第9話 ジン
―中年男の視点―
あの坊主、コットンと言ったか。
相当ショックを受けてたな。
だがまあ、こんなことでつぶれるようなタマじゃねえのは確かだ。
絶望よりも怒りの方が大きかったみたいだし、その怒りに我を忘れて突っ走るようなアホでもなさそうだ。
ヘンプから、
『一年間も地下4階から先に進まなかった奴が行くから目をかけてやってくれ。よろしく頼む』
なんてバカみたいな伝言を受け取った時は怒りで破り捨てちまった。
一年間も地下4階から先に進めなかった奴なんて、使えないゴミに決まってるからな。
そんなやつに目をかけてくれだと?
ついにヘンプの頭がおかしくなったと思ったぜ。
だが、こいつは進めなかったんじゃない。
あえて進まなかったんだ|。
普通の囚人なら、経験値の取得による減刑を求めて早く次に行きたがる。
少しでも早く食事や待遇を良くしたくて、焦って下層を目指す。
そして、ダンジョンの魔物狩りを日課をこなすように漫然と過ごし、多少良くなった食事事情に満足し、下層でのレベルの上がり方だけで自分は強くなっていると過信し停滞する。
それは人間の通常の心理だ。
だが、こいつは違う。
一年間も地下4階だけで何をやっていたか。
あそこではゴブリンぐらいしか自分から攻撃を仕掛けてくるやつはいない。
つまり奴は修行僧のようにゴブリンを相手に自分を鍛えていたって事だ。
驚くべきことだ。
一年間も同じことを繰り返し、しかし毎日自ら課題を見つけて改善する。
この監獄で………いや、全世界の人間でもこんなことをできるやつは多くないはずだ。
そして、その成果は出ていると見ていい。
最小限の動きで避け、ギリギリで反撃する技術――まだ、その2,3歩手前のレベルだがセンスは培われている。
もう少し経験を積めばいっぱしの戦士に仲間入りするだろう。
――この監獄は腐りきっている。
経験値を奪い、魔石に変え、それを通貨として支配者たちが贅沢を貪る。
囚人たちは搾取されるだけの道具だ。
「そんなもののために『カシム』は……っ!」
気付けばこの監獄で命を奪われたかつての友を思い、拳を固く握りしめていた。
俺はカシムが死んでしまったあの時から、このクソみたいなダンジョンをぶち壊したいと思っている。
ヘンプも同じ気持ちだ。
あいつはどうにか管理者共に取り入り、囚人ながらヘンプは上層管理者の立場を得た。
内部から情報を獲得するために。
上層の管理者なんて贅沢からほど遠い。
ここ中層の囚人の方が、下手すれば良いものを食っているだろう。
それでもヘンプは自分からその役を買って出た。
そして魔石と経験値の仕組みに辿り着いてくれた。
異様に強すぎる看守たち。
自分たちだけがほぼ無制限に固有武器を強化し、レベルもリセットされないのだから強いはずだ。
だが、今俺たちはその秘密を掴んだ。
ヘンプのもたらした情報が無ければ絶対に逆らうことなどできなかっただろうが、秘密が分かれば対策を取るのは可能だ。
「………」
俺は、立ち去るコットンの背中に声をかけた。
「俺の名前はジンだ。またツラ貸せよ」
コットンは立ち止まって振り返り、
「あんまり絡まないでほしいのですが……はぁ、どうやらそれは無理そうですね。まあ、お世話になりますよ」
軽く会釈し再び背を向けて去っていった。
コットンは優秀に見える。
礼儀正しく、言葉の端々に高度な教育を受けたような印象すらある。
戦闘に関しては素人が無理やり強くなろうとしたチグハグ感が見えるが、自己流では仕方ないし、一人でも強くなろうとする姿勢にも好感を持てた。
だがやはり、一年間も同じフロアに居続けて尚、あれだけ自分を失わずにいるという事実に不気味さを俺は拭いきれない。はっきり言って異常だ。
極めつけはダンジョンの事実を知らされた時のあいつの激情の気配だ。
当たり障りのない丁寧すぎるともいえる普段の様子とのギャップには、俺も思わず身構えそうになるほどだった。
危険な香りのするこの男、果たして俺たちの計画に引き入れていいものか――。
「まずはお前の事をもっとお互いの事を知らないとなぁ、コットン?」
俺は、聞こえないはずのコットンの背中に小さく呟いた。
いつも読んでいただきありがとうございます!
PV、ブックマーク、評価など皆さんの応援が励みになっています!