Chocolate,Choc Chip and Cheesecake1 チョコレート,チョコチップ,チーズケーキ1
ジーンと組みはじめて十日め。下町のアンブローズのコンドミニアム。
玄関の呼び鈴の音がした。
以前はシンプルな電子音だったが、アリスが強引にクラシック調の軽やかな音のでるタイプにつけかえた。
「ずいぶんかわいい音」
ジーンが目を丸くする。
「俺の趣味じゃない」
アンブローズはイスから立ち玄関に向かった。
「速射のドロシーちゃんの趣味?」
ジーンがあとをついてくる。
「何でついてくる」
「バディ組む人の交遊関係を知っとかないと」
アンブローズは玄関の壁に軽く手をつき、インターフォンの横の平面映像を見た。
画面には、スーツの男性の胸元が映っている。
アリスの護衛用ヒューマノイドの胸元だ。
背が高いので、平均的な位置に設置したカメラだと胸元しか映らない。
アリスはといえば、逆に背が小さすぎて頭すら映らないのだが。
現在主流のインターフォンなら訪問者の全身が立体で映るうえにカメラの視点移動もかんたんなのだが、このコンドミニアムについているものは半世紀まえに製作された旧式だ。見えかたにきわめて限界がある。
アリスがアボット社製の最新式に無料でかえると提案しているが、近所に溶けこめないのでやめろと言っている。
「……ま、いっか」
アンブローズはそうつぶやいて、玄関で回れ右をした。
ジーンの背中を押してせまいリビングへと戻る。
「お客さんじゃないの?」
ジーンが問う。
「居留守使う」
「何かまずい人?」
ジーンが玄関のほうをふりむく。
「銃持ってるから援護できるけど?」
「銃はいらん。甘いものに対する耐性と、エグい会話に対応できるメンタルが必要だ」
「は?」
玄関のドアを品よくノックする音がした。
二人の目線よりもかなり下だ。
「居留守を使ってもむだですわ。わが社の専用人工衛星スクエアーの合成開口レーダーで室内を詳細に撮影した画像が、わたしのブレインマシンに届いていましてよ」
ノックの上品さとは裏腹に、言ってる内容は剣呑すぎる。
「なに? 敵国のスパイ?」
ジーンがおびえた感じで尋ねる。
「軍事衛星なみだな……」
アンブローズは眉をよせた。
玄関ドアのまえに戻り、インターフォンの通話口に顔をよせる。
「違法撮影だ。解錠は拒否する」
「親しい人間関係における愛情等に起因するのものなら、違法でも多少は考慮されるという判例がありましてよ」
「親しい人間関係の定義にあたらない。スポンサーとスポンサードパーソンだ。現在の実態としては外部のフリー契約に近い」
「当該の契約書を交わした覚えはありませんわ」
「口頭での契約であっても、一定の条件上ならある程度の効力を持つ。それこそ判例が山ほどある」
「何の会話してんの……」
ジーンが口をはさむ。
「外の声、子供みたいな声なんだけど」
「子供だ」
アンブローズは答えた。
「怖い会話する子供だな……」
ジーンが複雑な表情になる。
「会うか? たったいま話題に上がってた人物だが」
ジーンが目を合わせてくる。
「子供の話なんかしたっけ」
「アボット財閥総帥だ」
ジーンが薄青の目を丸くしてこちらを凝視する。
だいぶ間を置いてから尋ねた。
「いくつ」
ドアを指さす。
「八歳だ」
アンブローズは真顔で答えた。
「三十八歳男性では」
「八歳女児では説得力がないから、そういうことにしてるそうだ」
ジーンが、さすがにおどろいた顔でアンブローズを見た。
「八歳女児って、十年後には娘盛りのご婦人じゃないですか」
「おまえ、めずらしい計算するな」
アンブローズは眉をよせた。
インターフォンのモニターには、あいかわらず護衛ヒューマノイドの胸元だけが映っている。
「どうする。会うか?」
「それ選択制? 話のながれ的には、当事者で協力者みたいに思えるけど」
「軍に調査費用を回してくれてるスポンサーだ。だが、接触するには一定のメンタルがいるので選ばせてやる」
アンブローズはいったんリビングに戻った。
テーブルの上に置きっぱなしにしたタバコのソフトケースを手にとると、一本くわえる。
「子供でしょ?」
ジーンもあとについてきてリビングに戻る。
「子供だ」
タバコに唾液で火をつけ、ふたたび玄関口に戻る。
「A・A・アボット三十八歳こと、アリス・A・アボット八歳」
「アリスちゃんか……」
ジーンがつぶやく。
タバコを指ではさんで、アンブローズはドアについた魚眼レンズをのぞいた。
現代の家屋にはもうほとんどついていないものだが、古い建物の多いこの界隈では、いまだ残っている。
目線をずらせば下のほうも見えなくはない。
目線の下に小さな金髪の頭が見えた。
両手にはケーキらしき箱。
箱を見たただけで甘ったるい味を想像して、アンブローズは胸焼けがしそうな気がした。
「……何かこうアン、籠城でもしてんのかなって感じなんだけど」
「フルで呼べ」
「アンブローズ」
ジーンが言い直す。
「ずいぶん口達者ではあるみたいだけど、つまるところ子供でしょ? 追い返すほど脅威なの?」
アンブローズはタバコを強く吸いながら、無言で軽薄そうな女顔を見た。
何も言わないのを解錠の許可と受けとったのか、ジーンがドアノブに手を伸ばす。
「お客さまがいらしているようですけど、こちらはいっこうにかまいませんことよ」
アリスがドアの向こうから告げる。
「うっわ。屋内の居場所まで特定されてる?」
ジーンが手を引っこめた。
「合成開口レーダーで見てるとさっきキンキン声で言ってたろうが」
「それで開けてもいいの?」
ジーンが尋ねる。
アンブローズは無言で応じた。
「このドア、指紋とか遺伝子の認証は?」
ジーンが上体をかがめてドアノブのサムターンをのぞきこむ。
「このあたりの住居にそんなのないぞ。超旧式のアナログ鍵だ」
「よくそんな設備のところに住めるね……」
ジーンは顔をしかめた。
慣れない手つきで旧式の鍵を外すと、ドアを開ける。
ドアの外をまっすぐ見て、困惑してから下のほうを見た。
金髪の巻き毛が視界のかなり下を歩いていったと気づいたようだ。
勝手知ったるふうで屋内に入ってきたアリスのアンティーク風のドレスワンピースと、きれいな巻き毛をジーンが目で追う。
美形の護衛ヒューマノイドが、高級レストランのボーイのように折り目正しいしぐさでこちらにあいさつした。
「え……と?」
ジーンが当惑した様子でアリスのうしろ姿を見つめる。
アリスがゆっくりとふりむいた。
「会話の内容から察するに、軍関係のかたですわね。応援のかたかしら」
「……フランス人形がしゃべった」
ジーンはふたたび怯えた表情で後ずさりした。




