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2 学生時代の伝手


「ライラ嬢、卒業後、もしよかったら俺の主の屋敷で働かないか」


 あれは学園卒業を目前に迎えたある日の夕暮れのことだ。その日、私は当番で一人教室に残っていた。私に声をかけてきたのは、三年間の学生生活でもあまり関わりがなかった同級生だった。


——聞き間違いでなければ、仕事の勧誘をされたような気がするわ。


 あまりにも唐突だったので、私はまず人違いを疑い、周囲を見回した。教室には私の他に人はいない。それに彼は私の名を呼んだ。間違いなく私に声をかけているようだ。


「お声がけをありがとう、レオン。でも私、結婚するのよ。だから仕事はできないわ」

「えっ、婚約していたのか?」

「最近したの」


 彼——レオンは目を見張って、「それは知らなかった」とつぶやいて何やら考えこんだ。


 バーナードとの婚約が成立してから、そう時間は経っていなかった。友人にさえまだ報告していないし、彼が知らないのは当然だ。

 私はバーナードと結婚したら、彼の家に入る予定だった。子爵家の夫人としてするべきことはたくさんあるだろうし、仕事はできる状況にない。それにしても。


 彼には主がいるのね……。


 レオンが誰かに仕えているとは知らなかった。同じ学び舎で三年を過ごしていた相手なのに、案外何も知らないものだわ、と思った。

 彼は平民の奨学生で、成績は良いが目立たない。ぼさぼさの白銀の髪で顔を隠し、教室の隅っこで彼の友人と二人、いつも静かに授業を受けている。存在感が希薄、という表現が正しいかもしれない。

 一体彼はどの家で働くのだろう。私は純粋に興味があった。


「レオン。あなた、どなたに仕えているの?」

「それは言えない。君が話に乗ってくれたら教えてやったけどね」


 その返答が小気味よくで、私はおかしくなった。

 学園の中では身分は関係ない。でもそれは建前上の話であって、多くの生徒は相手の身分に応じて対応を変えていた。しかしレオンは本当に誰に対しても同じ態度をとる。高位の令息にも、同じ平民にも常にフラットだ。でも不思議とそれに対して咎める者はいなかった。なんとなく、彼ならいいか、という気になるのだ。

 一応私も子爵家の娘なのだ。こんな風に話す平民はいない。おもしろい。


「あら残念。それにしても、なぜ私を誘ってくれたの?」

「きっと君に向いていると思ったから」


 クラスこそ同じだったが、彼とはあまり話したことはなかったし、なぜそんな風に評価してくれたのかは分からない。でも悪い気はしなかった。


 窓から夕陽が指していた。いつも顔がよく見えないレオンを、初めて近くで見た。思ったよりも彼が整った顔をしていることに私は気が付いた。

 勿体ない。彼は髪を切るべきだ。その顔が見えていれば、人気者になれたはず。もっと早く分かっていたら、彼にアドバイスしてあげられたのに。


「あぁ、時間だ。行かないと。マットを待たせてる」


 マットというのは、レオンと同じ奨学生だ。彼らはいつも一緒にいる。

 私と話をするために、わざわざマットを待たせていたらしい。別々で帰ればいいのに。


「あなたたち本当に仲が良いわね」

「幼馴染だからな。時間をくれてありがとうライラ嬢。もし気が変わったら、ここに連絡をくれるか? 君ならいつも歓迎だから」


 そう言って、レオンは紙を取り出すとサラサラと住所を書いてそれを私へ押し付けた。


「レオン」


 こんなものを貰っても、と言う前に彼はさっさと教室を出て行ったのだった。



 手元にはあの時押し付けられた書付がある。

 少し逡巡した後、ダメ元で書いてあった住所へ手紙を書き、メイドに届けて貰った。のんびり構えていたら、数刻後に戻ってきた彼女の手にもう彼からの返事があったので驚いてしまう。なんとその場で返事を持たされたらしい。


 返事には私の意向を喜ぶ言葉と、日時の候補がいくつか並べられ、街のカフェの住所が記載されている。一度ここで話をしよう、とあった。


(レオン、きっと主から信頼されているのね……)


 人の推挙をできるということは、きっとそういうことだ。

 レオンは一体誰に仕えているのだろうか。恐らく高位貴族だ。学園での彼は成績首位の座を守り続けていた。あの成績なら、召し抱えたい貴族は多いだろう。


 私はすぐに彼が挙げた日にちの中で一番早い日を書いて、返事を出した。




 レオンに指定された場所は高級なカフェだった。

 令嬢たちとのお茶会で、美味しいスイーツがあると話題になっていた店だ。開放的なテラスと、軽い食事を楽しめる個室もある。


 店に入り店員に名を告げると、二階の個室に通された。扉を開けるとすぐに目に入る大きな窓からは街が見下ろせるらしい。窓の前には六人掛けのテーブルと椅子があって、銀髪の男が座っていた。見るからに仕立ての良い服を着ているので、もしかするとあの人がレオンの主かもしれない。


(今日は面接だったのかしら)


 一応それなりのワンピースで来て正解だった。

 銀髪の人物の横に男が立っている。マットだ。学園でいつもレオンと一緒にいた彼。二人は就職先まで同じだったらしい。

 マットもレオンと同様、地味なタイプだったが、今は洗練されたスーツに身を包んでいて、学園の頃とはかなり印象が違う。

 入ってきた私に、マットは微笑みかけた。


「ライラ嬢、お久しぶりですね」

「えぇ、久しぶり」


 なぜマットが? レオンはどこにいるのだろう。私は少々混乱しつつも、マットに促されるままに椅子に座る。正面に座る銀髪の男と目が合った。


「……レオン?」

「ふっ。ふふ。驚いたか?」

「えっと……。はい」


 私は思わず敬語になる。おかしそうに笑うレオンは、学園のときの彼とはまるで別人だった。いつもぼさぼさだった銀髪は艶やかになでつけられていて、品が良い。身に纏う空気も何もかも、とても平民には見えない。


「ライラ嬢。手紙をありがとう。働き口を探しているんだよな。是非俺のところに来て欲しい」

「俺の、ところ……、ですか」

「敬語はやめてくれよ。今まで通りでいい」


 一体どういうことだろう。

 彼は平民の奨学生ではなかったのか。ここ最近陞爵した人の中に彼はいなかったはず。ではもともと貴族だった? いや、裕福な商人という線もある。


「実は俺の名前、レオンじゃないんだ。学園に通うときに本名だと都合が悪かったから、偽名を使った。ちなみにこいつも偽名。な、ヘンリー」


 こいつ、と彼が指したのは私がこれまでマットと呼んでいた男だった。マット——いや、ヘンリーは小さく頷いた。


「俺の本当の名はマティアス」


 名を名乗ったと同時に、彼の瞳は茶色から紅玉に変化した。


 私は息を呑む。


 身分を偽り、偽名を使って王立学園に入れる立場。本名はマティアス。何よりも、露わになった紅玉の瞳。

 紅玉の瞳は、竜人の血が濃い王族や公爵家によく現れる特徴である。紅玉の瞳を持つマティアスと言えば、この国にただ一人。


「マティアス殿下……?」


 表舞台へ滅多に現れない、病弱な第二王子マティアスしかいないのだ。



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― 新着の感想 ―
これは名作の予感( ˘ω˘ )
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