5話:実技試験開始と共に
異種族の階位と言うのは、フリークの強さの段階やレア度を指す。
上から順にSS、S、A、B、C、D、E、F、Gと下がっていって、いちばん上がSS、いちばん下がGとなっている。
この階位はそのフリークの強さや貴重さを元に世界規約で決められているもので、言わば一種のステータスみたいなものだ。
それから一般の人々に危機感と安心感を持ってもらうためにつけられたとも言われている。一般人がペットとして飼ったり仕事のパートナーとしていいとされている階位はG~Dまで。C、B、A、S、SSは人に過大な被害を齎すことがある危険生物とされ、政府が一般の人間が飼ったり使役するのを法律で禁じている。
そういう風に目に見えるような危険を示すことで普通の人たちが危機感を持ち、危害が及ばないようにするとかなんとか。
まあ、Bランク以上になると見た目が明らかにアブナイから自分から近付く人もいないと思うけど。
政府はそれを厳しく取り締まっているので学院の訓練施設で飼育されているフリークたちもその法に則っているのかと思いきや、これが違った。
設備の整った軍公認の建物内では、Bランクまでのフリークを飼育することを政府に許可されるらしい。つまるところ、この世界屈指と謳われるプリーゼラ高等学院はその軍のお墨付きとやらを貰っていて、訓練施設で危険と言われているようなフリークを飼っているということだった。
それってめちゃくちゃ危ないんじゃ…。
「……生死に関わる実技のテストってどうよ」
隣で顔を真っ青にしている友人(きっと私も似た様な顔色)にそう聞くと、「あたしたちって《支配者》っていう職業なめてたよね…たぶん」という返事が返ってきた。
うん、確かに…。
彼女の言うことは最もだと思う。
危ない職業だと認識はしていたがまさかルーターを目指しているだけでこんなに危険っぽい目に合うとは思わなかった。
この世界に生まれたのなら誰でも一度は憧れるだろう職業。
とにかくルーターになることは凄いのだとそんなアバウトな夢だけ見て入学した人もいるだろうに、それでも生徒からは誰ひとりとして「《支配者》になるのを諦める」という言葉は聞こえない。
多分、普通の学校に通っている同年代の子より精神的には私たちの方が強いんじゃないかな。だからだと思う。
誰ひとりとして投げ出そうとしないのは。
この1年間でみんな強くなったんだろうな、きっと。
そんな人たちの中に私もいるのだと思うと誇らしい反面、なんだか情けなくなった。
私はそんな立派な人じゃないよ。
ルーターになるの諦めたとは言わないけどね。
「レリア!」
落ち込みモードに入ろうとする私の背中に声がかかる。
振り返ってみると、透明なドームの天井から射し込む日差しに輝いている金髪が見えた。
「アデラ!」
モノクル型のスコープを片手に走ってくる彼女はどうやら次にテストを受けるらしい。
私は頼りになるアデラと同じチームになりたかったが、チーム編成が出席番号順だったので不可能だった。
生徒からは自分たちで好きなように組ませろとブーイングがあったが、好きなもの同士でチーム編成をするとフェアじゃないということで生徒の希望は先ほど却下された。
その方が変な諍いが起こらないと言うのは頷ける。
もし自由にチーム編成していたとしたら私と組んでくれる人なんていなそうだ…。
「ちょっとあんたまた落ち込んでるの?よくそんなに一々落ち込める材料見付けてこれるわね」
「ぐさっ!」
私の目の前まで走ってきたアデラが開口一番にそう言った。
相変わらずひどい!
アデラの言葉が私の心臓に突き刺さる。
ふざけてなにかが胸に刺さった振りをすれば、アデラはバカじゃないのと微笑んでくれた。
よかった、さすがのアデラもテスト直前は緊張してるかなと思ったけれど、そんなもの杞憂だったようだ。
いつものように卑屈になりかけていた私をばっさり切り捨ててから、彼女は不敵に笑う。
「ふっふっふー、見てなさいよレリア。トップで帰ってきちゃうからね!」
制限時間25分以内に帰ってこれたらボーナスポイントが加算されるという話を聞いてから、アデラのテンションは異常だった。
…勝負好きだとは知ってたけどまさかこんなに熱くなるとは思わなかったよ。
ちなみに25分をオーバーしたらペナルティーがあるらしい。
私としては時間ぴったりに帰ってこれたらそれでいいやという心持ちなので、アデラの熱くなる気持ちはイマイチ理解できないが、それでもメラメラと闘志を燃やす彼女を応援しようという気持ちはもちろんあるので、笑って「うん、アデラならできそう」と言ってあげた。
…熱過ぎるアデラに若干頬が引き攣っていたかもしれないけど。
「…それ褒めてるのよね?なんか別の意味も混じってる気がしてそこはかとなく腹が立ったのだけど」
「まっさかあ!」
「……まあいいわ。とにかく他のチームに負けてなるものですか」
自信満々でやる気満々なアデラを見ていると、こちらまで出来てしまうような気になるから不思議だ。
大丈夫、アデラがいるチームなら余裕でいちばんとれるよ。
「そろそろ次のチームの人たちは集まって下さーい」
「お、いよいよですね、アデラさん。頑張ってきて下さいな」
「もっちろん!」
試験管の集合命令に従って元気にスタート地点へ駆けて行くアデラの背に手を振りながら、私は隣の友人に話しかけた。
「こういう厳しい環境で会った友達って一生もんだよね」
「レリアとアデラはそうかもね」
「うへへへ」
「きっもちわる」
「…ぐすん」
出席番号順に5チームごと訓練施設に入って行く試験方法なので、生物学科所属の現1年生、総勢168名が全員受け終わるのはいつになるんだろうか。
アデラは出席順に行くとAなので順番が早かったが、私なんてRだぞ…。
どれだけ待てばいいのかな、こんなんじゃ夜が更けちゃうよね。
早く終わらせてしまいたい気持ちと後回しになって嬉しい気持ちと、それを遥かに上回る緊張に苛まれつつ、友人たちと下らない会話で暇つぶしをしながら自分たちの番を待つ。
…しかし。
「みんな遅いね…」
「…うん。もう25分経つよ」
アデラを含む25人が施設に入って丁度25分が経った。
入って行った5チームのうち、まだ1チームも帰ってきていない。
変だ、他のチームはともかく成績優秀なアデラがいるチームまでこんなに遅いはずがない。
待機所に残った先生たちが生徒に付き添って行った先生に連絡をとっている。
慌てた様子の先生たちにさすがにこれは可笑しいぞ、と生徒の誰もが思い始めた時だった。
「なんだ!?」
「きゃあっ!?」
ずしぃん、と腹の底に響く震動と、硝子が割れる耳を劈くような音が訓練施設の方から聞こえてきた。
瞬時にテストの緊張ではない、別の緊張がみんなの顔に走る。
「なに…?」
爆発、した?
誰かがそう呟く。
なにが起きたのか私を含む生徒や先生たちはまったくわからなくて、その正体を突き止めようと音のがした方に皆一斉に顔を向けた。
見えたのはきらきらと光を反射しながら地に落ちて行く大小様々な大きさの硝子の破片と、ドームの天井にぽっかりと開いた穴から灰色の煙が立ち上っているところだった。
嘘でしょ。
また誰かがそう呟く。
もしかしたらそれは、私の声だったかもしれない。