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09:黒鉄木


「黒鉄木を伐れればラウネは生き返る。そうだろ義父殿」

「手を出す気か?」

「義父殿も見て聞いただろ? 試す価値はあるはずだ」

「確かに見たが、お前は知らんから簡単に言えるんじゃ」


 何の脈絡もなく、黒鉄木なる木の話が始まった。

 だけど、村長さんは明らかに腰が引けている。


「すみません、俺たちにも分かるよう話してください」


 黒鉄木とは読んで字の如く、黒くて鉄のように硬く重い樹木。

 しかし幼木は白く、樹齢一〇〇年を超えた頃から黒く硬くなっていく。

 樹齢二〇〇年以上になれば成木と呼ばれる。


 成木は湿度の影響を受けないため膨張や収縮がなく、紫紺の木目も美しい。

 富裕層にとって、黒鉄木製の家具は一種のステータスになるそうだ。

 硬く重いため長槍の柄には向かないが、短槍や木剣、盾、矢の材料としても高値で取り引きされている。

 ラウネの黒鉄木は遥か昔から有名だが、一本たりとも伐られたことはない。


「どれくらいの値が付くの?」

「成木は樹齢相応の値が付く。木目が二三〇本なら二三〇万じゃ」

「いい値段なのね。群生してるのは何年物?」


 村長さんがジェリドさんに目を向けた。


「大半は五〇〇年くらいだ。とんでもないのも数本あるが」


 ジェリドさんが「とんでもない」と言うのは、親木のこと。

 樹齢一〇〇〇年を優に超えていそうなのが六本あるそうだ。

 五〇〇年物は千本単位で生えている。


 硬いため伐り倒すのも手間と時間がかかる。

 樹齢二〇〇年なら、二年くらい費やして伐るらしい。

 おまけに重いため、伐採地で運べる大きさに切り分ける必要もある。


(百本でも五億になるわね)

(チェーンソーなら早いよな。帰ったら調べてみよ)


「手を出さなかった理由は何?」

「昔から狼の群れが棲みついとる。頭の大狼は千年生きとるという伝説があるくらいじゃ」

「その大狼は魔物?」

「大狼だけが魔物じゃ」

「魔物キタ♪」

「喜ばないでください」

「大狼さえどうにか出来れば伐れるはずだ」

「どうにかしようとしたことがあるんですか?」

「ジェリドが生まれる前の話じゃ。そのせいで村を離れる者が増えた」


 どうにかしようとしたのは、三十年くらい前の人たち。

 銀鉱脈の枯渇が時間の問題と判った時点で、大狼討伐の声が上がった。

 この地域を治める領主も三十名の私兵を送り出したが、村民と合わせて七十名近くが命を落とした。


 狼の群れは三十頭くらいだったが、大狼が強い上に指揮までするためどうにもならない。その頃からラウネ村は農村化し始めたそうだ。


「見てみたい!」

「またそういうこと言う。危なくて見れませんよ」

「見るだけなら出来るぞ」

「そうなの!?」

「えぇ…」


 大狼は森の中にある大岩の上にいつもいるらしく、縄張りに踏み込まず遠目に見るだけなら襲ってくることはないという。


「ひなたくん行こうよ! 百聞は一見に如かず!」

「案内しよう」

「うそん…」

「ジェリド、くれぐれも弁えるんじゃぞ」

「分かっている」


 外へ出ると、真上にあった太陽が少し傾き始めている。

 なぜか取り囲むようについて来る子供たちに苦笑しつつ、エンジンをかけた。


キュルッ ドルンッ! フォン! フォン! ドッドッドッドッ…


「すげー!」

「うるさーい♪」

「うるさくない! かっこいいだろ!」

「目に灯りがついてるよ!」

「もう一回やってよ兄ちゃん!」

「ひなたくん大人気だね(笑)」

「なに言ってるんですか、乗ってください」


 子供たちの相手をしていると、ジェリドさんがどこからか馬を引いて来た。

 サラブレッドとは明らかに違う。体高は低いけど、異様に分厚い。

 北海道の馬を一回り小さくした感じだ。


「馬が怯えている。少し離れて後ろをついて来てくれ」

「分かりました」


 三〇メートルほど距離を置いて向かう先には、鬱蒼とした大森林が見えている。

 地球と同じく太陽が西に沈むなら、大森林は村の南方だ。

 時速十五キロ前後で小一時間走ったところで、森の際に到着した。


「寒くなってきたね」

「これ来てください」


 バックパックから丸めたダウンジャケットを出して渡す。


「いいの?」

「シャツの下にヒートテック着てきたんで大丈夫です」

「用意周到だね。ありがと」

「会社でめちゃくちゃ暑かったですけどね(笑)」

「ここから少し歩く。離れずについて来いよ」


 言ったジェリドさんが、腰裏から長鉈のような形の刃物を抜いた。


「え、魔物が襲ってきたりするんですか?」

「森に棲む魔物は大狼だけだ。森蛇や黒猪が出たら狩って持ち帰る」

「ワイルドぉ♪」


 速水さん、すごーく楽しそう。俺はすごーくドキドキしてる…

 森を歩いていると、小さな水場がちょいちょいある。見てみれば湧き水だ。


「水脈が浅いんですね」

「ラウネ湖も湧水だ。水源はコーネリア大山脈の北側一帯で、夏場には雪解け水が川を作って流れ込むから増水する。獣にとっては楽園だ」

「山を越えた北側はどうなってるの?」

「凍てつく海だ。ラウネはエスタリカ大陸の北西端にある」


ヒュ ドンッ!


「「え゛」」


 木を伝って降りて来たらしい…細いアナコンダ風味な蛇の頭を切断した…

 気づかなかった…余裕で三メートルくらいある…めっちゃウネウネしてる…


「村から西へ三日も行けば海が見える。海岸までは四日だ」

「当たり前のように腰に巻いてる…」

「ワイルドぉ…」

「森蛇は毒もないし美味いぞ。だが、デカいのが出たら死に物狂いで逃げろ」

「デカいというと…?」

「こいつの十倍くらいだな。絞殺された後で丸飲みにされる」

((逃げられる気がしない……))


 二人して半笑いのままビクビクしながら暫く歩いていると、振り向いたジェリドさんが人差し指を水平にして唇に当てた。

 間違いなく「シー」っていう意味だろう。


 欧米風な手招きをされ巨木の影に集まり、ジェリドさんが左側から、速水さんと俺は右側からコソっと覗き見る。


((うわ!?))


 台座のような巨岩の上に、体長五メートルはある大狼が寝そべっている。

 お稲荷さんを彷彿とさせる純白の毛並みだけど、頭からお尻にかけては鬣のような銀毛が生えている。

 巨岩の周囲には、見えるだけでも十八頭の灰色オオカミが寝そべっている。


 途端――。


「ばっ!?」

「ひっ!?」


 ジェリドさんの驚愕と、速水さんの恐怖が伝わってくる。

 こちらへズバッと顔を向けた大狼が、体重を感じさせない跳躍で岩を降りた。

 灰色オオカミたちもスッと立ち上がる。


 そこで大狼が諫めるように睥睨すると、灰色オオカミたちは地に伏せた。

 しかし、大狼はゆっくりとこちらへ歩いて来る…


「逃げろ! 分かれて走れ!」


 必死の形相で言ったジェリドさんが駆け出した。

 言いたいことの意味は分かる。だが速水さんと別れて逃げるなんて有り得ない。

 仕事してくれ神通力!


「えっ!?」


 速水さんの腰を抱いて駆け出し、走りながら背負う。

 刹那に大狼へ目を向けると、大狼も駆け出した。

 たぶん無理だ。一歩の長さも速さも違いすぎる。

 それでも走る! 死んでも走る! 速水さんだけは絶対死なせない!


「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーっ! なっ!?」


 俺の頭上を跳び越え着地した大狼がしなやかに振り向き、蒼銀の目を向けた。


「ひ、ひなたくん…」

「俺が引きつけるから逃げて。お願いします」

「嫌!」


読んで頂きありがとうございます。

本日はここまでですが如何だったでしょうか?

次話は意外な展開に変えようと思い書き直しています。

励みになりますので、お手数ですが評価やブクマをお願いします。

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