Satellite Square1 人工衛星スクエアー1
土曜日の昼すぎ。
玄関のドアを開けてアリスと護衛ヒューマノイドをむかえ入れたアンブローズは、ついでに空を見上げて雨がきそうだなと思った。
天気予報は三センチきざみで大気の動きを計算するのでほとんど外れるということはないが、外出する予定はなかったのでさすがにチェックしていなかった。
勝手しったる感じでスタスタと屋内に入るアリスを横目で見る。
彼女のあとについてリビングに戻ると、目のまえにケーキの箱を差しだされた。
「 “プエラ” のジャパン産濃姫と抹茶モンブラン甘さひかえめフリアンディーズですわ」
「甘さひかえめの甘菓子というのがすでに矛盾してるんだが」
アンブローズは眉をよせた。
「あなたのために、わざわざ期間限定ではない品を選んでまいりましたの」
「どういうアピールポイントだ」
アンブローズは受けとらずにタバコを燻らせた。
リビングのテーブルに着いていたジーンが、アリスに愛想笑いを向ける。
「ひさしぶり、アリスちゃん」
「あなたですの」
アリスはケーキの箱をテーブルに置くと、青い大きな目をすがめた。
「きのうもお会いしましたわ。NEICのクラッキング中にサイバースペースをちょろちょろするのはやめてくださいませんこと?」
「堂々とクラッキングとか言うな」
アンブローズは水蒸気の煙を吐いて灰皿に灰を落とした。
「任務でやってるこいつはともかく、お嬢さまは立場があるだろう」
タバコでジーンを指す。
「少しでも愛しいかたのお役に立ちたいんですの」
「そういう冗談はいい」
アンブローズは灰皿でタバコを消した。
「合成コーヒーでいいな。カップはあの置きっぱなしの赤いやつ」
「クォレ・コンティですわ。カラーはローズレッド」
そう答えてアリスがテーブルにつく。
護衛の美形ヒューマノイドが、少しかがんでアリスのワンピースドレスのスカートのしわを直した。
ブランドの紅茶カップに安い合成コーヒーをそそぎ、アンブローズはアリスの目のまえにトン、と置く。
「ケーキの箱を開けてみてくださらない? 少しはお口に合うと思いますわ」
「単刀直入に聞く。そっちの専用人工衛星の機能は使えるか」
アリスの言葉を無視してアンブローズはそう切りだした。
彼女の表情をとくに確かめずテーブルにつく。
テーブルの上に置いたタバコのソフトパックをとり、一本を取りだしてくわえた。
アリスがふう、と息を吐く。
「お茶の時間を楽しむよりも、まず任務優先のあなたのその姿勢を高く評価していますわ」
「……ケーキはいい。ジーン食え」
アンブローズは顔をしかめてそうつけ加えた。
「そちらのおじゃまなかたの分もちゃんとありますわ」
「二人分食え、ジーン」
「むりであります、大尉」
ジーンが苦笑いする。
「まあいい。人工衛星の合成開口レーダー、使えるか」
指先で灰皿を引きよせる。
とんとんと巻き紙の部分を指先でたたき灰を落とした。
「使えますわ。わたくしのブレインマシンからあるていどの操作はできましてよ」
アリスが品のいいしぐさで合成コーヒーを口にする。
コト、と上品に皿に乗せるさまは、中身がうすっぺらい香りの安物とは思えない。
「いまやれと言われて可能か?」
アンブローズは問うた。
「技術的には問題ありませんわ。このくらいなら重役たちの承認も要りません。ただ」
アリスがもう一口コーヒーを飲む。
「ただ?」
「ここでほいほい協力してしまうと、都合のいい女みたいでイヤですわ」
アンブローズは無言で灰皿に灰を落とした。
ジーンがこちらの顔をじっと見る。
話の軌道修正をしようか。そう頭をめぐらしながらアンブローズは巻き紙部分をとんとんとたたいた。
「この場で可能なんだな?」
あらためて問う。
「わたくしは任務に都合がいいだけの女なのかしら」
アリスが、ふうっとため息をつく。
「……お嬢さまは女じゃなくて子供だ。そこ間違えんな」
アンブローズは眉間にしわをよせた。
「子供だと思っているのはあなただけでしてよ」
「おそらくだれに聞いても同じだ」
アンブローズは、ちらりとジーンのほうを見た。
「うっ」と喉をつまらせたような表情でジーンが上体をわずかにうしろに引く。
「ウォーターハウス中尉、どちらだ。答えろ」
アンブローズはタバコを強く吸った。
「いや巻きこまないでよ……」
ジーンがさらに体を引き苦笑いする。
「ね、ちょっとアン」
「フルで呼べ。何だ」
アンブローズは真横を向いて煙を吐いた。
「ここは折れて、“愛してるよ” とか言ってあげれば?」
アリスが顔を真っ赤にした。
頬を強ばらせ力んでいるような表情をこちらに向ける。
やっぱり子供じゃないかとアンブローズは思った。
「大人なんだしさ。どうせ “I Love You” なんて友人同士でも使う言葉じゃん」
アンブローズはちらりとアリスの顔を見た。
大きな青い目を期待に見開かせている。
「児童法の観点から却下」
アンブローズはそう答えて灰皿に灰を落とした。




