第7話 新たな拠点 地下11階
地下11階に降りると、看守や囚人でごった返していた。
どうやらここは、地下10階までとは違い、囚人たちが長期的に滞在する管理フロアらしい。
俺が世話になったヘンプの旦那やオルケラさんがいたように、ここにも看守たちがいて囚人たちを監視し、統制しているようだった。
「小僧、ここの階は初めてだな!?名前を言え!」
低身長で浅黒い肌の看守。
猫背で、まるで影に潜む獣のような不気味さを漂わせている。
目つきが悪く、高めのダミ声のせいで、俺が一年間狩り続けてきたゴブリンの姿とダブって見える。
だが、ゴブリンとの決定的な違いは、こいつの目の奥にある「狡猾さ」だ。
(……どうもこいつは好きになれそうもないな)
俺は密かにこのゴブリン看守を要注意人物に認定した。
「コットンです。お世話になります」
挨拶をすると、低い身長をさらにかがめて下から舐めまわすように観察してくる。
その仕草でピンときた。
こいつのバックにはもっとややこしい人物がいる、と。
こいつの行動は、イーガンのように弱者をいじめて優越感に浸りたい、というような感情に任せた短絡的なものではない。
何か明確な目的を持って行動しているのが分かる。
それも、相手のミスや落ち度を徹底的に洗い出すような粘着した執念のようなものを感じる。
「ふーん……まあいい。お前の房はここだ。さっさと行け!」
「はい、ありがとうございます」
「そうだ!これまでと同じように毎日ダンジョンに潜るのがお前らの仕事だからな!心してかかれ!では行け!」
こうして俺は駅の改札のようなゲートを通らされる。
その時にこのゴブリン看守をチラッと見た。
何か奥の誰かに目くばせのようなものをしているように見えた。
前よりも神経を使わなければならない場所のようだと気を引き締める。
(…………あれ?駅だって?俺はなんでこんな事を知ってるんだ?)
ふと過ぎった疑問でボーっとしていたのだろう。
ただでさえ囚人たちが多いフロアのため、誰かにぶつかってしまった。
「おいおい、あんちゃんよぉ!よそ見して歩いてんじゃねーぞ、コラァ!」
……しまった。
注意して過ごそうと気を引き締めたはずだったのに、いきなりトラブルに見舞われた。
「すみません、少し考え事をしてしまって……」
「ああん!?口答えするのか、てめえ!」
ガラの悪そうな20代半ばくらいの囚人は、まったくこちらの言う事を聞こうとしない。
どうやら、因縁をふっかけるためにわざと俺にぶつかったようだ。
「いえ………気分を悪くさせて申し訳ございませんでした」
「謝って済む話じゃねえ!ちょっとツラ貸せ!」
「分かりました」
「ちっ……おら、こっちだ!」
素直に謝ったり言う事に従ったりするので、やりにくそうだ。
この手の輩は反論しようとすればするほど、上げ足を取って逃げ道を塞いでくる。
とりあえず言う事を聞いておいて正解だったようだ。
「ここだ!」
「ここは……」
連れてこられた先は、ホールのようになっている広いフロアだった。
何人か体操したり、立てかけてある木剣などで素振りしているのでトレーニングルーム的な場所なのかもしれない。
そして、この後の展開も容易に想像できた。
「おい!みんな出番だ!」
「…………………………」
行動には出さないが、内心でため息をつく。
よくありがちな「新人いびり」をするためだろう。
この男の後ろから数人、そしてホールにいた全員がニヤニヤしながらぞろぞろと寄ってくる。
「お前、上からきたばっかりだな?今からここのしきたりを教えてやるよぉ!やれ、みんな!」
その声で俺は拳を握って身構える。
腰のバスタードソードを使おうとしなかったのは懲罰を食らうかもしれないと思ったからだ。
固有武器を使っていいなら、こんな場所に木剣などの武器を置いている意味が無い。
「てめえやる気か!?生意気なんだよ!」
俺は周囲を見渡した。
総勢15人――これでは囲まれて逃げることもできない。
「どうせ、ただ突っ立ってても殴られるんですよね?」
俺は静かに拳を握る。
「だったら、一発でもやり返した方が納得できます」
「気取ってんじゃねえ!」
囚人の拳が俺の顔面を狙って飛んできた。
俺は頭を傾け、ギリギリで避ける。
だが――すぐに背後からの蹴りが脇腹にめり込んだ。
「ぐっ……!」
次の瞬間には別の囚人が拳を振りかぶってくる。
俺は本能的に腕でガードしつつ、目の前の男の顎に拳を叩き込んだ。
――一瞬、囚人たちの動きが止まる。
「……コイツ、なかなかやるぞ!」
その言葉を合図に、暴力の嵐が襲いかかる。
俺は15人の囚人たちに囲まれながらも、次々と拳を繰り出しながら必死に応戦する。
◆
「……うっ。あ痛っっ!」
気が付くと俺はホールに大の字になっていた。
一瞬ここがどこか分からなかったが、集団リンチを受けて気を失ったのだと思い出した。
「は、はは。さすがにゴブリンよりはみんな強かったな…」
地下4階でゴブリン相手に1年間格闘を訓練したが、全員がそれなりに強かったと思う。
それでも途中まではやり返すことができていた。
2体の変異種ゴブリンを撃破した事で、胆力はついたのだろう。
だが、殴り合いが始まってから少し経った後、突然、囚人たちの間を割るように、一人の中年男が現れた。
「おいおい、新人相手に苦戦してるのは格好悪いぞ」
どこか飄々とした口調だが、視線は鋭い。
囚人たちの視線が一瞬、彼に向かう。
男は俺に近づき、低く囁いた。
「悪いことは言わん。ここはやられておけ」
「……なんでです?」
「新人が最初に大立ち回りをすると、後々面倒が増える。お前が強いかどうかじゃない。
この場は負けておいた方が得だ」
そう言うと、男の拳が俺の腹にめり込んだ。
―ズンッ
肺の空気がすべて吐き出され、俺の意識が遠のく――。
そこからはサンドバック状態だ。
どうにか大怪我にならないようにするのが精いっぱいだった。
「はぁ、先が思いやられるな……」
むっくりと起き上がり、固有武器のバスタードソードを首を回して探すと、遠くに転がっているのが見えた。
痛む体を引きずって剣を拾い上げ、腰に差すとホールの出口に向かう。
「待ちな、坊主」
出口で声をかけられた。
「あなたは…」
俺を一発で動けなくしたボディブローの中年男だった。
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