13 二度目のお茶会
マリアンナ王女との約束の日、またドレスを着て王宮へ行くと、今日は王女宮へ案内された。
宮の扉の前には満面の笑みの王女が待っていてくれた。簡単な挨拶を交わすと、ここまで案内してくれた侍女に下がるようにと言った。
「今日のこと、とっても楽しみにしていたわ」
「私も、です」
王女は前回のお茶会のときに来ていたドレスより簡素なドレスを着ていた。本当に私のことを友人のように扱ってくれているらしい。そう思うと嬉しくなる。
さっそく案内するわ、と歩き始めた彼女についていき、進んでいくと、壁一面に本が並べられた部屋に着いた。まるで図書室のようだ。私は感嘆の声を上げる。
「凄いですね」
「でしょう。自慢なのよ。さぁ自由に見ていいわ。読みたい本があれば貸してあげる」
「……!」
思わず私が目を輝かせると、王女はにっこりと微笑んだ。
しばらくマリアンナ王女の蔵書を堪能し、今日は彼女のおすすめだというものをいくつか借りることになった。王女の収集した本は貴重なものが多く、私が気になっていても手に入らなかった本がたくさんあった。その度に興奮してしまい、そんな私を見た王女も嬉しそうにしていた。
「そろそろお茶にしましょうか、ライラ。用意しているのよ」
「ありがとうございます」
知らない間に結構な時間が経っていたらしい。庭園に用意されたテーブルに座り、侍女たちが紅茶を淹れてくれた。テーブルの上にはきれいな菓子が出されている。彼女たちはサーブし終えるとすぐに下がった。
「殿下。本はすぐにお返ししますね」
「いつでもいいのよ。じっくり読んでほしいわ。あなたの感想も聞きたいし」
王女が優しく微笑んだ。その表情がオースティン王子と似ている。
そこで私は、前回のお茶会で王子と王女の言葉に背中を押してもらえたことで、マティアス様に彼の事情を聞けたことを思い出した。
「あの、殿下。実は、マティアス様からお聞きしました。マティアス様のご事情を」
マリアンナ王女は少し目を見開いて、頷いた。
「そうなの。あの子、あなたに自分のことを話したのね。……あなたはわたくし達を軽蔑した?」
「いいえ!」
なぜ彼女を軽蔑することに繋がるのだろう。驚いた私がそう答えると、王女は苦笑した。
「わたくしは何もできなかった。あの子の姉なのに。あの子は何も悪くないのに」
「マリアンナ殿下……」
「マティアスは小さなころから賢くて、とても可愛い顔をしていたわ。あの頃はあの子とお話しして一緒に遊ぶ時間が一番の楽しみだった。お兄様は王太子になるために小さなころからお忙しかったから、マティアスだけがわたくしの癒しだったの」
マリアンナ王女は目を細めて、懐かしげに語った。マティアス様は八歳まで普通の幼少期を過ごしていたのだから、それまではごく普通に姉弟で仲良く過ごす時間があったようだ。
「母上の決めたことで、マティアスがどれだけ辛い思いをしているか分かっているのに、わたくしは何もできなかった。無力だったわ」
マリアンナ王女は、マティアス様に何もできなかった自分を恥じているのかもしれない。彼女には何の責任もないのに。
そのとき、部屋の隅に下がっていた侍女が失礼しますと声をかけ、慌てた様子で王女に耳打ちした。
「……」
王女の表情ががらりと変わる。口早に侍女に何かを指示し、にわかに慌ただしい雰囲気になった。侍女たちが焦った様子で何かを用意し始める。
一体なにが……と戸惑っていると、王女が言った。
「ライラ、ごめんなさい。今からあの人が来るらしいわ」
「あの人、ですか?」
「……母上よ」
「王妃陛下が……!?」
あまりのことに、絶句してしまう。王妃陛下がなぜ、今ここに。マリアンナ王女の反応からして、彼女にとっても予想外のことらしい。それならば、私の顔を見に来ると考えるのが普通だ。
マティアス様を“病弱な王子”にした人。元侯爵令嬢で、今は国母で、国王の番。
侍女たちが手際よくテーブルにもう一席準備したと同時に、王妃の来訪を告げる声がする。
王女が立ち上がったので私もそれに倣った。扉の方から人が入ってきた気配がして、私は礼をする。
その女性は金髪を一つに結い上げて、シックなデザインのドレスを着ていた。その顔立ちはマティアス様とよく似ていた。オースティン王子とマリアンナ王女よりも、マティアス様との血縁関係をありありと感じられる。
王妃は優雅に用意された椅子に座ると、楽にしていいわよ、と声をかけた。
「ごきげんよう、マリアンナ」
「ごきげんよう、母上。こちらにお越しになるなら、せめて朝にはお知らせ頂きたいものですが」
「まぁ、マリアンナったら。ずいぶんな口を利くこと」
パチン、と扇を閉じる音が響くとともに、ビリ、とひりついた空気が漂う。
どうやらこの母娘は良好な仲とは言えないようだ。私も親とそう親密な方ではないが、ここまでではない。
「ディアニー子爵令嬢。顔を上げて」
礼をしたままだった私に王妃が声をかけたので、私は顔を上げた。王妃と目が合う。彼女はマティアス様と同じかたちの目をしているのに、そこに宿る温度はまったく違っていた。
「ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます、王妃陛下」
じっくりと値踏みをするような視線を感じ、いやな汗がにじむ。パチン、とまた扇を閉じる音が響いた。
「あなたが、マティアスの侍女ね」
「さようでございます」
「第二王子の次は王女に近付くだなんて。あなた、思ったよりも野心がある子だったのねぇ。子爵家の長男と婚約していたぐらいだから、てっきり身の程を弁えているお嬢さんだと思っていたわ」
一言一言発するたびに届く王妃の圧が凄まじくて、冷や汗が止まらない。やはり当然というべきか、私のことは調査していて、その上で顔を見に来たらしい。
(野心……)
私はけして野心を持ってマティアス様の侍女になったわけではない。そう答えようにも言葉が見つからず、ただ手が震えてしまう。
「期待をしていたら悪いけれど、頑張ってあの子を篭絡しても然程いい思いはできなくてよ」
美しい微笑みを浮かべながら、王妃が言った。
気が付けば、私の喉はカラカラに乾いていた。
きっと今、私は侮辱されたのだと思う。王族に媚を売り、何かを期待する浅ましい人間だと断じられたのだ。
王妃の真意が分からない。もしかすると、わざと煽るような言葉で私がどう反応するかを試されているのかもしれない。
「母上、それ以上はおやめください」
「なんのことかしら」
「ライラを虐めないでくださいませ。“天恵”を持つマティアスが大事にしている子ですわ」
「……マリアンナったら人聞きの悪いことを言うのね。わたくしがいつ彼女を虐めたというの」
王妃は笑顔のまま扇で口元を隠した。
(天恵?)
一体何だろう。初めて聞く単語だ。
それよりも、ここまで王妃から声を掛けられているのに、だんまりという訳にはいかない。私は一つ息を吸い込んで、目線を上げた。紫紺の瞳の王妃と目が合う。王妃は目を細めた。
「陛下。私ごときが、大それた願望は持ち合わせておりません」
「あらそう。ふふ。でも、口では何とでも言えるわ。それにしても、あんな気味の悪い子の傍にいられるなんて物好きな子ね」
「……」
「あぁ……、そうか。あの子の方があなたに執心していたのよね。じゃあもしかして、もう逃げたくなったのかしら?」
「私は、マティアス様から不要と言われるまでは、お傍にいるつもりです」
はっきりと、まっすぐに王妃に向き合って宣言すると、王妃は片眉を上げた。
「そう。臣下として、よくよくオースティンを助けるのですよ」
彼女は見惚れるような美しい笑みを浮かべた。この人は怖い人だ。目線と声音と微笑みで相手を委縮させる。
私は「承知しました」と頭を下げる。気が付けば王妃はいなくなっていた。
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