Ultra Low-frequency1 超低周波1
「人間の脳ですら、それが起こるメカニズムはここ最近の時代にやっと分かりかけたところだ。まだヒューマノイドの不具合にまで手が回ってない」
ヒューマノイドの女に銃を向けつつジーンが説明する。
アボット社製の一部のヒューマノイドもそのあたりがひそかな課題の一つなのだと以前アリスが口走っていた。
どう対策しているのかは機密あつかいでさすがに言わなかったが、頭部を覆うシリコンフィルムに周波数選択性の遮蔽材をかぶせることで、あるていどは対応しているんじゃないかと推測している。
「何でさっさと言わなかった」
「だから資料を検索していたであります、大尉」
ジーンが苦笑する。
「とりあえずここから出ろ」
ヒューマノイドの女に銃を向けつつアンブローズは出入口を顎で指した。
女性軍人たちが援護するように銃をかまえ直す。
女がドロシーのベッドを背に後ずさった。
肩の間接をなんどもありえない方向に曲げたせいで、看護服の袖が妙な具合に引きつっている。
「ドロシーちゃんの命が目的ってわけじゃないのか」
「そこは少々疑問なんだが……」
アンブローズは答えた。
三年前から思っていたことだ。ドロシーは昏睡状態になるまえ、つかんだ情報をどのていど上に伝えていたのか。
昏睡状態にする脳内のチップは、ほぼ機密の塊でただの情報将校には分からない部分も多い。
ほんとうに昏睡後は情報をいっさい引きだせないのか、昏睡状態になっている期間はほんとうにコントロールできないものなのか。
「ドロシーがつかんでた情報は、やっぱNEIC絡みのものか」
アンブローズはつぶやいた。
「少なくともNEICは、そうだと思ってる。しかもだいぶまずい情報をドロシーちゃんにつかまれたと認識してる」
ジーンが応じる。
「どこまで報告が上がっててどこまで軍が対処してるのか、まず知りたかったんじゃないかな」
「それで俺に目をつけたか」
アンブローズは眉をよせた。
「何の情報だと思う」
アンブローズは、女のスケルトンの瞳を見据えた。
「当てたら俺もねらわれちゃう」
ジーンが肩をゆすって軽薄に笑う。
「談合、裏帳簿、粉飾決算」
可能性のありそうなものをジーンが上げる。企業が隠蔽するものなら、ふつうはそんなところだが。
「でもこんなのはステルス・オフィサー様じゃなくても、俺でもさぐれる」
ジーンが苦笑する。
「国家転覆」
ジーンがそう口にする。
アンブローズは目を見開いた。
いきなり核心にたどり着きやがった、こいつ。
「どこから発想した」
「NEICがナハル・バビロンを支援してたっての思い出して。その他もろもろの雑多な情報を掛け合わせると、そこにピーンと」
ジーンがヘラヘラと笑う。
「突拍子もないと思えることでもぜんぶ混ぜ混ぜして、脳内の全情報からビッグデータを分析して、これがいちばん矛盾がないってのが割と正解の率が高いなって」
ジーンが言う。
「別名、直感っていうんだけどね」
ヒューマノイドの女が、ジリジリとつま先を動かす。
女の動きに合わせてその場の全員が銃口を左に右にと動かした。
ヒューマノイドに死に関する本能的な恐怖感はないが、何らかの任務を負って動いているのであれば機能停止したのちに人工脳から情報を抜かれることは初期プログラムとして避けようとする。
「……国家転覆を前提に考えるとどうなる? ナハル・バビロンがこっちに軍事介入するつもりってこと?」
ジーンが問う。
「そんな軍事力ないだろ、あそこ」
アンブローズは、つい肯定した形で答えた。
「いまどきの戦争は、交渉と諜報がほぼすべてだよね」
ジーンが言う。
「さすが同じ教育受けただけあるな」
「つまり、軍事力を使わない何らかの工作で一国家を」
そこまで言いかけて、ジーンが押しだまる。
「……やっば」
「どうした」
「そのさきに気づいちゃったら俺までねらわれるじゃない」
いまさらか。
アンブローズは眉根をよせた。
以前、ただの暗号解読のお遊びからうっかり他国の国際法違反をつきとめたとか言っていた。
カンがいいのか、分析力がきわめて高いのか。
「え!」
女性軍人の一人が声を上げる。館内放送用のスピーカーを見上げた。
床を蹴り空中から飛びかかったヒューマノイドの女を、アンブローズとジーンはほぼ同時に左右に避ける。
避けたさきにあった木目のサイドテーブルをアンブローズは女の足元めがけて蹴った。
サイドテーブルがガンッと音を立て、女が一瞬よろめく。
「何だ!」
アンブローズは、銃をかまえ直しながら声を上げた女性軍人に向けて問いかけた。
「十八.九ヘルツの超低周波、この療養室だけ流すそうです!」
女性軍人が告げる。
「技術班からの返信メールを読み上げます! ただいま療養中の全患者のカプセルベッドおよび医療機器に影響はないかシミュレーション中。ほぼ影響はないと思われるとのこと。シミュレーション終了後一秒以内に実行します」
「流す……」
ジーンが天井のスピーカーを見上げる。
「脳の性質によっては一時的に幻覚等あるかもしれないので対処願いますとのことです!」
「あるかもしれないのでって」
ジーンが苦笑する。
「雑な」




