08:たった三年、されど三年
持って来たコンロとボンベの進呈を決めた速水さんは、村長さんに色んなことを質問し始めた。
ラウネ村の人口は二五四人で、一世帯の平均は七人と多い。
元々は鉱山開発のために開拓された村だが、鉱脈が枯れて以降はいつの間にか農村になってしまった。
先月行われた巡検も、銀が産出していた頃は半年に一度だった。
しかし後の産業が育たないため、二十年程前からは三年に一度になった。
「鉱夫が耕夫になったのね」
「儂が若い時分は職人も多くおったし、商会もあったんじゃがの」
家の数に対して人口が少ない理由はそれか。
昔は賑わってたんだろうな。
というか、話しがズレていってる気がする。
「村長さん、姉さんと話したいことがあるので、少し待っててもらえますか?」
村長さんの頷きを確認し、速水さんの腕を引いて距離を置く。
「どうしたの?」
「話が脱線していってる気がしたので」
「売れそうだから焦ってる? 初商談だよ? そもそも客先訪問じゃないんだし」
「…ご尤もです。すみませんでした」
「口調とか声のトーンも理由があってやってるから、もう少し私に任せて?」
「はい、お願いします」
たった三年なのにキャリアの差を痛感してしまう。
勉強させてもらおう。
「ねえ村長さん、カエルがいなくなってもこれは買ってくれるのかしら?」
「買わん理由がないわい」
「なぜ?」
毒水を飲んで亡くなったニ人は、石工の親方とその弟子だった。
親方は遅かれ早かれというくらい高齢だったが、若い弟子の死が痛いという。
村の薪窯が全て石窯なので、修繕できる者がいなくなったという理由だ。
「漆喰で埋めるしかないと思うとったからの」
「漆喰? 石窯って簡単に壊れるものなの?」
「三年程で割れが出始めるんじゃ」
村長さん宅の実物を見せてもらうと、自分の馬鹿さ加減に気づいた。
ピザを焼くドーム型の石窯をイメージしていたけど、鍋釜で煮炊きをする窯なんだからドーム型のはずがない。
石窯は石板で立方体を組んだ物で、前面下部の四角い穴から薪をくべる。
鍋や釜は天板に開けられた二つの丸穴に置く。
その天板が熱で割れやすいそうだ。圧縮と引張の熱応力が原因だろう。
天板を厚くすれば耐用年数は延びるものの、重くなるため修繕するにも人手が必要な大仕事になってしまう。厚くしても割れる時は割れると。
「長い目でみれば一世帯に二つ必要かしら?」
「懐事情もあるが、そうなるじゃろうな。先ずは儂が買い上げる」
だから人口と世帯平均数を尋ねたのか。二五四割る七だと…三十六くらい。
人数が少ない家庭もあるだろうから、四十台くらい必要になるかも。
「ゴルドという通貨を見せてもらえる?」
「ラウネで硬貨を遣うのは他所者だけじゃ」
「どういうこと?」
「ジェリド、幾らか持って来てくれ」
ジェリドさんがキッチンから出て行き、小さな革袋を手に戻って来た。
袋の口を開けて手の平に出したのは…
「鉛?」
「銀よね?」
「そうだ。僅かだが銀鉱脈は残っている」
「あぁそういうことですか」
「純度は自家製錬の問題ね。(大きな町なら精錬技術もあるのかな…)」
速水さんが顎先に指を当てて何かを思案し始めた。
「その銀をゴルド硬貨に換金する時の基準は重さよね?」
「錬金術師が純銀にした後の重さだ」
「ひなたくん!」
「はい! 錬金術は興味あります!」
「そうだけどそうじゃなくてー!」
「え?」
どこか呆れた目の速水さんが再び質問を始めた。
「金と銀の価値はどちらが上かしら?」
「ん? 金に決まってるだろ」
「ジェリド、一〇〇年と少し前まで銀の価値は金の倍じゃった」
「そうなのか…」
「今の金銀比価はどれくらい?」
「銀は金の半値じゃ」
「参考になるわ(たぶん金本位制への過渡期で金の算出量が多い…ふふっ)」
どう見ても悪い顔になった速水さんが、ジェリドさんの手から薄い楕円形の銀を選ぶように摘まみ上げた。
「この大きさの純金はゴルドだと幾らくらい? 銀じゃなくて金よ」
「一万程かの」
「(控え目に言って超最高)錬金術師が作った金で代金を払ってくれるなら、一台三万ゴルド分でいいわ。但し、販売は十台単位よ。その代わりに燃料百個を無償でつける、という条件はいかが?」
「真か!?」
「嘘をつくメリットがないわ」
「安いな。薪窯を新調するより安い」
「あらそう。じゃあ、おまけに追加分の燃料代は同等の薪代で構わないわ」
速水さんすげぇ…
地球で金の価格が上がり続けてることくらい俺でも知ってる。
確か一グラムで一万円を超えてたはずだ。
さっき速水さんが摘まんだ銀は、百円玉くらいの大きさだった。
金の比重は知らないけど、少なくとも数グラムはある。
数グラムの金が一万ゴルドなら、三万ゴルドは一〇グラムくらいだろうか?
仮に三万ゴルド分の金が一〇グラムだとして、日本で売れば十万円以上。
それを十台分なら百万円以上…
出処を証明できない金を売れるのかも知らないけど、その辺を速水さんが勘案しないはずがない。
「俄かには信じられん…」
「信じなくても明日には持って来るから。支払いは後日でいいわ」
「……承知した。ジェリド、明日にもイルベスタへ発ってくれるか」
「三十万ゴルド分でいいのか? どうせ要るだけ買い上げるんだろう?」
「そうじゃな…百二十万ゴルド分の金を持ち帰ってくれ」
「分かった。五日程で戻れるだろう」
ほぼ成約させちゃった…色んな意味で惚れ惚れする。
「これで私の出番は終わり。次はひなたくんね」
「俺?」
「カエル」
「あ、カエルでした。ジェリドさん、船に乗せてください」
「何をするんだ?」
「大きな破裂音でカエルが逃げるか試します。こっちまで聞こえると思うので、村の皆さんに驚かないよう言ってもらえます?」
「義父殿、アシドを呼んで走らせてくれ」
「そうじゃな」
速水さんと船に乗り込み、ジェリドさんの操船でカエルの群れに向かう。
時代劇に出て来るような手漕ぎ船だ。オールじゃなくて、何て言うんだっけ。
「そのケース何かと思ってたら釣り竿だったんだ」
「はい、フライロッドです。爆竹を投げて鳴らそうかと思って。近づき過ぎると毒を飛ばしてくるらしいんですよ」
理由はもう一つある。
カエルを陸地に追い出さなきゃいけないから、湖の上でどうやって爆竹を鳴らそうかとかなり悩んだ。
発泡スチロールを使おうと思ったけど、風に流されたら駄目だし、爆竹は結構暴れるから湖に落ちて火が消えるかもしれない。
ふと中華街の祭りを思い出し、クローゼットの奥から釣り竿を引っ張り出した。
「うわぁ気持ち悪い…何を食べればあんなに大きくなるの…」
「冬眠の準備でもしろって感じですよね。ジェリドさん、この辺でいいです。凄い音が鳴るから二人とも耳を塞いでてください」
上手くいってくれるといいんだけど……では、数珠繋ぎ六十連発点火。
空へキャストする感じで!
ヒュヒュヒュッ!
ババンッ! ババババババババババババッバババババババババババババババババッバババババババババババババッバババババババババババンッッ!!!!!
おぉ! 全部鳴る前に落水したけど、カエルが押し合い圧し合いしながら逃げて行く。物凄く必死に見える。そもそもどこから来たんだ?
「すごいすごい! 大成功だよひなたくん!」
「はい、ジャンプ力も大したことないからネットフェンスでいけますね」
「凄まじい音だな…これなら魔物でも逃げそうだ」
船を方向転換させると、湖岸で眺めていた村の皆さんが大喜びしていた。
カエルがこのまま戻って来なきゃ楽でいいんだけど、たぶん戻って来るんだろうな。
「ヒナタ、さっきの破裂するやつは幾らで買える?」
「買うって、カエル以外にも何かいるんですか?」
「只の思いつきだが…いや、詳しい話は戻ってからだ。少し長くなる」
「分かりました」
「魔物かな?♪ 流れ的に魔物だよね?♪」
「喜ぶことじゃないと思うんですけど…(そんな気はするけど)」
船着き場へ戻ると、訝し気な目で遠巻きに俺たちを見ていた皆さんが、いきなりフレンドリーな距離感に変わった。
喜んでもらえて何よりです。少しは信用してくれたかも。
賛辞を浴びて村長さんの家に戻ると、ジェリドさんが神妙な顔で話しを始めた。