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FACELESS フェイスレス 〜身元特定不可能の殺人犯、顔不確定のヒューマノイド、年齢偽装の令嬢、スパイのバディ~  作者: 路明(ロア)
08 アクセスポイント

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Access Point1 アクセスポイント1

 下流層の住む界隈を抜けて徒歩でしばらく行くと、店舗の密集した酒場街がある。


 入口から延々アーケードに覆われているため、地下にいるのかと勘違いしそうだ。

 むかしは食料品店や日用雑貨の店が多い界隈だったらしいが、半世紀まえの不況でそれらの店舗の多くが撤退した。

 そののちにここに進出したのが安い酒場だ。

 ところどころにヒビの入る壁、さびた看板、遺棄されたまま突きでた配管。

 建物とインフラの老朽化は心配になるが、治安はまあまあいい。



 酒場街に入り数件目の小さな酒場。



 アンブローズは木目のダイノックシートを貼った安っぽいテーブルに近づくと、小さな箱をトン、と置いた。


「フィーユ・ミニョンヌのケーク・オ・フリュイ季節限定ふくはる香フーレです」


 箱の中のケーキの商品名を一気に言う。

 合成ナイロン貼りのソファに座ったブランシェットが、無言で体をうしろに引く。

 顔を隠すためにサングラスをかけていた。

 本人は大まじめに顔を隠しているつもりなのだろうが、整った容姿に似合いすぎて逆に目立ちそうな気がする。


「……もういちどお願いできるか」

「フィーユ・ミニョンヌのケーク・オ・フリュイ季節限定ふくはる香フーレ」


「何かの暗号文か?」

 ブランシェットが映画俳優のような格好のよさでサングラスをずらす。


「准将がよこした応援が、食べるまえに敵前逃亡したので」

「気が合ってるようでなにより」


 ブランシェットが背もたれに背をあずける。

「合っているように感じますか」

 向かい側の安物のイスに座りながらアンブローズは尋ねた。

 ブランシェットはコートの内ポケットからシガレットケースを取りだすと、タバコを一本くわえて発火させた。


 オレンジ色の小さな火が、薄暗い店内でかすかに上下する。


 白い蒸気の煙を(くゆ)らせながらアンブローズにも一本差しだした。

 アンブローズは無言で受けとり、同じようにタバコを発火させる。

 市販のタバコの大半は唾液等の水分で発火するようになっているので、相手が少なくともヒューマノイドではないというかんたんな確認に使える。



「ここ数日、軍の回線にかなり巧妙なクラッキングが仕掛けられているんだが」



 ブランシェットが、おだやかな声音でが切りだす。

「ここ数日ですか」

 高価なタバコを堪能しながら、アンブローズは復唱した。


「心当たりは」

「あります」


 アンブローズは答えた。

 ウエイトレスが運んできた二人分のジンジャービアの片方を上官に差しだす。

 立ち去るウエイトレスのうしろ姿を何となく目で追った。


 顔をすげ替えたヒューマノイドではないかと、そろそろ近づく人間すべてが疑わしく感じてくる。

 もともと女性型ヒューマノイドで占めている特別警察は、成り済ます場合はやはり女性が多い。


「NEICと特別警察、もしくはアボット財閥総帥、大穴でナハル・バビロン政府」

「一つじゃないのか……」

 ブランシェットが困惑した表情を浮かべる。

「ここ数日なら、NEICの可能性がいちばん高いと思いますが」

 アンブローズはタバコを指ではさんで押さえ、強く吸った。

「療養所で戦闘用ヒューマノイドに襲撃を受けたのは報告を受けたが」

 ブランシェットがしずかに煙を吐く。


「その襲撃のさい、相方がヒューマノイドを通じてNEICにしれっとテキトーな情報を流しましたので」

「どんな」



「 “ドロシー・G・Dがつかんだ国家転覆に関する情報は、すべて軍上層部に伝わっている。軍はすでに証拠を固めた“ 」



 ブランシェットはしばらく沈黙していた。

 表情は大きく変わっていないが、ポカンとしたのは分かる。


「どこからどこまでが適当だ」



「国家転覆の疑いに関しては、その時点であれには話していませんでした。持てる情報から勝手に分析してたどり着いたらしいです」



 ブランシェットがジンジャービアを口にする。

「個人的な情報でか。どこから」

「NEICがナハル・バビロンを支援しているという一文があったニュース、NEICがクアンタム・ステルス処理したヒューマノイド工場を建てているという自身の調査、機密用の回線にマルウェアを送付した痕跡があったことと、特別警察の生身の上層部が、三年前にはそっくりのヒューマノイドにすげ替えられていたという私からの情報。その辺の情報等々を総合したと言っていましたが」

 トントンと指先でタバコをたたいて、アンブローズは灰皿に煙灰を落とした。



「おまえも、なぜそこまで説明しなかった。応援をたのんでおいて」



「彼がどこかに情報漏洩しているなり、二重(ダブル)スパイでもやってるなり、疑おうと思えばいくらでも疑えます。説明せずに任務完了するのがいちばん安全かなと」


「ところが勝手に答えを導きだされてしまったと」

迂闊(うかつ)でした。情報をあたえすぎた」

 アンブローズはタバコをくわえた。


「いや……彼にはなるべく情報をあたえてみてくれ。おもしい人材だからと彼の上官から言われてる」


「私は指導官じゃありませんよ。任務の真っ最中ですし」

 アンブローズは顔をしかめた。

「……弟か何かだと思って」

「妹が約一名だけでじゅうぶんです」

 ブランシェットが苦笑する。


「それで? ウォーターハウス中尉にはその後は話したのか?」

 「ええ」


 アンブローズは煙を吐いた。



「ドロシーの起こした事件は、クイーン・ゲートというのが重要なのではというところまでたどり着いていました」



 アンブローズはそう告げた。

 クイーン・ゲートは、官庁ビルのすぐそば。政府と軍の関係者がいちばん多く出入りするところだ。



 がやがやと聞こえていた店内の話し声に、流行りの曲が混じりだす。


 店でかけたのか。

 アンブローズはカウンターのほうを見た。

「とくに七十階より上は、政府と軍関係者しかふだんは入れない」

 アンブローズはそうつづけた。


 以前、ドロシーそっくりの顔にすげ替えた特別警察に呼びだされたのもここだ。


「そこまではおまえも見当はつけていたはず。だが、なぜあそこにそんな大勢のヒューマノイドがいて、ドロシーは何に気づいていたのかが」



「ウォーターハウス中尉は、一般の見学者か何かのふりをしてビル内に入り、政府と軍の関係者をビル内で殺害、いっせいに顔を替えたアンドロイドとすりかわる計画だったのではと」



 アンブローズは、タバコの灰を灰皿に落とした。

 ブランシェットが無言でタバコを吸う。とくに表情は変えていない。


「ドロシーが阻止しなければ、あのとき地上七十階にいた国会議員と国内要人が乗っとられるところだったのではと」


 ブランシェットが無言でジンジャービアを口にする。

「証拠はまだありませんが」

「ここのところ回線に忍びこんでいるのがNEICだとしたら……」

 ビアグラスをしずかに置き、ブランシェットがつぶやく。

「ほぼ白状した形になりますかね」





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