Ultra Low-frequency2 超低周波2
ヒューマノイドの女がスピーカーを盗み見てジリジリとピンヒールのつまさきを動かす。
「幻覚で幽霊見えたらどう対処すんの。ハカでも踊ればいいの?」
銃で女をじっと狙いながらジーンが尋ねる。
「どこの国だよ。聖書を読み上げるんじゃないのか?」
「実行されました!」
女性軍人が声を上げる。
しんと静かになった。
おたがいに何か変化はあるかとうかがうように目を合わせあう。
アンブローズは銃をかまえながら視線を左右に動かした。
自身に幻覚幻聴などが起こっていないか、触覚をたよりに周りをうかがう。
軽く足踏みし、五感の感覚を確かめた。
「うわ……」
ジーンがつぶやく。
「何か変調あったか」
「急に腹減ってきたの気のせい?」
「気のせいだ」
アンブローズは眉をよせた。
「……何か甘いものが食いたい」
「アリスの生霊でもとり憑いたか」
とつぜん女が壁に向かって走りだした。
壁を垂直に昇ると、天井に埋めこまれたスピーカーをピンヒールでねらう。
アンブローズは、頭上に銃をかまえた。
脚をねらったが、逆さに靡いた長い髪に邪魔される。
情報の取りだしのために頭を避けようとした結果、ねらいが定まらず舌打ちする。
女性軍人の一人が、べつの角度から女の足首を撃つ。
天井をカツカツカツッと移動する女の足首から小さく火花が散った。
通常のヒューマノイドよりも火花の散りかたが小さいのは、武器への引火に考慮しているのか。
「あっ」
べつの女性軍人が声を上げる。
「何だ」
ヒューマノイドの動きを目で追いながらアンブローズは問うた。
「窓にべつのヒューマノイドが!」
全員が横目でそちらを見た。
窓にはだれもいない。
防犯上の観点でベランダは使うときだけ出てくる可動式になっているが、出ている状態を示す表示はない。
「……たぶん幻覚だ」
アンブローズはそう告げた。
「そ……そうなんですか? 窓の外から白い服の女がのぞいていて」
「霊現象キター」
ジーンがおもしろそうにゲラゲラと笑う。
「おまえはいい。出入口を開けて、そこに待機していろ」
アンブローズは女性軍人に向けて指示した。
「は……はい」
女性軍人がゆっくりと後ずさる。
出入口の自動ドアを開けると、療養室と廊下の境目のあたりに待機した。
「あ、だいじょうぶ? そっちは幽霊いない?」
ジーンが出入口のほうを振りかえり尋ねる。
「あの……廊下の向こうから手招きしてる手が」
「すげえ。代わりたかった!」
またもやジーンがゲラゲラと笑う。
ヒューマノイドの女が長いすらりとした脚を真横に回し、蹴りつけてきた。
アンブローズは後ずさり、頬スレスレで避ける。
足が床につくが早いか、女は手を伸ばしてアンブローズの首をグッとつかんだ。
ジーンと女性軍人たちが体勢をととのえる靴音が聞こえる。
「アンブローズ・ダドリー大尉」
ヒューマノイドの女が呼びかけた。
運動機能のすさまじさに反して、人工の女声は違和感を覚えるほど落ちついている。
「ドロシー・G・ダドリーのつかんだ情報は?」
女性軍人たちがカプセルの中で眠るドロシーを横目で見る。
「NEICは、そんなに取られちゃ困る情報があるのか」
ググ、と首をつかまれて、アンブローズは声をかすれさせた。
軽量のヒューマノイドとはいえ、生身の人間にくらべたらやはり腕力は強い。
アンブローズは目をすがめて、ヒューマノイドの喉にぴったりと銃口をつけた。
人工の脳幹にあたる部分に貫通するよう、角度をさぐる。
「クイーン・ゲートの事件は、NEICが関係してるってことで間違いない?」
女の背後で、ジーンが銃をかまえる。
「ドロシーちゃんことドロシー・G・ダドリーは、NEICとナハル・バビロンが手を組んだ国家転覆に関わる情報をつかんだ。そして犠牲者を出されるまえにあの事件を起こした」
首を締め上げられながら、アンブローズはジーンを横目で見た。
肝心な部分は伝えてないのに、この状況でそんな分析までしてやがったのか、こいつ。
ジーンはニッと笑うと、女の背後から耳元に顔をよせた。
「ヒューマノイドのお姉さん、残念だったね。ドロシーちゃんのさぐった情報は、P300脳波を解析されてとっくに軍上層部に伝わってるよ。軍は三年かけて証拠を固めた。あとは軍事裁判の日程を決めるのみだ。もう遅い」
国家転覆に関する判決は、軍事裁判でのみあつかわれる。
一瞬アンブローズは目を見開いたが、すぐに表情をもとに戻した。
女のスケルトンの瞳の奥で、小さな赤いランプが点滅する。
おそらく瞳の奥の小型カメラを通じて、この様子はNEIC上層部かナハル・バビロン政府に伝わっているのだろう。
ふいに点滅がゆっくりになり、女はアンブローズの首をつかんだ手に力をこめた。
「ぐっ……」
アンブローズは女の手を引き剥がそうと踠いた。
「アン!」
ジーンと女性軍人の一人がほぼ同時に女の肩を撃つ。
女の肩が不自然な形に折れ、腕が外れる。
アンブローズがかがんで首をおさえるのとほぼ同時に、女が甲高い悲鳴を上げた。
床に倒れ、床を回転するように這う。
低周波の影響がやっと出たか。アンブローズは大きく息を吐いた。
「ジーン!」
アンブローズは咳こみながら声を上げた。
「動力部はあとどこだ!」
「個別に違う個所のものは確認してる時間はなさそうだけど」
ジーンが言う。女の胸部と腹部をつぎつぎと撃った。
「いちおう可能性のある部分はぜんぶ撃っとく」
硝煙の匂いが療養室内をただよう。
やがてほそい煙を何本か上げ、ヒューマノイドの女は機能停止した。




