Human intelligence1 人的情報収集1
NEICの勤務を終えたジーンがコンドミニアムを訪れたのは、陽が落ちて間もなくの時間帯だった。
旧式の呼び鈴のの音で玄関先に向かい、ドアを開ける。
出むかえたアンブローズを見たとたん、ジーンはカバンを持った手を広げ「愛してるよ」とハグしようとした。
「そこまでおふざけやる必要あるか。入れ」
アンブローズは、顎をしゃくり屋内へと通した。
「せめて弟か兄って設定じゃだめだったのか」
ジーンを奥のテーブルのある部屋へとうながす。
「男同士の兄弟で昼休みわざわざ電話する人なんかいないでしょ。かわいい妹ならするかもだけど」
「妹もしない」
アンブローズは答えた。
「メールで資料送信しようかと思ったんだけどさ」
勧められてもいないのに、ジーンがさきにイスにすわる。
「それだ」
アンブローズはそう返した。安物のコーヒーカップを棚から出し、コーヒーメーカーに残ったコーヒーをそそぐ。
「だまって送信してくればよかっただろうが」
「メールもそろそろ特別警察にのぞかれてんじゃないかと思って」
アンブローズは無言で相方の顔を見た。
「……以前はそこまではなかったが」
「軍が証拠を固めたとあっちは思ってるんだもん。俺が特別警察なら、とりあえずは探ってたアンのやつをのぞくよ」
テーブルにコーヒーを置いてやる。ジーンがコーヒーを口にした。
「固めたとデマ流したのはだれだ」
「その場で了承したでしょ? 大尉」
准将と同じこと言いやがってとアンブローズは内心で詰った。
カップを自身のほうに引きずりよせながら席につく。
タバコのソフトパックに手をのばした。一本をくわえ、唾液で火をつける。
ジーンがその様子をじっと見た。
「……何だ」
「せっかく淹れたコーヒーに口もつけないでタバコ吸いはじめるのって、どういう行動原理?」
「知らん」
ふぅっ、とアンブローズは水蒸気と同じ成分の煙を吐いた。
「ハイゲートとブロンプトンと大学の地下とサウス・ロナルド島の説明をしろ」
「おおむねアンが察した通りだと思うよ」
ジーンが答える。
「ハイゲートとブロンプトンの墓地の一部を、六年前から三年前にかけてNEICが購入してる」
持参してきた大きめのカバンから、ジーンが紙の束をだす。
メールで送ろうとした資料をプリントアウトしたものと思われた。
懐古映画みたいな光景だなとアンブローズは思う。
「紙の束って、ほんと重いね。こんなのあつかってた大むかしの先輩がた、さぞかし腕力あったんだろうね」
カバンからつぎつぎと紙の束をだす。
燃やしちゃいかんなと思いいたり、アンブローズはタバコをくわえたままテーブルから離れた。
「いまどきプリントアウトの設備もだれも使わないからね。ごまかすの大変だった」
「そっちで疑われちゃ元も子もないんだが……」
アンブローズはつぶやいた。
カバンが空になったようだと察してから、いちばん上の紙をめくってみる。
「あ、気をつけてねアン。技術者のおじいさんが言うには、紙で手を切ったり指がパックリヒビ割れたりするんだってさ」
「凶器か……」
アンブローズは顔をしかめた。
内容別に分けていたのか、ジーンが紙の束を二、三束退け、めあてのものを探しはじめた。
「検索して探すこともできないのか……」
アンブローズは眉をよせた。
めあての資料を見つけたらしく、ジーンが指先でめくる。
「カム川沿いのK大学のいまの理事長は、NEICの元重役。サウス・ロナルド島の石器時代の人骨が埋まった場所は、三年前からK大学が発掘を仕切ってる」
「そのさいにずいぶん金が動いたようだけど」とジーンが付け加える。
「つまり?」
アンブローズは人差し指と中指で束をおさえた。
「国会議事堂で三百余名の要人を殺害してヒューマノイドとすりかえたあと、遺体はまずは近場のハイゲートとブロンプトンに運ぶつもりだったんじゃないかな」
そこまではアホみたいな内容の昼間の通話でも見当がついた。
アンブローズはタバコを強く吸った。
「木の葉をかくすならナントカ方式で、人骨のわんさかある土地をできる限り抑えた」
「気色悪いな」
アンブローズは吐き捨てた。
「購入した土地の敷地面積を見たけど、三百人もの遺体にはせますぎる。大きな穴を掘って一気にざくざく入れるにしても、三百人分の大穴を掘ったらそれはそれで目立つ――かといって残りをサウス・ロナルド島にまで持っていったらいろいろ手間がかかる」
アンブローズは無言でうなずいた。
「そこでちょっと想像をふくらませて、いままで組んだ情報将校の何人かに聞き回ってみた。――そしたらさ」
ジーンがつづける。
「NEICの元社員、半世紀前に市民権を得たものの排斥運動で帰国または行方不明になった移民、場合によっては架空の人物にニセの出生証明書をつけたなんて名義でまわりの埋葬地が買われてる」
アンブローズは軽く目を見開いた。
「そっちはさすがにNEIC内の資料にはなかったよ。元社員の何人かに分散して管理されてるんじゃないかって。聞き回んなきゃ、ほんと分かんなかった」
アンブローズは無言でタバコを吸った。
「アンてば単独行動ばっかしてるから」
「基本的に俺が決めてるんじゃない」
アンブローズはそう返した。
「でも付き合い悪そう」
大きなお世話だとアンブローズは内心で吐き捨てた。
「過去に組んだ相方と長く協力関係でいるコツは、相手の性癖を軽くつかんでおくことだよ」
ジーンがつぎの資料をめくる。
アンブローズは無言で顔をしかめた。




