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FACELESS フェイスレス 〜身元特定不可能の殺人犯、顔不確定のヒューマノイド、年齢偽装の令嬢、スパイのバディ~  作者: 路明(ロア)
05 蘇生法を行うな

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Do Not Resuscitation2 蘇生法を行うな2


「ちょっと待った」


 ジーンは右手を挙げる。

「コーヒー、お代わりいい?」

 アンブローズは眉をよせた。無言でキッチンのほうに(あご)をしゃくる。

「すみませんね」

 ジーンがカップを手にイスから立ち上がる。

 すでに勝手知ったる感じでつかつかと遠慮なく台所に向かった。

 室温を感知して自動的に保温を調整するコーヒーメーカーから合成コーヒーがそそがれる音がする。

 独特の微妙に何かが足りない感じの香りがした。


「アンは? 飲まないのー?」


 ジーンがキッチンから声を張り上げる。

 一気に所帯じみたというか。人と組むとこうなのか。

 いままで単独行動が多かったから分からんなとアンブローズは軽く眉をよせた。

「飲む」

 そうみじかく返事をする。

「つか呼び捨てでいいからフルで呼べ」

「アンブローズ」

「何だ」

「料理とか、やっぱしないほう?」

 ジーンが、カップを両手に持ちこちらに戻る。


「キッチン、調味料しかないんだけど」

「いまどき、きっちりやる人間のほうがめずらしいだろ」


 ナイフ程度ならともかく、料理用の包丁も置いてない世帯も多い。

「ドロシーちゃんに作ってもらってたとかは」

「ない」

「俺、作りに来てやろうか。ジャガイモ蒸したやつなら作れるよ」

「そのくらいなら俺でも作れる」

 准将もずいぶんなれなれしいのをよこしてくれたなと思う。


「いいからコーヒー淹れたら座れ。つづき話すぞ」

「ああ、はい」

 ジーンが、コーヒーをズズッと音を立てて口にしながら腰かける。



「クイーン・ゲートのまえは、政治の中枢機関が集中してる」



 前置きもなくアンブローズは話のつづきをはじめた。

「そだね」

 ジーンがコーヒーを口にしながら返す。



「特別警察は顔をすげかえて通行中の一般人を装い、そこでテロを起こそうとした」



 アンブローズはタバコの灰を灰皿に落とした。


「ドロシーはそれを阻止しようとした。それが大量射殺の真相だ」


 ジーンがコーヒーカップを口に運んだ格好で固まる。

「えっ」

 ゆっくりとカップを置いた。


「特別警察が何で」

「目的は国体護持のさまたげとなる個人および団体の一斉処理」


「は?」

 ジーンが目を丸くする。

「あそこにそんな人らが?」


「国体護持のさまたげとなると判断された対象は、与野党の国会議員、軍の関係者、経済界の重要人物。それらをすべて排除しようとしていた」


「……意味分かんないんだけど」

 ジーンが立てた金髪をかき上げる。

 細いカチューシャがずれ、両手で直した。



「特別警察の基準では、国の中枢にたずさわる人間すべてが国体護持のさまたげとなる個人、団体という認識になっていたということだ」



「……不具合じゃない?」

「不具合だ」


 アンブローズはコーヒーを口にした。


「製作したアボット財閥にとっては半端ない不祥事だ。――特別警察のヒューマノイドの人工脳にマルウェアを送付し、徐々に不具合を起こすよう仕向けたのは、おそらくはネオ・イースト・インディア・カンパニーことNEIC」

「確証はどのていど」


「NEICの機密用の回線に、マルウェアを送付した痕跡があった。まだそこまでだが」


「ああ……」

 ジーンが宙を見上げる。

「俺が応援に指名された理由がやっと分かった。NEICがめっちゃ絡んでるからか」

 天井を見上げ息をつく。


「しかし何でそんなこと」

 ジーンが問う。


「あー分かった。特別警察ヒューマノイドもNEIC製に入れかえたいってことか」

「まあ、俺も当初はそんなとこだろうと思ってたんだが」

 アンブローズはタバコの灰を落とした。

 ジーンがコーヒーカップをかたむけ、軽くゆらす。

 また底のほうに砂糖がたまっているのを想像して、アンブローズは顔をしかめた。



「ライバル企業の市場を奪いたいってだけで、テロまで仕掛けるかな」

「それだな」



 アンブローズはコーヒーを口にした。

「事件の直後にアボット財閥が駆けつけて “死傷者” こと自社のヒューマノイドを回収したわけか」

「財閥の緊急処理班が出動した。ほとんど私設軍隊みたいなチームだ」

 アンブローズは指先で軽く口をぬぐった。


「俺が連絡した」

「よく連絡後に速攻で動いたね。民間とはいえ」


「トップに直通で知らせた」


 アンブローズはそう説明した。

「早い話がアボット財閥製造のヒューマノイドの一斉不具合だ。だが技術者チームではなく、緊急処理班のほうにしろと言った」


「アボット財閥の総帥、知り合いなの?」


 ずず、と音を立ててジーンがコーヒーを飲む。

「当時は跡を継いだばかりだったが」


「A・A・アボット、三十八歳。男性。公にはいっさい姿をださない、肉声すらでてこない謎の人物って聞いてるけど」

「好きな食べものは生クリーム盛り盛りのいちごケーキ、好きな飲みものはヴィラーニ社があつかうオレンジペコー、趣味は古城と美術館めぐり、好きなクラシック曲はラフマニノフのピアノ協奏曲第二番とバッハのパルティータ第二番、好きなファッションはフリルひらひらのアンティーク、苦手なものは虫」

 アンブローズはふたたびコーヒーを口にした。


「……何か女の子みたいだね」

 ジーンが怪訝(けげん)そうに眉をひそめた。





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