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4話:実技会場にて

「……わお」


初めて入る訓練施設に思わず感嘆の声が漏れた。

透明なドームの天井を目指すように鬱蒼と生い茂った木々だけを見ると植物園を思わせるこの訓練施設は、危ないイキモノを自然に近い形で飼っている建物のことだ。

細かく説明をすると、《支配者(ルーター)》になるために自然に近い状態で生きている凶暴な異種族の生態を知ることや触れ合うことなどを目的に造られた施設のことで、本来なら3年にならないと出入り許可が下りない危険な場所で、私たちのような下級生が入れるような場所ではない。

今年の実技試験がルーターになるための力を問うというものなので、特別にテスト受験生である私たちは出入りを許可され、今ここにいるという訳なのだが、それってよく考えなくても凄いことなんじゃないんだろうか。

3年になるまで出入り許可が貰えないような場所に、テストだからとは言え出入りができるなんて…。

そんな事実に感動したのはどうやら私だけではないようで、あちこちから「わあ」とか「すごい」とか「嬉しい」などの驚嘆の声が聞こえる。

普通なら入れない場所に今いるのだと考えると、これから実技のテストがあるなんてことは忘れてしまいそうになっているのはどうやら私だけではなかったみたいだった。とゆーか私としてはがっつり忘れてしまいたいところなんだけどな。


「それでは、これから進級テスト実技の部の説明を行います。こちらに集まって下さい」


しかし現実はそう甘くない。

毎年、実技テストに立ち会うことになっている学院長の言葉に現実を突き付けられた私は、素直に動き出した生徒たちの波に乗って指定された場所まで移動する。

学院長が立つ教壇近くまで全員が移動し終えると、いつも厳しい顔の学院長がいつもの3割増くらい厳しい表情で口を開いた。


「いいですか、皆さん。まず始めに忠告しておきます。この建物内はあなた方が思っているより遥かに危険な場所だということを必ず頭の隅に入れ、軽率な行動は慎んで下さい。ここに生息している異種族(フリーク)から我が身を守る術をあなたたちはまだ知らない。自分のためにも、仲間のためにも、落ち着きと冷静さを持って行動して下さい」


物珍しさからきょろきょろと周りを見るのに忙しなかった私を含む生徒たちは、学院長の言葉に皆一斉に緊張した面持ちとなった。

そうだ、初めて入るからといって浮かれてばかりいられない。

3年にならないと出入り許可が下りないという建物の中に、まだ2年にもなっていない私たちが入ることは非常に危ない。

当たり前だ、人の言葉が通じない凶暴な生物を相手に私たちは今から挑もうとしているのだから。

ざわざわと騒がしかった雰囲気は学院長の言葉で嘘のように静かになっていた。

皆が皆、自分たちの軽率な行動を反省しているらしい。

ルーターは戦場などの危ない所に赴くことが少なくない職業なので、いちばんに冷静さと

どんな状況でも揺るがない精神が求められる。

そのルーターを目指しているにも関わらず、冷静さの欠片もなかったと愁傷に反省して大人しくなる生徒たちを見て、学院長は満足そうに頷いていた。

その慈愛に満ちた表情を見て、さすが名門学院のトップ、鶴の一声とはまさにこのことだ。如何なる時も生徒の身を案じ厳しく、それでいて優しさに溢れた言葉と態度で生徒一人一人を正しく安全な道に導く素晴らしいお人で…、などと誰もがそんな感じの感情を抱いたことだろう。

現に学院長を尊敬の眼差しで見詰めている生徒もちらほらいる。

私だってゆとり教育を止めてしまったことをさすがに許すことはできなかったが、まあ許容範囲かな、とまで思ってしまうほどには感銘を受けたのに。


「じゃないとゾウに食べられちゃうゾウ」


…この人はそんな氷点下のようなさっむい親父ギャグで今を時めく若い生徒を爆笑の渦に巻き込めるとでも思ったのだろうか。

強面で有名なあの学院長がにこりともせず発した言葉は、感動しかけていた生徒諸君を固まらせるには十分過ぎる威力だった。

…………言葉がないとはまさにこのことだ。

みんな凍り付いたみたいに動かない。

第一なんであんな真剣で生徒思いなことを言った後にそんな下らないことを言うのか。

空気が読めないだなんてもんじゃないぞ学院長…。

緊張する生徒たちを和ませるために言ったのか、素で言ったのかは定かではないが、ズレた学院長の発言により場の雰囲気が微妙になったのは確かだった。


「それでは、改めてこれから進級テスト実技の部の説明を行います。きちんと聞いていて下さいね」


固まる生徒もなんのその。

学院長はさくさくと話を進めてしまう。


「まず今年の実技は先ほど言ったようにとても危険です。護衛係りの先生方がついてるとしても、テストを受けるのは他でもないあなたたちです。絶対に気を抜いてはいけませんよ。なのでそう言った事情を考慮して、今年はひとりでではなくチームで受けてもらうことにしました。ルールは至って簡単です。この施設内のフリークには階位でポイントがつけられています。そのフリークたちを4~5人で組んだチームで、決められた時間内に協力しながら捕獲してきて下さい。もちろんただ捕獲するのではなく、ルーターらしく、です。心を通わせ自分の意思で操ることができるように。制限時間は25分。捕まえてきたフリークのポイント合計が合格ラインを超していれば実技試験は合格です。合格ラインは120点としましょう。…実技試験の主な説明はこのくらいですね。なにか質問はありますか?」


さらさらー、と流れるように試験の説明を終えてしまった学院長は、未だポカーンとしている生徒たちを見回す。

その様子を少し可笑しいと思ったのか学院長は首を傾げたが、誰も挙手をする生徒がいないので「それでは試験を始めましょうか」と後ろに控えていた先生たちに話かけた。


「え、ちょっ…!」

「はい!質問あります!」

「はいはいはいはーい!」

「階位ごとにつけられたポイントはどのフリークが何点なのか教えてもらえないんでしょうかー!」

「チーム編成はどうするんですか!?」


それを見た生徒たちは大慌てで競うように手を挙げる。

きっとみんなあのギャグが気になってロクに話を聞けなかったんだろうな…。

…私もだけど。

突然嵐の如く騒ぎだした生徒たちに学院長はまた首を傾げた。

その後ろの先生たちは逆に納得したような、安心したような顔をしていて、ああ、先生たちもあのままじゃ今年は留年する子が増えると懸念してたんだろうなあ、と思った。


「制限時間を過ぎてしまったらペナルティーとかあるんですか?」

「特別ポイントの高いフリークはいるんですかー!?」


実技のテストを開始するのには、まだもう少し時間がかかりそうだ。



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