Do Not Resuscitation1 蘇生法を行うな1
ジーンと組みはじめて一週間。
「それでさ、アン」
せまいリビング。
NEICの事務勤務後に、友人という体で訪ねてきたジーンがとうとつにそう呼びかけてくる。
「赤毛の女みたいな呼びかたするな」
アンブローズは顔をしかめた。
三日目くらいまではまだ敬語があったが、四日目以降は完全になれなれしいやつになった。
「略称そんなとこかなと思って」
「忘れた」
何だこいつと思う。いちおうこっちが階級は上なんだが。
「人に会話聞かれた場合、“ダドリー大尉” 呼びだと具合が悪いし。かといって “アンブローズ” ってフルだと呼びにくくない?」
いつの間にか完全にタメ口になってるなとアンブローズは思った。
組んで仕事をするなら、このほうがいいのかもしれんが。
「あんまりない名前だから俺も略称なんだったかって思ってさ」
ジーンが右耳のあたりに手をあてる。
検索しているのか。
「……アン、アンバー、ローズ、ロージー」
ジーンがしばらく無言で一点を見つめる。
「女の子みたいなのばっかだな」
「……フルで呼べ」
「んじゃアンブローズ」
ジーンがそう呼ぶ。
「特別警察をさぐってるって言ったっけ。クイーン・ゲートの無差別射殺事件のほうだと上官からは聞いてるけど」
アンブローズはタバコを強めに吸った。
ここ一週間たびたび会って、ほんものの応援だと判断した。
そうとなったら、さっさと要点を説明しておいたほうがいい。
灰皿にタバコを押しつける。
「あれは無差別じゃない。特別警察のヒューマノイドだけを撃った」
ジーンが薄青の目を見開く。
「犯行人の正体は、軍属のドロシー・G・D」
「……ドロシーちゃん、速射の腕すごいな」
「おまえの問題はそこか」
アンブローズは軽く顔をしかめた。
「何のことはない。あの場には、特別警察所属のヒューマノイドしかいなかった」
ジーンが眉をよせる。不可解な表情をした。
「軍の自動小銃だったのは、ほかのものを持ちだすヒマがなかったからだ」
タバコのソフトパックを手にとり、一本とりだしてくわえる。
「俺は応援がくるのを待てと言ったが、現場にいたドロシーは “間に合わない” と言った」
「うん?」
ジーンが妙な合いの手を入れる。
「組んで仕事してたんですか?」
「組んではいない」
アンブローズは答えた。
「知り合い?」
「まあ、知り合いだ」
ジーンが何か言いたそうに軽く眉をひそめる。
「……何だ」
アンブローズそう問うた。
「軍属のって? ドロシーちゃんの階級は?」
「階級はない」
「無階級」
ジーンがコーヒーカップをゆらす。
「軍施設で生まれながらも軍人として不適合だった、もしくは遺伝子の性質の様々な分析と能力から、諜報担当のなかでもとくに隠密の活動をする ”ステルス・オフィサー” として育成された」
「後者だ」
アンブローズは答えた。
「ちなみに無階級である代わりに、必要と判断されたさいには全階級に指示できる権限を持ってる」
「最強のハートの女王さまじゃないですか」
ジーンが目を丸くする。
「素性は公的なデータにはない。生まれてからその後のデータも、すべて軍の最高機密データに移されてる。データを見るなら、通常のセキュリティに加えて三千桁の双子素数を利用した鍵暗号を解析しなきゃ見られない」
タバコの火が、先端でジジと音を立てる。
「量子コンピューターも、まだまだ双子素数は苦手だからな」
アンブローズはタバコの灰をトントンと落とした。
「あれ、同時並列に計算できるとかじゃなかったでしたっけ」
「双子素数はなぜかちょくちょく混乱するらしい」
アンブローズは答えた。
「軍仕様のものはともかく、通常の鍵暗号はいまだむかしながらの素数なんですよねえ」
ジーンがコーヒーカップを回して砂糖を溶かす。
「リーマン予想、十年以上まえに解かれてんのに」
「当時は解いたやつをCIAが拘束して監禁するとかいう都市伝説が一瞬マジになりかけたらしいな」
アンブローズは軽く眉をよせた。
「コストの問題もあるんで、一般のやつはいまのところ桁を増やして対応してるのがけっこう残ってるらしいが」
アンブローズは灰皿に灰を落とした。
「特別警察が射殺事件の犯行者の素性にたどりつけなかったのは、まあ、そういうことだ」
「無階級のステルス・オフィサーなんて都市伝説かと思ってたわ。基本、諜報担当にも隠されてない?」
「機密中の機密の一つだ」
「その機密のドロシーちゃんと、どうやって知り合ったの?」
「クイーン・ゲートの事件の詳細を説明する」
アンブローズは、横を向いてタバコの煙を吐いた。
「話そらした?」
ジーンが眉をよせる。
「報道で流されてた現場映像が、AI加工されたものだって話は一般にも知られてるらしいが」
アンブローズはそう切りだした。
「映像で道路中に流れてた、えらい感じの血液はAIが付け加えたものだ。じっさいはオイルが少々こぼれてたくらいか。――被害者は駆けつけた救急隊員に、みずから “蘇生法を行うな” と言った」
アンブローズは灰皿に灰を落とした。
「だが脈をとるとすでに止まっていたので、救急隊員はその場で固まった」
「……怪談ですか」
「おまえ、オカルト好きだな」
アンブローズは眉をよせた。
「怪談っぽい言い回しするからでしょ」
「かんたんだ。ヒューマノイドだから、脈なんかはじめからない」
アンブローズはタバコを強く吸った。
「数分後には現場付近は封鎖、この一部始終は隠蔽された」
アンブローズはそう説明した。
「特別警察が、救急隊員には口外しないむねを直筆でサインさせ、救急隊員は給料が少々上乗せされた」
「なまなましいな」
ジーンが顔をしかめる。
「封鎖したのは特別警察と軍、隠蔽したのは特別警察とアボット財閥。隠蔽協力、軍とNEIC」
「敵味方入り交じって、どういうことですか」
ジーンが問う。
「隠蔽しなきゃ大いにまずかったのは、特別警察とNEIC。そのままではまずいが、軍に協力すればまずいのは何とかまぬがれるのがアボット財閥、特別警察の調査の必要性を感じ、保安庁に邪魔されたくなかったのが、軍」




