Gene Waterhouse4 ジーン・ウォーターハウス4
通路のつきあたりから、静かに地面を踏む音がする。
金髪を立ててカチューシャでとめ、革のジャケットに革のズボンといういでたちの青年があらわれた。
積み上げられた石油系プラスチックの残骸におどろいたようだったが、すぐに倒れたヒューマノイドに目を移した。
「それですか」
アンブローズはうなずいた。
青年が身をかがめてヒューマノイドの顔をのぞきこむ。
「うへぇ。そっくり」
顔をゆがめて軽薄そうな声を上げる。
ヒューマノイドのニセモノは、しぐさも話しかたもだいぶ似せていたが微妙に違うか。
「失礼しました。ダドリー大尉」
青年が顔を上げてそう言い、姿勢を正すと折り目正しく敬礼した。
「陸軍中尉ジーン・ウォーターハウス。ブランシェット准将より応援を要請され参りました」
「ああ」
アンブローズはそう返事をした。
「ブランシェット准将より、伝言をお伝えします」
敬礼したままジーンがつづける。
「 “ブスは言いすぎだ” 」
アンブローズは眉をよせた。
「以上です」
ジーンが敬礼していた手を下ろす。
伝言の内容的に、これはほんものらしいなとアンブローズは思った。
タバコのソフトパックを内ポケットから取りだし、あらためて一本咥える。
「俺の除隊の理由は、准将なんか言ってたか」
「ああ……」
ジーンがポケットに手を入れて宙を見上げる。
あいさつ以外はけっこうぶしつけな性格だなとアンブローズは思った。
「いちおう “命令違反” にしておくと言っていましたが」
「なんか甘いな、あの人」
アンブローズは眉をひそめた。
タバコのソフトパックをジーンに差しだし、軽くふってすすめる。
「ああ……ども」
ジーンが手をのばして一本引き抜いた。
くわえるまえにこちらを見る。
「言っときますが、俺ゲイではないんで」
「いちいち申告しなくていい」
アンブローズは眉をよせた。
「そこだけは。何かニセモノが変なキャラに仕立ててたんで」
「どこから見てた」
アンブローズは横を向いて無味無臭の水蒸気の煙を吐いた。
「はじめから。大尉が俺とそっくりのやつと出ていったんで、うわってなって」
ジーンがタバコを指先で持ち、げらげらと笑いだす。
「ドッペル見ちゃったぁとか思って、びっくり」
アンブローズはなにげにジーンの顔をながめた。
目が合うと、ジーンが薄青の目をわずかに見開く。
「こういうジョークおきらいですか?」
「オカルトはぜんぜん分からん」
「オカルトだってことは分かるんですね」
アンブローズはタバコを指にはさんだ。
「たしか工場の事務所のほうにいたな、おまえ」
「気づいてましたか」
ジーンが口の端を上げる。
「なんとなく」
アンブローズはそう返した。
身形が派手だが、いまどきこの手の服装での事務職勤務はめずらしくもない。
覚えがあったのは、どことなく動きや目線に自分と同じ特徴を感じたからだ。
「NEICに元から潜入してたのか」
「ええ。ですから准将も適任だと思ったんでしょうね」
ジーンが答える。
「そっくりのヒューマノイドをよこされたってことは、その潜入もマークされてたんじゃないか? 大丈夫か?」
「どうなんでしょう。タイミング的に」
ジーンが苦笑する。
「いつからここにいたんだ」
「去年ですね。臨時の採用で、もちろん偽名で」
ジーンがタバコを燻らせる。
ふいにタバコを口から出すと、フィルター部分を見た。
「JPSですか、これ」
「……の、復刻版だ」
アンブローズは答えた。
「バージニアがいちばん好きなんですが」
言いつつ、ふたたび口にくわえる。
「ハッカ入りなんかよく吸えるな」
アンブローズは顔をしかめた。
「ざっと聞きましたが、三年前のあれはNEICが噛んでいるんですか」
ジーンが、タバコの先端の火を灯しながら問う。
アンブローズは「ああ」と返した。
「二十一世紀最後の無差別大量射殺事件、世紀末の何たらとかって、ネットも報道もずいぶん騒いでましたけど」
ジーンがそう口にする。
「現場の画像として出回っていたものがじつは出どころ不明の加工されたもの、死傷者三百余名とされているが、誰も病院には運ばれていない」
ジーンがタバコを口から取りだす。
「まあここまでは、ちょっと検索すると出てくる情報なんで一般人もキャッキャ言って推理合戦してましたけど」
ジーンがタバコを燻らす。
「俺も一般人に混じってキャッキャやってましたけど」
「……やってたのか」
アンブローズは眉をよせた。
「軍内部のうわさではぜんぜん違うこともいろいろ聞きましたけど、そこまでは書きこんでませんよ」
「……やったら軍法会議ものだろう」
アンブローズはあきれて顔をゆがめた。
「そのうわさの部分を今回ブランシェット准将に確認しましたが」
ジーンが声のトーンを落とす。
「出どころ不明の加工画像はNEIC製作のもの、死傷者の回収をしたのは、アボット財閥」
ジーンがこちらを見る。
「ライバル二社が協力して大量射殺事件の証拠隠滅ってのは、マジだったんですか」
「協力はしてない。それぞれの企業のリスクに、それぞれで対処しただけだ」
アンブローズは言った。
「ちなみに俺は、死傷者を回収した先は知らないことになってる。特別警察と接触したときに、すっとぼけて逆に質問した」
「了解です」
ジーンが右手を上げた。




