第2話 変異種との死闘
「よし、ゴブリン58匹目。今日のノルマもあと2匹だな」
俺は額の汗を拭いながら剣を下ろした。
ゴブリン30匹までは格闘術を鍛える。
それ以降は剣技を鍛える。
ずっと続けてきたルーティーンだ。
最初は素手と剣、それぞれの動きに違和感があったが、最近は少しずつリンクしてきた気がする。
無駄な動きが減り、身のこなしが自然になってきた。
もちろん、素手と剣を持ったときの戦い方は別物なので所々でそういうポイントがあるというくらいだが。
この監獄ではレベルは1日に一度リセットされる。だが、鍛えた感覚や学んだ技術だけは奪われない。だからこそ、俺は毎日同じルーティーンを繰り返してきた。
「ステータス」
―――――――――――
コットン 16歳 男
LV:4
力:12
速:13
魔:8
EXP:290Pt
―――――――――――
「ふう。ここでも変化は無し、と」
毎日変わらないステータスの伸び率を休憩がてら確認し、剣筋を確かめながら寄ってきた一匹のゴブリンを狩った。
「そろそろこの階層卒業しようかなぁ…」
地道な訓練は無駄ではないが、これ以上ここでの成長は望めないかもしれない。
そう思った矢先だった。
「ゲッッッッギャアアアアアアアーッ!」
背筋を凍りつかせる咆哮が響いた。
「ッ!?」
恐怖に全身の毛が逆立ち、思わず声のした方向を振り返る。
そこには――――――黒い渦のような空間が蠢き、やがてそこから巨大な足が姿を現した。
「こ、こいつは………!?」
180cm近い自分よりも1m近く大きい体躯。
くすんだ紫色の肌に、手にはノコギリの様な刃こぼれのある大きな曲刀を持っている。
この魔物のことはよく知っている。
「ゴブリン!しかも、変異種か!」
普通のゴブリンは暗い緑色の肌をして、体格も130cm前後と大きくない。
手にする獲物も棍棒と脅威度も低いが、目の前のゴブリンは明らかに別物である。
「ゴォギャアアアアーッ!」
吠える変異種ゴブリンに反射的に剣を構えるが、その迫力に手が震えた。
「ちっ!なんでこんなやつが最下層で出るんだよ!」
大声で悪態をつき、恐怖をごまかし剣を構える。
それと同時にギロチンの刃を思わせる巨大な変異種ゴブリンの剣が迫ってきた。
ブオンッ
振り下ろされる巨大な曲刀。
その迫力に弾かれたように身を投げ出す。
転がりながら大きく後ろに交代することで、変異種ゴブリンの一撃をどうにか回避する。
(速い…!普通のゴブリンの振りとは全然違う!)
冷や汗が背中を伝う。
握りしめた片手剣にじっとりと汗で濡れている。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ………く、来るッ!」
考える時間を与えない、とでも言うように振り下ろされる変異種ゴブリンの剣。
俺は飛び退き、ゴロゴロと転がりながら攻撃を避けた。
(じょ、冗談じゃねぇ!こんな化け物とやってられるかよ!)
身を翻し、変異種ゴブリンに背を向けて一目散に走り出す。
「ハッ、ハッ……くそ!絶対生き延びてやる!」
ここは最下層だ。
入口にさえ到着すればこの危機をやり過ごせる。
ドスドスと追いかけてくる足音。
速さはほぼ互角だが、俺の方が少し早い――間に合う!
見慣れた地下3階への入り口。
目にした希望に余計に焦り、足がもつれそうになるのを必死でこらえた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……やった!逃げ延びてやった………ッ」
……ゴッ!
「ぶべっ!?」
俺は何かにぶつかり、地面に転がった。
見えない壁が俺の行く手を遮っていたのだ。
「なんだよ!?なんなんだよ、これは!」
流れる鼻血にもおかまいなしに見えない壁を叩くが微動だにしない。
「閉じ込められた……?」
絶望に呆然と立ち尽くす俺に、背後から重い足音が近づく。
「グホォッ!?」
次の瞬間、強烈な蹴りを食らい、俺は吹き飛ばされた。
「ガッ、がはぁ…!」
痛みで立ち上がれない。
剣もどこかに転がってしまった。
霞む視界の中で、耳まで裂けた口をニタニタさせながら変異種ゴブリンが近づいてくるのが見えた。
(死ぬのか…?)
目の前には裂けた口で笑う変異種ゴブリン。
奴はゆっくりと曲刀を振りかざす。
―ズガンッ
「……………?」
斬撃音だけが響く。だが、俺には何も当たっていない。
次の一撃もまた、俺をかすりもしなかった。
(躱した……のか?無意識に!?)
よく見ると床には斬撃の跡が二つ。俺はゴブリンの攻撃を本能的に避けていたのだ。
訓練は裏切らない。レベルがリセットされても、体に染み付いた技術は失われない。
(この動き……変異種でも基本は普通のゴブリンと同じだ!)
「おおおおおおおおおっ!」
空気が肺に戻ってきた。
恐怖が薄れ、気力が湧いてきた。
「俺の身体が無意識に回避反応したという事は!この上位種ゴブリンも基本の動きは同じという事だ!それはつまり!」
剣を振りかぶる変異種ゴブリンに、初めて真正面から対峙する。
(分かる!体の軸か、筋肉の動きか、それとも呼吸なのかッ。とにかくこの変異種ゴブリンの動きも、今まで相手してきたゴブリン共と変わらない!)
隙を見て剣を拾い上げて向き直り、迫りくる変異種ゴブリンを睨みつける。
「ゲェェェギャアアアアー!」
狙うは首。
一撃で仕留めるために、右手で剣の柄を持ちその手首に左手を添える。
ブンッ
すさまじい迫力の剣劇を躱し、一気に跳躍する。
「うおおおおおぉッ!」
―――ザンッ
変異種ゴブリンの紫色の首が宙を舞った。
「はぁ、はぁッ!どれだけリセットされても、俺の努力は消えはしない……!)
俺は息を整えながら剣とゴブリンの首を交互に見つめた。
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