Access Point2 アクセスポイント2
「それで」
ブランシェットがまだ長いタバコを灰皿で消す。
彼はふだんはタバコは吸わない。
ほんとうに生身である証明のためだけに持っていたらしい。
「ウォーターハウス中尉は、なぜ軍がすでに証拠を固めたなんて情報をわざわざ」
「そういう情報を流せば軍全体がNEICの標的になる」
アンブローズはタバコを強く吸った。
「私たち二人だけがねらわれることはなくなるだろうと踏んだそうです」
ブランシェットが複雑な表情をする。
「……上層部を盾にする気か」
「お言葉ですが、流したのは相方です」
アンブローズはそう返した。タバコを指にはさんだままジンジャービアを口にする。
「おまえは。承諾は」
「いちおうしましたが、緊急事態でしたので」
ブランシェットが複雑な表情をする。
「緊急事態で動揺するような玉ではないだろう」
「場合によります」
アンブローズはビアグラスをテーブルに置き、ふたたびタバコをくわえた。
「あの状況で上層部を盾にすることを思いつく神経に動揺しました」
タバコの煙がたてにほそく立ちのぼる。
空調が旧式なのか、しばらく上にのぼったところで極端に真横に流れた。
配管が剥きだしになっている天井に棚引き、配管と配管のあいだで見えなくなる。
「……ジーン・ウォーターハウスだったか」
「直接お会いしたことは」
「おまえの応援にと伝えるさいにいちど。――彼の上官に紹介された」
ブランシェットがビアグラスを手にする。
「話してるといちいち価値観が微妙にぐらつきますよ」
「変わり者か」
「変わり者ですね」
アンブローズは答えた。
「趣味は他国のデジタル暗号を傍受して、受けとり手よりさきに解読して満足することだそうです」
「わたしは防犯カメラに映った海外の諜報員の画像で神経衰弱をやるのが趣味と聞いたが」
ブランシェットが眉をよせる。
アンブローズは横を向いて煙を吐いた。
「あれがやっていたっていう、NEICの潜入調査はどうなったんです」
ブランシェットがジンジャービアを口にする。
「並行してやっているはずだ」
「何を調べに入ってたんです、あれは」
アンブローズは騒がしくなってきた店のカウンターをながめた。
そんなに長い時間いたつもりはなかったが、出入りする客がだいぶ増えてきた。
ランタンに似せたレーザー光源のランプでオレンジ色に照らされたカウンターを、落ちつきなく店員が行ったり来たりしている。
ジャズ音楽をかけはじめたのは、そろそろにぎわう時間帯だからか。
「何のことはない、通常の内偵だ。軍事に転用できる技術に少しでもたずさわる企業なら、常時一人二人は入っているたぐいの」
アンブローズはタバコの灰を灰皿に落とした。
「ずいぶんやばい企業に行かされたもんだ」
「まあ結果的にはな」
ブランシェットが背もたれに背をあずける。
「正直、数年前まで軍の上層部が警戒していたのはアボット社のほうだったんだが」
アンブローズは無言でタバコを吸った。
上層部の本音が伝わって来ることはめずらしい。
二位のNEICに大きく差をつけ、ちょっとした国家なみの経済力を持つアボット社。
調査対象になるのはまあとうぜんだろう。
潜入している諜報担当は一人や二人ではないと思っている。
「アボット社に関しては、専用の人工衛星が届け出の内容よりも機能が多いのではともいわれている」
思わず吸ったタバコを吹いてしまいそうになり、アンブローズはこらえた。
アリスとはいまのところ協力関係だ。
上官とはいえ、ここは知らんふりしておくべきか。
灰皿でタバコを消す。
「また何かありましたら、ハリー・カルコサ名義で “通報” します。准将は安全な時間帯のうちにお帰りください」
「なにか女の子みたいなことを言われているな」
ブランシェットが苦笑する。
ほんとうはこんなところで会うのもヒヤヒヤしている。
だからこそジーンという応援を要請したのだ。どういう思惑でまたこんなところに呼び出したのか。
いったん立ち上がろうとして、アンブローズは「ああ……」とつぶやいた。
「ケーキはお忘れなく。召し上がるか持ち帰るかしてください」




