく承知したな。女の側」

 アンブローズはシャベルの足かけに片足を乗せ、グッと体重をかけた。

 じめじめと湿った土のにおいがする。


 土がやわらかいのは幸いだが、掘り起こしてさほど時間が経っていないという証明になるのか。


「思ったんだけどさ、アン」

 ジーンが一メートルほど前方を掘りつつ口を開く。 


「国家転覆をねらってる国に(くみ)してるわけだよね、NEIC」


 アンブローズは眉をひそめた。

 同じ界隈の人間だ。なにが言いたいのかピンとくる。


「……女の側がナハル・バビロンの工作員……?」

「そういうのもありかなって」


「ありか」

 言いつつさらに掘り進める。

「探れば探るほどややこしいのが出てくる感じだな」

「そもそも独立したばっかりの小国が他国相手に国家転覆をねらうとしたら、工作がいちばん安全で確実でしょ」

 ジーンがシャベルの足かけに体重をかける。わざと汚した作業靴の靴底でグッと踏みつけた。



「現代の戦争は、交渉と工作をふくめた諜報がほぼすべて。教育過程でそう習ったじゃん」

「ああ。初等部で」



「中等部じゃなかったっけ」


 ザッ、ザッと土を掘る音がする。

「初等部の終了直前ごろだ」

「中等部に進んだ直後とかじゃなかったっけ」

 おたがいしばらく無言で掘り進める。

「……まずは腐りかけた(ひつぎ)が出るのか」

「たぶん」

 ジーンが返答した。





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