a due バディ
自宅にもどったのは夕方おそい時間帯だった。
日の入りが夜の九時ちかくという時期なのでまだ明るいが、階下よりも上階のほうが張りだしているバランスの悪いコンドミニアムの玄関は薄暗い。
ジーンが革のジャンパーのポケットに手を入れる。上階を見上げると、ぐるりと周囲を見回した。
「地震がきたら全員死にそ」
「めったにないから平気でこんな建物になってんだろ」
アンブローズは答えた。
「違法建築では」
「たぶんな」
言いながらアンブローズは玄関ドアを開けた。
「貧民街みたいになってた時代に、住人があちこち勝手に増築して住んでたらしい」
「ああ……むかしの九龍城砦みたいな感じ?」
玄関から入ってすぐの暗いキッチンをジーンが見回す。
「九龍城砦ほどの規模ではないと思うが」
大きなディスプレイと安物のテーブルとイスだけのせまい部屋にジーンがついてくる。
閉めきっていたカーテンを開けると、部屋にうすく陽光が射した。
「どこで寝てんですか」
ジーンが部屋を見回した。
ロフトがあると思ったのか、天井を見上げる。
「となり」
アンブローズは部屋のはしにあるドアを親指で指した。
「ああ……となりに寝室あるんですか」
「おまえ、どこに住んでんの」
アンブローズは尋ねた。
「NEICの社員寮ですが」
「清楚美人で胸のでかいメアリーは元気か」
「寮のどこにいるんですか、そんなすばらしいご婦人」
アンブローズは、テーブルの上の灰皿を自分のほうに引きよせた。
「やっぱりほんものか」
「は?」
ジーンが顔をゆがませる。
「おまえは? 俺がほんものかどうか確認しなくていいのか」
「ああ……」
ジーンは金髪をかく。
「唾液でタバコつけてたから、少なくともヒューマノイドじゃないだろうなと」
「ああ、そうか」
アンブローズは、タバコをくわえたまま相づちを打った。
「それと休憩時間にトイレ行ってたし、ロッカーの脱いだ私服にほんのり体温残ってたし」
ジーンが宙を見上げながら指を折る。
「……いつから俺のこと知ってた」
軽い嫌悪感を覚えてアンブローズは顔をしかめた。
「何か、自分と似た感じのしぐさが見受けられるバイト工員がいるなあと」
ジーンが、へらっと笑う。
「……あそ」
アンブローズはそう返した。
おたがいに同様のところに気づいてたのか。
同じところで教育を受けて育っているのだ。とうぜんなのかもしれないが。
「まあいい。座れ」
アンブローズは、手前の席に座りつつ向かい側のイスを勧めた。
「ええ」
ジーンが返事をしてイスを引く。
「飲みものとかはいいですよ」
「べつに出す気はない」
アンブローズは眉をよせた。
「人と組んだことないですか」
「あんまりないな」
「いいと言われたら、逆に気を遣って出しません?」
ジーンがニッと笑う。
「面倒くさいな、おまえ」
アンブローズは顔をしかめた。
「そっちのコーヒーメーカーに残ってる。勝手に飲め」
キッチンのほうを顎で指し示す。
「言っとくが外国企業であつかってる高級茶葉なんかないからな」
「どこの彼女と混同してんですか、それ」
ジーンが眉をよせる。きびすを返すとキッチンに向かった。
「洗って置いてあるカップ使え」
アンブローズはキッチンに向かって声を上げた。
「了解」
ややしてからそう聞こえる。
安い合成コーヒーの深みをやや欠いた香りがただよった。
「エスプレッソですか」
ジーンがコーヒーを口にしながらこちらに戻る。
「合成だけどな」
「俺、アメリカンのほうが好きなんで」
ジーンが言う。
「あんなうすいのよく飲むな」
コーヒーをテーブルに置くと、ジーンはキッチンのほうを見た。
「ミルクはありましたけど、砂糖どこです」
アンブローズは表情をゆがめた。
「……入れんのか?」
「入れませんか?」
しばらく目を合わせる。
「たぶん上の収納棚」
アンブローズは答えた。
ジーンがキッチンに戻る。
「ブランド物のものすごくかわいいカップありましたけど、あれ使ったらまずいやつですよね?」
「ブランド物……」
アリスのやつかとアンブローズは思った。
勝手に置いていったのか。
「べつに。洗っときゃいいだろ」
テーブルの上に置いたタバコのソフトパックを自分のほうに引きよせる。指先で一本つまんだ。
「タバコいいか?」
「なんか、ずーっと吸ってますよね」
ジーンが砂糖のスティックを二、三本ほど手にしてこちらに戻る。
「むかしならニコチン中毒と判断されてたところだったんでしょうけど」
「いまのはニコチンはないからな」
「ただのキス好きですか」
タバコを口元に運んだところで、アンブローズは眉をよせた。
タバコをソフトパックに戻す。
「……NEICで何の調査してた」
「ああ……」
ジーンが宙を見上げる。
「情報提供したい気持ちはあるんですが」
「やっぱり話が進まないな」
アンブローズはもういちどタバコをとりだすと、口にくわえた。
発火させ、一息吸う。
「ほれ」
唾液の付着したほうを向けてジーンに渡す。
「んじゃ、どうぞ」
ジーンはコーヒーを半分ほど飲むと、こちらにカップの飲み口を向けた。
ブレインマシンを起動させる。
自身の遺伝子情報と脳波とを解析させて、軍仕様の機能を呼びだす。
各種項目から「遺伝子解析」を選択し、カーソルを固定させた。
薄い特殊フィルターのかかった画面があらわれる。
カメラを使う要領で、唾液と指紋のついた箇所を撮影する。
唾液と指紋が蛍光塗料で塗ったように浮かび上がった画像が表示された。
ほどなくして解析が終了し、ジーン・ウォーターハウスの名と顔写真とともに「軍籍」という項目があらわれた。
軍籍の項目を開く。
自己紹介で言っていたことにウソはないようだ。
備考欄にある「療養中」の表記にカーソルを移動させ、ふたたび遺伝子と脳波を解析させてロックを解除する。
「活動中」という表記に変わった。
この仕掛けのある項目は、参謀部所属のいわゆる諜報担当の遺伝子情報でしか開かない。
「簡易解析、終了しました」
ジーンが告げる。
「確かにアンブローズ・ダドリー大尉。プロフィールに “除隊” はレアだけど、ちゃんと “活動中” に変わりました」
「疑ってたか」
アンブローズは問うた。
「そちらも疑ってたでしょ?」
「あんな出逢いかたしたらな」
ジーンがタバコをこちらに返す。
アンブローズは受けとってくわえた。
「顔を変えられるのは厄介ですね」
「ついでに虹彩と指紋くらいなら、それなりの設備があればヒューマノイドの体にコピーできる」
「違法なんですが」
ジーンがコーヒーカップの持ち手に指をかける。
「その違法が、やつら通じなくなってる」
アンブローズは水蒸気の煙を吐いた。




