04:神通力
お稲荷さんに歩み寄り、胡坐をかいて座った。
大き過ぎて視線が合わないので少し離れてまた座る。
「会いたいと願えば会えるんですか?」
『此度を含め三度なれば』
回数制限あり。
「一回当たりの時間制限はありますか?」
『否』
時間制限なし。
「速水さんは残り三回ですか?」
『否である。我と縁を結びしは村上ひなた、汝のみ。我が加護も汝のみよ』
速水さんは残機も加護もなし。
「毒水のことはご存じですか?」
『然り。されど異界の事象について教示はできぬ』
質問内容に制限あり。
「教えてもらえる範囲を教えてください」
『汝と速水愛琉が身の上についてである』
身の上…よく聞く言葉だけど、正確な意味はなんだっけ。
「身の上の定義は?」
『汝らの境遇ないし運命』
運命…ヤバい、分からない。
「運命の定義は?」
『汝らに訪れる吉兆禍福』
必中の占い的な? 何にしろ、残り二回を無駄遣いしちゃ駄目だ。
「俺と速水さんに授けてくれた神通力の種について教えてください」
『汝に授けしは神足通の種、速水愛琉に授けしは天耳通の種』
「其々を詳しく教えてください」
神足通とは、機に応じて自在に身を現し、思うままに山海を駆け飛び得る通力。
要するに、行きたいところへ行けるし、思いどおりに走って飛べる。
聞く限りだと、身体強化と時空間と重力の魔法みたいな感じ。
天耳通とは、あらゆることを悉く聞き得る通力。
詳しくは、六道衆生と呼ばれる地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天の言語と、全ての音響を聞き取れる。
毒カエルの鳴き声を言葉として理解できそうだ。
但し、どちらも種なので、まだ芽吹いていない。
芽吹かせるには「取り敢えず色々頑張れ」みたいなことを言われた。
「知っておくべき重要なことはありますか?」
『時の流れである。現世と異界に時の繋がりは無い』
「すみません、もう少し詳しくお願いします」
聞いて驚いた。
異界に行っている間、地球の時間は流れていない。
地球にいる間、異界の時間は流れていない。
つまり、異界に十年滞在しても、異界へ行った日時の地球に戻れる。
逆も同じだと。
助かる反面、大きな問題があるのは明白だ。
地球と異界の時間がリンクしていないだけで、俺と速水さんの時間は常に流れている。
例えば、異界に十年滞在して地球へ戻ると、きっちり十年分老けている。
「若返る方法とか…ないですよね」
『肉体においてならば在る、としか言えぬ』
あるんだ!? 話せないということは、若返る方法が存在するのは異界だろう。
難しいに決まってるけど、是非とも探し出したい。
「ありがとうございました。明々後日に油揚げをお供えします」
『愉しみにしておる。コーーーン!』
お社の境内から速水さんに速攻でメッセを送る。
≪今すぐ会いたいです! 会えますか?≫
ピコン
≪え? 告白されちゃう? えー?w≫
速水さんって凛としたイメージだったんだけど…
ピコン
≪今出先なの。一時間後に品川へ来れるならランチしよ?≫
なにそれ最高なんですけど!
≪行きます!≫
ピコン
≪待ち合わせはトライアングルクロックね♥≫
くっ……ハートマークの意味ぃ!?
幼気な童貞の乙女心を弄ばないでくれ!
…はぁ、取り敢えず行こう。
トライアングルクロック近くの柱に凭れ、速水さんを待つ。
目に映る時計の針は、十一時三十分ちょい過ぎをさしている。
会社を出たのが九時頃。
速水さんとお稲荷さんに行って戻って、アパートの往復と買い物と…
コミコミで二時間ちょいだからぴったりだ。
「俺と速水さんの神通力が違うのも問題だよな…」
神足通だからこそ、俺はどれだけでも走れるし疲れないのだろう。
種が芽吹けば飛べちゃうし、転移みたなことも出来そうだ。
でも、天耳通の速水さんはそうじゃない。
石碑とラウネ村を往復するだけで物凄く疲れてしまうはず。特に帰り道。
単なる結果オーライだけど、先進的を前提にプレゼンしといて良かった。
「村上くーん」
アレコレ考えていると、改札を抜けた速水さんが早歩きでやって来る。
これだけで幸せを感じる俺は、早くメンタルクリニックに行った方がいい。
「お疲れ様です速水さん」
「そのTシャツ可愛いね。あっちに行ったと思ってたよ」
あぁそうか、そう思うよな。
俺は三時間くらい時間が戻った感覚なんだし。
「その辺を含めて大事な話があります」
「長くなりそうな雰囲気だね?」
「はい、相談を含めれば話は尽きないと思います」
「んー、午後イチのアポもあるから今は話を聞くだけにして、相談は夜にしよ?」
よ、夜……ど、どこで……って俺はアホか! 死ね童貞!
時間は関係ないから、駅弁でも買ってあっちで話そうと思ってたけど…
そうだな、こっちにいる限り慌てる必要はないんだし。
「分かりました。混み始める時間ですけど、どこで食べます?」
「静かなお店がいいよね?」
「できればその方がいいですけど、近場にありますかね?」
「お姉さんに任せなさい! 行こっ♪」
ううう腕組み!?
ちょっ!? 当たってます! 柔らかい! ヤバい俺死ぬかも!
あっちは肌寒い晩秋、こっちはまだまだ暑い九月中旬。
夏物の上着越しに腕へ伝わる感触は、速水さんが着痩せタイプだと報せてくる。
炎天下の日差しと相まって汗が噴き出す。早くも頭がクラクラしてきた。
そんな俺の心情など知らない速水さんは、十分と経たず足を止めた。
「え……料亭?」
「実はそんなに高くない個室懐石料理屋さん。駅近だから知ってて損はないよ」
確かに。遠方から来社さんれるお客様の大半は、品川駅近辺に宿泊する。
俺のような平社員にとって夜の会食は交際費承認のハードルが高いけど、ランチ会食は承認してもらいやすい。
あ、俺って社史編纂室に異動だった…
「たぶん社史編纂室に異動なので、会食する機会はもうないかなと…」
「大丈夫。本部長と部長にチクっといたから」(キリッ!)
「マジですか!?」
「当然でしょ? デキる村上くんを外すなんて会社にとっては大きな損失だよ」
今頃は内部監査室が調べてるだろうと、速水さんが悪い笑顔で言った。
「ほんとにお手頃価格ですね。こんな立派なお店なのに」
「でしょ? 私も課長に教えてもらったんだけどね。さ、お話ししよっか」
先にラウネ村の状況を話して、次にお稲荷さんから教えてもらった事を話した。
「アンチエイジングできるの!?」
「そこですか? 確かに重要ですけど。うわ、あの値段なのにめっちゃ豪華…」
「目指すぞ美魔女!」
「年とっても美人のままだと思いますけどね。コスパ高いなぁ。どれも美味いや」
「…村上くん?」
「はい」
「…なんでもない。(天然? 本心ってことだよね? やだもぉ♪)」
「そうだ、立派な一戸建てを月額五万くらいで貸してもらえる事になりました」
「えっ? ほんとに?(どんな交渉したの…)」
「はい。現物払いなので、上手いこと考えればもっと安く上がると思います」
夜の待ち合わせは六時半と決め、速水さんは客先へ、俺はアパートへ戻った。