Combat Nurse2 武装ナース2
中庭ののどかなレンガの小道。
休憩を終えた来訪者の体で、アンブローズはジーンとともにゆったりと歩いた。
「昏睡状態のドロシーを始末しにきたんだとしたら、戦闘用は大仰すぎるな」
「突然意識を取りもどして速射で反撃されるのを想定してんじゃないの?」
ジーンが伸びをするように両手を組みまえにだす。
「この時点でドロシーに意識を取りもどしてもらって困るのは、NEICか」
「少なくともアボット社じゃないよね。ドロシーちゃんが義理の妹さんだなんて総帥がのんきに言ってんだから」
あはは、とジーンが笑う。
「軍人の家のなかを開口レーダーで撮影する八歳児なんて聞いたこともない。何がのんきだ」
「でも少なくとも本格的な戦闘用ヒューマノイドなんてアボット社は作ってないでしょ。まだまだかわいいよ、やっぱり」
小道にはみ出したハーブをジーンが片手で軽くはらう。
はは、と笑ったジーンを、アンブローズは横目で見た。
ジーンが笑うのをやめる。
「……何」
「おまえは、あのおフランス人形のえげつなさをまだ知らない」
「なに……アボット社も作ってんの?」
「ライバル企業が作ってたら……」
アンブローズは言いながら屋内の廊下につづく自動ドアに手をふれた。
自動ドアが遺伝子情報を認識してすべるように開く。
開いたドアのまえに、銃口をこちらに向けてかまえる看護師がいた。
「うっ」と小さくうめいて出入口の両脇の壁に二人同時に貼りつく。
アンブローズはヒップポケットから銃を取りだしかまえた。
看護師が中庭に飛びだし、白いタイトスカートから膝をあらわにしてこちらに飛びかかる。
たしかに生身の人間の骨格では不自然な動きだ。
ヒューマノイドだと確信する。
アンブローズは手近なハーブの植えこみに身をかくし、看護師の胸の動力部をねらって撃った。
素早い動きでねらいが外れて、看護師の二の腕にあたる。
ジーンが小道をはさんだ向かい側のハーブの植えこみに身をひそめているのが見えた。
看護師の後頭部のあたりをねらっているらしかったが、ねらいが定まらないようだ。
「目的はどっちだ!」
ジーンが声を上げる。
「俺に聞いてんのか、ヒューマノイドに聞いてんのか!」
アンブローズは看護師の動きを目で追った。
看護師は壁を垂直に駆け上がると、二階の窓に差しかかったあたりで飛び降りアンブローズの間近に着地する。
ざざっとハーブのしげみが踏みつけられ、爽快な香りがあたりに散った。
「答えられるほうが答えて!」
ジーンが銃を手に看護師の背後に回る。
「ドロシーちゃんじゃなく、アンをねらってるように見えるんだけど!」
アンブローズはもういちど看護師の胸元をねらった。
いつもながら、向かって来られたら後頭部はねらいにくい。
即座に機能停止させられるとしたら、エネルギーの伝達装置が集中する胸元だ。
看護師が至近距離に駆けより、アンブローズの額に銃を押しつける。
アンブローズは看護師の腹を足で押しだすようにして蹴りつけた。
看護師の銃口が額からずれた瞬間に、看護師の胸元を撃つ。
看護師の白衣の胸元から細い煙が上がる。
表情もなく、直立した姿勢で動作を止めた。
アンブローズは大きく息を吐き、ゆっくりと銃を持った手を下ろした。
「アン!」
ジーンが声を上げる。
「だめだ! このタイプは動力部が複数」
ふたたび看護師の手が動く。
アンブローズの額をがっちりとつかむと、米かみに銃を押しつける。
他の動力部はどこだ。
看護師の体のあちらこちらの部位をアンブローズは目でさぐった。
つづけざまに銃声がする。
看護師がアンブローズの額をつかんだ手の力をゆるめて体の数ヵ所から煙をだした。前かがみに倒れる。
倒れた看護師の背後で、ジーンが銃をかまえていた。
「あらためて言うけど、動力部が複数あって」
「……早く言え」
アンブローズは顔をしかめた。
ジーンが倒れた看護師に大股で近づき腕を伸ばす。さらに後頭部を撃った。
看護師の背中から細い煙が数本ほど上がる様子をしばらく見つめて、アンブローズはその場にしゃがんで息を吐いた。
「戦闘時に一、二ヵ所損傷を受けてものこりの動力部が自動でおぎなう仕組みになってる」
「たしかに一ヵ所撃たれて機能停止なら、戦闘じゃ使えないな……」
アンブローズはそう返した。
「こいつらに関する資料って、手元にあるのか」
「ブレインマシンのファイルに入れてある」
ジーンが自身の頭部を指す。
「直接送ってこい」
アンブローズはしゃがんだままで自身の米噛みをつついた。
「いまいいの?」
「いま」
「ドロシーちゃんのほうは大丈夫?」
立てた金髪をかきながら、ジーンが療養室のほうを見る。
「あの看護師さん、一人とは限らないじゃん」
アンブローズは療養室のほうをふりむいた。
「早く言え」
しゃがんだままで銃のグリップを握り直す。
「もしかして意志疎通が噛み合わないのかな。タイプ的に」
「相性が悪いのか。――軍のAIはバディの組み合わせに関わってないのか」
「まあNEIC勤務ってことで緊急で俺にしたんだろうし」
ジーンが答える。
アンブローズは眉をよせた。
ゆっくりと立ち上がり、窓越しに療養室の廊下をうかがう。
「俺やおまえを襲うならべつの場所でもいいよな。こんなセキュリティの面倒くさいところにわざわざ入りこまなくても」
ジーンが銃ののこりの弾数を確認する。
「逆じゃないかな。ここで始末すれば、軍内部だけの事件に見せかけられる。軍のほかの施設内よりも実践に慣れた人は少ないだろうし」
アンブローズはとくに返事はせず、閉まってしまった自動ドアの遺伝子認証装置に手をかざした。
「開けるぞ」
そう声をかけると、ジーンが銃をかまえてうなずく。
自動ドアがすべるように開く。
前方と横にそれぞれ銃をかまえたが、誰もいない。
木目調の落ちついた内装の廊下。
ドロシーの眠る療養室のドアが廊下の先に見えた。
前方と後方を警戒しながらドアに歩みよる。
アンブローズは、療養室のドアについた遺伝子認証の装置に手をふれた。
開けるには装置に顔を向けて虹彩認証までする必要があるが、そのあいだ約二秒間ほど無防備になる。
「虹彩の解析やりなよ。見てるから」
ジーンが言う。
「……ああ」
アンブローズはしばらく後方を警戒してから、装置に顔を向けた。
療養室のなかからは、いまのところ何も聞こえない。
装置がアンブローズの目の位置をとらえる。
かすかな電子音がし、青色のモニターに拡大鏡を見たときのように自身の瞳が大きく映る。
赤外線で撮影された瞳の画像から虹彩の部分がトリミングされ、数万ヵ所の解析対象部分が示される。
ややして登録データとの一致を告げるメッセージが表示された。
ドアの鍵が開く音がする。
「なか入るぞ。来い」
アンブローズは、後方のジーンを療養室内にうながす。
ジーンが横目でこちらを見てうなずいた。




