表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

18 帰宅



 これから考えなければならないことは山のようにあるが、マティアス様は「ひとまず子爵家に帰ってゆっくりしておいで」と言ってくれた。


「また俺も王城の方で話をつけてから、きちんとディアニー子爵家へ説明するから」

「家族にはどこまで話してもいいのでしょうか」

「そうだな。悪いが、今はほとんど話せないな。第二王子から気に入られて求婚されていることは言ってもいい」


 当然、機密事項であるマティアス様の特殊な力のことや、実際は彼が健康体であること、クランシー伯爵の正体などは話してはいけない。

 ひとまず、マティアス様から求婚を受けていることと、オースティン王子の婚約披露パーティーにパートナーとして出席することは報告するべきだ。


「きっとみんな驚いて大騒ぎです」

「はは。そうだろうな」


 結婚しないと言い張って実家を出たのに、王子との縁談を持ってくるなんて誰も予想できないだろう。


「マティアス様。私もあの薬、飲みたいです」


 マティアス様はきっと、これから毎日あの薬を飲むのだろう。私がまだ見ぬ番の存在に怯えているからだ。私にも番が現れないとは限らない。マティアス様の手を取ると決めた以上、私も飲みたい。


「……うん。分かった」


 マティアス様は頷いてくれた。


「ライラ。また、帰ってきたら一緒に街を歩いたり、そういうこともしたい」

「はい、ぜひ」


 マティアス様と屋敷の外を二人で出かけたことはない。きっとマティアス様は髪の色を変え、気軽に歩くのだろう。そんな風に二人で街を歩くところを想像し、にわかに胸が騒がしくなった。これだけ二人きりで過ごしているのに、不思議なものだ。





 数か月ぶりの実家は、あまり変わっていなかった。

 実家には両親と兄のアレス、兄の妻ナタリー、甥のセシリオが住んでいる。久々に帰った私を出迎えてくれたのは兄とその妻のナタリーだった。セシリオはお昼寝中だという。最後に会ったときはほとんど目立たなかったナタリーのお腹は、今は一目で妊婦だと分かるほど大きくなっていた。

 お互いにあいさつを済ませると、ナタリーがわくわくとした表情で問いかけた。


「ライラ。マーガレットの最新刊は読んだ?」

「もちろん読んだわ!」


 私とナタリーは趣味仲間である。早速語り合う私達を、兄は複雑そうに眺めていた。


「そういえば義姉様。マリアンナ殿下がお持ちの初版本では、マーガレットのラストの台詞が少し違ったのよ」

「えぇっ、そうなの、読んでみたいわ……! 殿下は貴重な初版本をお持ちなのね。しかも見せていただけるなんて羨ましい。ライラはとても仲がいいのね」

「えぇ。気さくな方だから……」


 前回のお茶会で突然王妃が乱入したことで、マリアンナ王女は何度も私に詫びてくれた。王女とは今も手紙のやり取りをしているが、あんなことがあったので、きっともう彼女は私を招待しないだろう。王女自身も縁談が進んでいて、これから慌ただしくなるだろうし。


「マリアンナ殿下のお相手は隣国の王子らしいわね」

「もう噂になっているの?」

「えぇ。華やかで親しみのある方だから、わが国の姫でなくなると思うと寂しいわね」

「そうね」

「王太子殿下も婚約が決まったし、わが国もおめでたいことが続くわ」


 オースティン王子の婚約といえば。

 はたと気付く。ナタリーとのお喋りに夢中で、まだマティアス様のことを家族には打ち明けられていなかった。今回はそれを伝えるために帰ってきたのだ。まずマティアス様から渡された書簡を父に渡さなければ。


「お兄様、今日お父様はいらっしゃる?」

「あぁ、今は出ている。もうすぐに帰ってこられると思うが」


 兄は懐中時計で時間を確認した。兄もまだ執務が残っているというので、一緒に執務室で父を待つことになった。

 執務室へ向かおうと立ち上がると、ナタリーがそうだわ、と声をあげた。


「ライラ。あなたがいる間にまた三人でお茶会をしようとイリーナを誘っているの」

「いいわね!」


 イリーナはナタリーの友人で、趣味仲間である。以前は三人でよくお茶会をしていたが、ナタリーが二人目を妊娠してからはずっと会っていなかった。数日間の滞在の間にまたお茶会ができるのなら嬉しい。彼女と会えるのも楽しみだ。



 子爵家の執務室は父と兄が二人で使っている。マティアス様の執務室とは違って沢山の本と書類が置かれ、雑然とした雰囲気だ。

 せっかくだからと私はメイドからポットを借りて兄に紅茶を淹れた。それを執務に戻った兄に出す。紅茶を淹れるのはヘンリーに鍛えられすっかり得意になっていた。


「美味いな。ありがとう。ちゃんとお前も侍女をやっているんだな。それにまさかマリアンナ殿下と懇意になるとは思わなかった」

「それは私も予想外でした」


 机の上に積まれた書類に目を通しながら、兄はカップを置いた。


「クランシー伯爵はどういうお方なんだ」

「優しい方ですよ」

「そうか。また伯爵にご挨拶ができればいいのだが……」


 兄の願いは近いうちに叶うだろう。きっとクランシー伯爵ではなくマティアス王子とのご挨拶になるだろうけれど。

 そのとき執務室の扉が開き、父が入って来た。外から帰って来たらしい。椅子で座る私と目が合うと、驚いた表情になった。


「お父様、お久しぶりです。帰ってまいりました」

「あぁ、元気そうだな。悪いが今から書かねばならん書類がある。ライラは執務室から出なさい。話は夕食の席で聞こう」

「どうしてもすぐにお父様にご報告せねばならないことがありまして……」


 訝し気に眉を寄せると、父は「一体なんだ」と言った。

 私はマティアス様が書いた書簡を取り出し、父に手渡した。父は書簡にある王家の紋に目を見開いて、焦った様子で封を開けた。

 中身を読んでいくにつれ、父の手は震え、額からだらだらと汗をかきはじめた。そんな珍しい様子の父を見て、兄は私に「お前は何をやらかしたんだ」とでも言いたげな目線を向けている。


 読み終えた父は、フゥーと細く長い息を吐いた後、片手で顔を覆い、そのまましばらく沈黙してしまった。兄が恐る恐る父へ問いかけた。


「父上、一体なにが」

「マリアンナ殿下がライラと懇意にしてくださっているらしいことは聞いていたが……マティアス殿下が……」

「マティアス殿下?」


 予想外の名が出たからか、兄が思わずといった風に口を挟んだ。父はそんな兄を睨むように見ると、ため息をつく。


「マティアス殿下が、ライラを……見初めたそうだ」

「は、はぁ!?」


 ガタンと大きな音を立てて兄が立ち上がった。そしてあんぐりと口を開け、私を見る。しばらく部屋に沈黙が落ちる。たっぷりと時間が空いた後、沈黙を破ったのはやっぱり兄だった。


「いや…………、なんで?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お兄ちゃんwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ