Chocolate,Choc Chip and Cheesecake3 チョコレート,チョコチップ,チーズケーキ3
「甘いですわ!」
アリスが声を上げる。
テーブルに身を乗りだして、ビシッと軍人二人を指さした。
「あなたたちはそんな関係ではないし、応援のあなたもゲイではありませんわ!」
アリスが堂々とした態度で言いきる。
「アンを取られたくないのは分かるけどアリスちゃん」
「フルで呼べ」
アンブローズは声音を落とした。
「わたくしをなめてはいけませんわ!」
アリスがさらにテーブルに身を乗りだす。
「古代ギリシャ、ローマの少年愛についての考察から、旧約聖書のソドム街のの記述、プラトンの『饗宴』、中世から近世のヨーロッパにおける同性愛を違法としながらも美少年、美青年を愛でていた王族、貴族、聖職者のゴシップ話、ジャパンの色小姓についての記録、陰間遊びに関連した著作、世界各国で製作された映画の禁断愛ものは古典『ベニスに死す』からさいきんのものまで、さらに現代の著名人の男色スキャンダルまですべてチェックしているわたくしの目はごまかせませんわ!」
「子供がなに見てるんだ……」
アンブローズは眉をよせた。
「プラトンの『饗宴』だけかろうじて知ってるわ……」
背後でジーンがげんなりとする。
「巫女から聞いた話ばっか語ってるあれか」
アンブローズはタバコを指ではさんで強く吸った。
「分かったか。このお嬢さまはこういう生きものだ。そこらのフランス人形と同じだと思うな」
「こわい生き物に遭遇しちゃったなあ……」
ジーンがテーブルに手をつきうつむく。
「とりあえずおまえも座れ。紹介してやる」
アンブローズはジーンにむけてそう告げた。
「まず目上のかたから紹介されるのがマナーですわ。そちらの紹介からでよろしくてよ」
アリスが座りなおして、床に届かない脚をきっちりとそろえる。
「ジーンだ」
アンブローズは、ジーンを親指で指さした。
「それだけですの?」
アリスが大きな目をぱちくりとさせる。
「俺の名前もファーストネームしか名乗ってないだろう」
「でもフルネームを知っていますわ」
「お嬢さまが軍の回線に侵入して勝手に調べたからだ」
「まじか。こわ」
ジーンがげっそりとした顔でつぶやく。
アリスはジーンの顔をちらりと見ると、すぐにアンブローズのほうに向き直った。
「まあいいですわ。あまり好みの男性ではありませんから」
手きびしくそう言う。
アリスはジーンのほうを向くと、座ったままで胸に手をあておじぎをした。
「席から起立しての自己紹介が礼儀でしょうけど、テーブルの下に隠れてしまうのでこのままで失礼いたしますわ」
品良く自己紹介をはじめる。
「アリス・A・アボット。アボット財閥の総帥をつとめております」
「……ええ、ああ、はい」
ジーンがつられたように胸に手をあてる。
「いや……お好みじゃなくてすみません」
何を言っているんだとアンブローズは脳内でツッコんだ。
「あなたのせいではありませんわ。わたくし伴侶になる男性は、どうしてもレベルの高いものを求めざるをえませんので、あまり認められるかたはおりませんの」
アリスが甲高い幼児声で言う。
「ああ……さようですか」
ジーンが気の抜けた感じでそう返す。
「コーヒー淹れてくる」
アンブローズはくわえタバコでそう告げた。
「認めたのは、このかたくらいですわ」
アリスが小さな手でアンブローズを指す。
ジーンがこちらに目を向けた。
「え……ヤバくない? アン」
「フルで呼べ」
アンブローズは眉をよせた。
「幼女はまずいでしょ。ゲイよりヤバい」
「どっちでもない。変な前提で話を進めるな」
灰皿を目でさがして自身のほうに引きよせる。
「コーヒーでいいな? お嬢さまも」
アリスにそう確認し、アンブローズはつかつかとキッチンに向かった。
「アン、俺、合成コーヒーでお腹たぷたぷなんだけどー」
ジーンが声を張る。
「うるさい」
「ヴィラーニ社の紅茶なら等級の少々落ちるブロークン・オレンジ・ペコーでもよろしくてよ」
アリスが優雅な口調で言う。
「ない。飲みたきゃ持参しろとなんど言った」
「紅茶のカップはここのお台所に置いておきましたわ。赤いクオレ・コンティの」
「あれ、アリスちゃんのか」
ジーンがそう返す、アリスにさりげなく無視されていた。
「このカップにコーヒーでいいんだな」
質素なスチールの食器棚に勝手に高級ハンカチをしき、その上に置かれた赤いカップをアンブローズは手にとった。
「無粋なかたですわ……まあ許しますけど」
アリスがまるで恋人相手であるかのように言う。
アンブローズはかまわず合成コーヒーを紅茶カップにそそいだ。
「ジーン、自分のカップ持ってこい」
「ああ……はいはい」
ジーンが席を立ち、自身が飲んでいたカップを手にとる。
「ほんとうに組んだのは十日まえですの?」
アリスが問う。
「わたくしよりも息が合っていらっしゃいません?」
「年齢も性別もちがうお嬢さまよりは、そりゃ合いやすいわな」
アンブローズは食器棚をさぐった。
「同じ環境で育ってるし」
そうとつづける。
「わたくしたちは、そういう違いも乗りこえられると思いますの」
「そういうギャグはどこから思いつくんだ、お嬢さま」
赤い紅茶カップを運び、テーブルに置く。
アリスは上品なしぐさでミルクと砂糖を入れると、取っ手に小さな指をかけゆっくりと合成コーヒーを口にした。
「ヴィラーニ社のあつかう紅茶よりは少々落ちますけど」
「いや少々なんてもんじゃないでしょ」
ジーンが苦笑して声をかけたが、アリスがすました顔で無視する。
「NEICはどうなった」
アンブローズはイスに座りながら問うた。
「いまのところ、とくにこちらの迷惑になる動きはありませんわ」
アリスが答える。
「それより、特別警察の生身の役職方はすべてヒューマノイドにすりかわっていませんこと?」
アリスが紅茶カップを皿の上に置く。
「見たところアボット社製のように偽装していますけど、役職方のふりをしたヒューマノイドはNEIC製ですわ」
「何で分かる」
「肌がいまいちきれいではありませんもの」
アリスはそう説明した。




