02:プレゼン
石碑に背を向けると、雄大すぎる景色が目に飛び込んできた。
右手側には、湾曲してどこまでも続く大山脈。
左手側には、いつかテレビで観たような極太の巨木が茂る大森林。
正面には、水面をキラキラと光らせる美しい湖。
その湖畔には、スイス辺りの街並みを連想させる家が建ち並んでいる。
町と呼ぶには小さいものの、村と呼ぶには大きい絶妙な規模だ。
「見惚れてしまう景色だけど、異界って言ってたわよね?」
「言ってましたね。加護と神通力の種とも言ってました」
「先ずは冒険者登録が妥当な線ね」
これっぽっちも妥当ではない。けど、速水さんってそういうの読む人なんだ。
俺も学生の頃はよく読んでた。好きだった原作がアニメ化されると録画するし。
「冒険者になんてなりませんからね?」
「えー、折角の異世界なのにつまんなーい」
眩暈がするほど可愛いけど、誰かどうにかして。
「俺の願いは世の中の役に立つことです」
「魔物退治も世の中の役に立つと思う」
異世界=魔物の法則…是非とも遠慮したい。
そして速水さんはストレスチェックを受けた方がいい。
「俺は魔物退治なんて願ってませんよ」
「じゃあ具体的に何するの?」
そう言われると困るけど、見える範囲内にあるのは一つだけ。
「具体的な案はないですけど、あの村しか行く宛てがないでしょ?」
「冒険者ギルドがあるといいね」
狩人魂がハンパない。あ、そういえば…
「速水さん、仕事は大丈夫なんですか?」
「それなんだけど、本当に帰れると思う?」
「帰れます」
「断言しちゃうんだ」
お稲荷さんには俺たちを騙す理由がない。
「試しに戻ってみますか? 俺も一度家に帰りたいので」
「帰って何するの?」
「スーツと革靴であの村まで歩くのちょっと大変かなと。かなり遠いですよ」
「それもそうね」
回れ右をして石碑に体を向け柏手を打つと…
何のイベントもなく小さなお社の前に戻れた。
「村上くん」
「はい」
「私こんなにワクワクするの生まれて初めて!」
「そんなの、俺も同じに決まってます!」
満面の笑顔で頷き合い、この後の予定を相談しながら会社の方へ足を進める。
何とSNSだけでなく電話番号まで教えてくれた…ヤバい嬉しい。
通用口の前で速水さんを見送り、俺はそのまま駅へ。
通い慣れた片道四十分をとても長く感じた。
アパートのドアを開けながらスーツを脱ぎつつ、爺ちゃんに電話する。
「爺ちゃん? ひなただけど」
「こぎゃん時間にどぎゃんした?」
「急に爺ちゃんの油揚げが食べたくなってさ。あと厚揚げも。送ってくれる?」
「はっはっはっ、お安い御用たい。明日ん朝作るやつば送るけん、東京に着くとは明々後日の午前中になるばい」
土曜だからちょうどいいや。
「念のため午前指定にしといて。俺もお菓子か何か送るよ」
「そら婆ちゃんが喜ぶばい」
「ん、じゃあまたね」
「体に気ぃつけて頑張らんば」
「それこっちのセリフだから(笑)」
「そぎゃんたいね(笑)」
あっちは少し肌寒かったからウインドブレーカーを持って行こう。
あとヒートテックと、パンツを三つくらい。
Tシャツとカーゴパンツに着替えてバックパックを背負い、他に何か持って行く物はあるかなと思案する。
「水はコンビニで買うとして、カップラーメン……んや、缶詰がいいか」
異世界物のテンプレだと、そう簡単にはお湯が手に入らない。
これであっちに電気ポットとかあったらツッコミ入れる。
「トレッキングシューズの方がいいか。よし!」
こんな時間に私服で会社へ向かうのは変な感じだと思いつつ、会社の近くにある専門店で抹茶のバウムクーヘンを買う。
前に婆ちゃんが美味しかったって言ってたから喜ぶはず。
ついでに普通のも一つ買って行こう。小さい方でいいや。
「すいません、抹茶の方を九州の熊本市内に送りたいんですけど」
送り状に記入してお金を払い、持って行く方をバックパックに入れてお稲荷さんへ向かいつつ、速水さんにメッセを送った。
「速っ。先に行くなんてズルイって、さっきの相談は何だったのか…」
とか言いつつ、顔がニマニマしてしまう俺は頭がおかしいに違いない。
このままだと、本当に好きになってしまいそうな気がする。
(彼氏いるんだろうな……はぁ、なんか胸の奥が重くなってきた…)
あと七年くらい童貞のままだと魔法使いになってしまうとアホなことを考えながら、お稲荷さんに油揚げは明々後日になりますと報告して柏手を打つ。
「二回目でも感動してしまう。よし行くぞ!」
ウインドブレーカーを着て、ワクワクとドキドキを綯い交ぜに足を動かす。
高台から村を見下ろしているから、一時間は歩くことになるだろう。
速水さんの魔物発言が脳裏を過り、無駄にキョロキョロしながら歩く、歩く。
村は頑丈そうな木柵で囲ってあり、畑は村の敷地内にあるみたい。
いよいよ魔物実在説が信憑性を帯びてくる。
魔物がオオカミでもヤバいことに変わりはない。熊とか最悪だ。
熊といえば小学生の頃、夏休みに家族で爺ちゃん家へ行った時、阿蘇カドリー・ドミニオンに連れて行ってもらった。
昔は阿蘇熊牧場っていう名称だったらしく、たくさんの熊が飼育されていた。
目当てはチンパンジーのパン君だったけど、テレビ番組の撮影でいなかったな。
(なんだか妙に体が軽い…)
お稲荷さん効果だろうと半ば確信して歩いていると、村から男性二人が俺の方へ歩いて来る。道を歩いている訳じゃないから、目当ては俺だろう。
予想どおり、時代錯誤のド真ん中をいく恰好。革鎧ってやつだろう。
風呂に入ってないのか饐えた臭いが漂ってくる。
二人が手に持つ槍にしたって、お世辞にも上等とは言えない。
三メートル程の距離まで近づいたところで、マッシブな方の男性が手の平を俺に向けて口を開いた。
「そこで止まれ」
うわ、耳に届く言葉は未知なのに、意味が解かってしまうファンタジー。
っと、努めてフレンドリーにしなければ。
「初めまして、なんでしょうか?」
「見慣れない恰好をしているが、あんたはどこから来た?」
これも予想どおりだ。速水さんと相談したとおりに答えよう。
「大陸の東の果ての先にある、日本という島国から来ました」
「東の果て…そんな遠方から来てどこへ行く?」
「姉と二人旅の途中なんですけど、暫くあの村に滞在できればありがたいと思っています」
「女の姿なんてないじゃないか!」
痩せてる方は表情も言葉も好戦的…
「落ち着けアシド、武器の一つも持っていないだろ。賊とは思えない」
「兄貴がそういうなら、へい」
「それで、あんたの姉はどこだ?」
「山の洞穴で体を休めてます。俺は村に滞在させてもらえるか尋ねに来ました」
「そういうことか。しかしだな、見てのとおりラウネは小さな村だ。今では宿屋もないが、どれくらい滞在したい?」
宿がないのは予想外だ。
「日数は決めてません。新天地を求めて旅をしているので」
「住み着く気か?」
「もし受け入れてもらえるなら。色々と村の役に立てると思います」
「ほう、例えば?」
ここからが正念場だ。
理屈っぽくならないよう、興味を引き出す方向のプレゼンテーション。
「長く旅をして判ったのは、俺たちの故郷が圧倒的に先進的だということです」
隠し場所は教えられないが大量の物資を運んで来ており、日々の暮らしに有用な物を提供できる。物資以外にも技術を提供できる。
具体的な例を挙げれば、農地の土を肥やす方法や、収穫量を上げる方法。
他にも湖の魚を容易に獲る方法と道具や、狩猟を効率的に行う道具、湖の水を汲み上げる道具、今着ている機能的な衣服などなど。
「あんたは話が上手いな。俺はジェリドだ。村長の家に案内しよう」
よしっ!