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FACELESS フェイスレス 〜身元特定不可能の殺人犯、顔不確定のヒューマノイド、年齢偽装の令嬢、スパイのバディ~  作者: 路明(ロア)
07 意識消失のドロシー

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Combat Nurse1 武装ナース1

 療養所の中庭は、落ちついたイングリッシュガーデンだ。


 ハーブが生いしげるなかをレンガの小道が通り、奥のほうには小さな花の枝の垂れ下がる木々、ところどころに置かれた素朴なガーデンベンチ。


 ほかに人はいない。


 小さな池を背にしたガーデンベンチで、アンブローズは身をかがめて大きく息を吐いた。

 肺のなかの息を吐ききってから、口からタバコを外す。

「どんだけ中毒なの」

 横にすわったジーンが軽く眉をよせる。


「中毒性のあるものが配合されてないのに中毒って。何か特定のもので中毒起こす体質なんじゃないの?」


「アレルギーに関しては起こしにくいよう遺伝子操作されてるだろ」

 アンブローズはそっけなく答えた。

「そういうのとはべつの」

 ジーンが背もたれに両肘をかけて体をそらす。

 

 暑い季節になったら、上部には直射日光を軽減する薄いフィルターの屋根がかかり気温を調節する設備が作動するが、いまの季節は自然のままの風にさらされている。

 さらさらと心地よい風が通りすぎた。


「ドロシーちゃんはどうなの」

「何が」

「変な成分で中毒症状とか」

「べつにない」

 一瞬だけ考えてから答える。


「お兄さんとしては、どれくらい親しくしてたわけ」

「お兄さん言うな」


 アンブローズは眉をよせた。

「ドロシーちゃん意識不明になった原因はなに? ケガ?」

 ジーンが尋ねる。

「ケガはない」

「何かのショック?」

 アンブローズはしばらく無言でタバコを吸った。



「ステルス・オフィサーは、情報を吐かされるかもしれない状況になったら意図的に意識不明状態に持って行ける装置を脳内に埋めこんでる」



 アンブローズは米かみのあたりを指先でトントンとつついた。

「まじで? 過酷だな」

 ジーンが顔をゆがませる。


「脳内から情報を抜かれそうな状況になったんだとみられてる」


「脳の電気信号を解析して思考を画像化するって装置は軍にもあるはずだけど」

 ジーンが(ひざ)の上に頬杖をつく。

「ちょっとまえの時代までは、ぼんやりしてよく分からない画像がやっとだったけど、いまはP300脳波の反応を応用した技術とドッキングさせて、かなり精度高くなったとか」


「その装置にも対応されてる。P300脳波が検知されるのをチップが妨害するらしい」


 アンブローズはタバコを強く吸った。

「じゃ、重要な情報はドロシーちゃんが目覚めるまでおあずけ?」

「そう聞いてる」

 

「何か行きあたりばったりに感じるな。起こす方法はないの?」


 ジーンが前方のハーブの茂みをながめる。

「お兄さん、眠り姫ってなかったっけ」

「しつこい」

 アンブローズはそう返した。


「そこまでしても守りたい情報をつかんでくるもんなの?」

「情報の詳細まではさすがに知らんが」


 アンブローズは携帯用灰皿を取りだして灰を落とした。

「やっぱお兄さんにも話してないことはあるか」

「お兄さん言うな」

 アンブローズは顔をしかめた。


 NEICと新興国ナハル・バビロンによる国家転覆の陰謀。


 ドロシーが意識をなくす少しまえに伝えてきた情報はそれだったと三年前ブランシェット准将から聞いた。

 異例の “除隊” という形で調査を引き継いだのも慎重を期すためだ。


 ジーンには、ここまでは伝えなくてもいいかと思う。


 知ってる人間が少ないほうがいいと准将も言っていた。その通りだと思う。

 詳細を伝えなくてもバディとしての活動はできるだろう。




「お兄さん」

「しつこい」


「ここって出入りする看護師さんは何人くらい?」

 ジーンが尋ねる。

 アンブローズは顔を少し上げて窓越しに見える療養室の廊下を見た。


 長身の女性看護師が早足で歩いていくのが見える。


「ドロシーのいるエリアの担当者は三人ほどだ。ローテーションで看護してる」

「こういうところだとそんなもんだよね。秘密の保持も考えたら、そんなに大勢の人間に任せられない」

 ジーンの言いかたに直感的に不審なものを感じ、アンブローズはタバコを携帯用の灰皿で消した。


 廊下を行く看護師を凝視したまま、灰皿をゆっくりと胸ポケットにしまう。


「お兄さん、三人くらいなら担当者さんの特徴を覚えてるよね」

 ジーンが廊下から少しずれた位置を向き問う。

 アンブローズもずれた方向を向いて雑談を装った。

「お兄さん言うな。担当の看護師は歩きかたのクセまで把握してる」

「さすがお兄さん」

 ジーンがおもしろそうにニヤリと笑う。



「あの看護師さんは?」

「見たことない」



 アンブローズは答えた。

「顔は」

「顔はあるが、歩きかたが本人とちがう」

 しばらく押し黙る。横目で看護師の行く方向を追った。

 考えていることは同じだろう。 

「ドロシーちゃんのところに行くかな」

「ほかの病室に行ったとしても、不審なのは変わらないんだが」


「アン、あれNEICのヒューマノイドだ」


 ジーンが声をひそめる。

「何で分かる」

「戦闘向けに特化した分、ふだんの歩きかたにやや不自然な部分が出たってタイプ」

 ジーンが答える。

「今後の開発の課題だとか書いた機密資料をNEIC内部で見た」

「戦闘用……」

 アンブローズはつぶやいた。

 看護師が廊下の曲がり角に姿を消したのを確認し、さりげなく立ち上がる。



「なんのために戦闘用なんて作ってんだ」

「戦闘のためでしょ」



 ジーンがそう答えて、わざと看護師のいた廊下に背を向けて立ち上がった。

「どのていどの戦闘」

「じっさいに動いたところは見てないけど、資料によると惰性を利用して壁を()うくらいは可能っぽい」

 ジーンが解説する。

 ホラー映画じみたものを想像して、アンブローズは口に手をあててうつむいた。

「手足の関節がありえない方向に曲がるんで、ありえない動きも可能らしい」


「NEICもなに考えてんだ」

 アンブローズは眉をよせてヒップポケットの銃を確認した。





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