第1話 囚人 コットン
新しい物語を書きはじめました!
面白そうと思っていただけたら、ぜひ応援してください!
「コットン! 貴様、まだ地下4階をウロついているのか!? さっさと先に進まんか!」
「でもですね、旦那」
「言い訳は聞かん! どうせまた、『魔物の動きが頭に入ってない』だの何だの訳の分からんことを言うのだろう!?」
「いや~、さすがは旦那ですね。その通りですよ。スライムとビッグラットの動きはもう完璧なんですけどね、ゴブリンがまだ分からなくて」
俺はにやりと笑って指を一本立てる。
「でも、ほら見てください?ノルマは達成してますよ? 300ポイント、ちゃんと稼いでるでしょう」
ここは監獄デスホルン。
自然発生したダンジョンをそのまま監獄として利用した奇妙な場所だ。囚人たちはダンジョンに潜り、魔物を倒してポイントを稼ぎ、それで飯を食う。命を懸けて減刑を目指すのがこの監獄での生活だ。
「やかましい!一年もここにいてまだ地下4階止まりとはどういうことだ!減刑が進まんぞ!」
「いや~、でもですねぇ、旦那。死んだら減刑どころか人生終わりなんで……」
「ゴブリンだけで300Pt稼げる奴はそんなに簡単には死なんわ!この問題児が!」
そこで一瞬、旦那の口元が歪むのを俺は見逃さなかった。
「面倒なことになる前に……」
「ん?今、なんて言いました?」
「っ……ゴホン! 何でもない! さっさと部屋に戻れ!」
俺は肩をすくめてその場を去った。
◆
俺の名前はコットン――らしい。
記憶がないのでそれが本名なのかどうかも分からない。気付いたら手枷をつけられ、この監獄で囚人として登録されていた。
年齢は「身体の状態から」16歳とされた。自分の過去はもちろん、なぜ囚人になったのかも覚えていない。
「おう、コットン。今日も手堅く300Ptか?」
地下3階の貸し出し所で監視員のオルケラさんが声をかけてきた。
「はい、毎日コツコツ。それが長生きの秘訣ですから」
「相変わらず変な奴だな。そんな堅実な生き方するやつが、なんで囚人なんかやってるんだよ?」
「分かりませんね。覚えてないのです」
オルケラさんが少し申し訳なさそうな顔をする。
俺はそれを受け流して、慣れた手つきで貸し出された装備を返却する。
「そ、そうだったな。悪い……」
「気にしてませんよ。ここの生活も悪くないです」
気まずそうにしているオルケラさんに笑いかけ、水晶玉に触れる。
ピピッと音が鳴り、これでポイントが清算された。
「じゃ、シャワー浴びて飯にします。お疲れ様でした」
「お、おうっ。お疲れ、コットン!」
◆
ここの生活も悪くない――――そう――――オルケラさんのように話せる相手がいる限りは、だ。
この監獄の監守たち全員がオルケラさんや旦那のようなわけではない。
例えば地下2階の食堂を仕切る監守のイーガンだ。
「あーあ、今日もお前らノロマな囚人が飯を食う姿を見る羽目かよ。ったく、どいつもこいつもカスみてえなポイントしか稼いでねえんだからよ。お前ら生きてる価値あんのか?」
イーガンは食事を渡すたびに罵声を飛ばしてくる。経験値が少ない最下層の囚人たちをあざ笑うのが日課で生きがいな腐ったやつだ。
「おい、コットン。お前今日も300Ptなのか?一応食事がつく最低ラインは越えているようだが、お前みたいなやる気のないやつには、パンとスープとベーコンなんて食事はもったいないんだよ!」
そう言いながら3枚しかないベーコンを全て床に落とし、足で踏みつけてから再びトレイに戻した。
「……………………」
反論すれば馬乗りされて警棒で滅多打ちに殴られるのがオチだ。その上、食事そのものを取り上げられることだってある。
「……ありがとうございます」
俺たちは黙って受け取るしかないのだ。
「もっと先の階層に行けば豪勢な肉料理だって出る。が、こんなところで燻っているようなお前らには空を飛ぶような話だったなぁ!うあっはっはっはっは!」
(囚人と看守という立場じゃ、泣き寝入りするしかない、か……)
そんなことを思いながらそそくさとその場を離れるが、視界の端でひ弱そうな新人がイーガンに抗議しているのが見えた。
(あー、止めておけばいいのに)
夕食はいつものパン、スープ、ベーコンが3枚。これが毎日の同じメニューだ。今日はイーガンの踏みつけっていうアレンジが加わっているが。
(まったく………今日も俺の食い扶持が減るじゃないか…)
げんなりしながら、齧ろうとしたパンを半分にちぎって懐に入れた。
「……踏まれた物でも、無いよりマシか」
一度は懐に入れたパンを取り出し、ベーコンサンドにしてしまい直す。
「万年初日コットン!今日も4階どまりか!?」
食事を再開しようとすると、どこからか声が聞こえてきた。
囚人たちは俺が次の階層に進むかどうかで賭けをしているらしいが、興味はない。
俺はそちらには見向きもせずに、スープを飲みながら律儀にも答えてやる。
「そうだよ」
「ほらな! 言った通りだろ! ベーコンは俺のだ!」
囚人たちが笑い合うのを横目に、俺は黙々と食事を勧める。
ベーコンを食べる時に、ジャリッと砂を噛んだが構わず飲み込んだ。
ほかの囚人たちはまだ俺の話で盛り上がっている。
娯楽がほとんどないこの監獄では仕方ないのだろう。
食事を終えて牢に戻る前にふと考える。
毎日変わらない日々。
これがいつまで続くのか――。
それでも俺には目標があった。
――死なない。そのために強くなる。
それだけだ。
翌日。
昨日のベーコンサンドは、飯抜きにされたひ弱そうな新人に押し付けるように渡してやった。
「見つかると面倒だから早く食っちゃって」とだけ言って自分の牢に入った。
今日もいつも通り地下4階に向かう。
まずはダンジョンで体をほぐし、準備運動だ。
そのあとようやく魔物を探し出す。
初めは素手の格闘から魔物退治を始める。武器に頼らず、自分の身体を鍛えるためだ。
借り物の剣はあるが、ここは監獄。
いつまでも借りられるとは限らないし、イーガンみたいなバカに理不尽に取り上げられてることだってあり得る話だ。
「さーて、ゴブリンどもよ。俺の訓練に付き合ってくれ」
最初の一匹が棍棒を振り回して突っ込んでくる。俺はギリギリのタイミングでそれを避け、一発ずつ突きを打ち込む。
「ゲギャアアッ!」
相手の動きを観察し、弱点を探る。次第に動きが鈍ったところで剣を抜き、首をめがけた一撃で仕留めた。
――ズバッ。
「ふぅ……」
レベルアップを知らせる音が鳴る。
「ステータス」
―――――――――――
コットン 16歳 男
LV:2
力:5
速:6
魔:4
EXP:10Pt
―――――――――――
俺は画面を見つめ、苦笑する。
「今日も変わらない、か……」
囚人たちのレベルは一日ごとにリセットされる。どれだけ経験を積んでも、その成果は監獄に吸い取られる仕組みだ。
それでも俺は強くなる。毎日、積み重ねる。
――そうしなければ生き残れない。
今日も地下4階にゴブリンの叫び声が響いた。
読んでいただきありがとうございます!
PV、ブックマーク、評価など皆さんの応援が励みになっています!