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27話:シトラス

ロヴィーナさんには可愛らしい名前だね、レリアちゃんぽいね、と賛美を頂き、リチャードさんには非常食?とからかわれ、アニタにはヘンな名前!と率直な感想を投げられ、ダンさんにはただひとつ頷かれた、私の相棒の名前は瞬く間にWGSF内に浸透した。

素直に喜ぶべきか、馬鹿にされているのかと悲しむべきか、どうも反応が取り難い中で、取り敢えず私はサクラスに憤るべきだと勝手に思っている。




「シトラス」


目の前にある彼の、名前の由来となった金の瞳をしっかり見詰めて呼び掛けてみる。

竜は大変知能が高く、…というよりむしろ人よりも根本的なところでは能力が高いので、人間の言葉を理解するくらいなら容易いはずだ。なにしろ叡智の結晶である魔術とは本来、異種族(フリーク)のものなのだから。

しかし、今まで野生でいて人の言語にあまり触れていなかったらしいこの子は、出会った当初私の言葉に返す反応が乏しかった。まあ、わからないのだから当然だろう。

それからは毎日、長い時間べらべらとうるさい私と一緒にいた甲斐あってか、今では私なんかよりも人の言葉に対して理解を深めているようにすらみえる。例えば、彼の前でロヴィーナさんが軍事学を手解きしてくれると、私が理解するより早く彼の方がまるでわかったというように首を縦に振るのだ。…なんと悲しい。

とにかく知能は元より、学習能力がずば抜けて高い。するすると知識を吸収していって、なんでもすぐに覚えてくれる。

だからほぼ全域に近い人の言葉を習得したこの子は、最近ではめっきり真新しい言葉を聞く機会がなかったはずだ。


「シトラス」


そうすると、彼にとってこれは、久しぶりに新しく聞く人の言葉になるのだろうか。

考えながら瞳を覗き込む。

その澄み渡った柑橘の大きな目に映り込む私の顔が、自分でも驚くくらいデレデレした表情で、思わずひとり噴き出してしまった。親ばかというか、なんというか。

笑う私を不思議に思ったのか、ぱちくりと瞬きを繰り返して鼻先が近付いてくる。


「これからも宜しくね」


言って、冷たい鼻先に手を置いた。

光る瞳は応えるかのように穏やかな感情に揺れている。


「…シトラス」


この子の名前を口にすることが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。





ライダー見習いである私が日夜すべきことは第一にも第二にも訓練であるが、実はそれ以外にも重要な業務(しごと)がある。…まあ、カッコつけて業務とか言ってしまったけど、真っ平らに言えばただの雑用だ。

二十四時間年中無休、世界を股に掛ける世界政府直下の特殊戦闘部隊はいつだって忙しくいつだって人手不足だ。だからといって一般の企業みたくホイホイ社員やアルバイトを雇うわけにもいかない。なにしろ此処は世界政府直下の機関なのだ。《竜騎士(ドラゴンライダー)》だろうが《支配者(ルーラー)》だろうが受付嬢だろうが雑用係だろうが、彼等は程度の違いはあれど、皆一様に試験、あるいは何かしらの――言い方は悪いかもしれないけど、選別を潜り抜けて此処で働いている。…そこに自分が組み込まれていると思うと、ちょっとぞっとしないでもないが。

とにかく年中無休で慌ただしい世界政府直下の特殊戦闘部隊WGSF、座右の銘は勿論世界平和だが、実は世間には知られていないもう一つのモットーがある。

使えるものは使っとけ、だ。

先輩や他の部署の使いっぱしりになるのも訓練のひとつだと言い包められてはいるが、根本にあるのは多分そんな感情であるに違いない。

だから今日も今日とて訓練の間にとっ捕まった私は、大量の書類を胸に抱えてよろよろと廊下を歩く。…高技術先行時代の真っ最中、なにゆえこんな紙ばかりの資料を使っているのか、何故ホログラムに変換しないのか、とげんなりした顔で私にこれを押し付けた先輩(他の部署だけど)に問えば、結局最後に信用出来るのはこうした原始的なものなのだ、と言われてしまい、そんなことを言われれば反論の余地はなく、大人しく使われるハメになったのだ。今日は軍事学を学ぼうと思ってたのに…。

前方が見えなくなるほど高さのある書類の束を抱えて、擦れ違う人たちと挨拶を交わしながら目的地である資料保管室を目指す。

いくら此処に来てから日夜鍛え上げられてきたとは言え、まだ二ヶ月ばかり、おまけに重量感抜群の書類たちは結構きつい。

こいつら一枚一枚は薄いくせに群れになるとほんと重いな…!

ぜえはあぜえはあと荒い息を吐き出してバランスを保つためによたよたと蛇行しながら、ひたすら縦横無尽に駆け巡る通路を辿って行く。

此処を真っ直ぐ行った突き当たり右に目的地がある、とそこまでの距離に近付いたところで、書類のせいで真っ白な前方から声を掛けられた。


「レリア!」


前は未だ見えないが、声だけでわかる。

なんたって、何度だって聞いて、そのたびに励まされた声だ。

嬉しくなって書類の塔から必死に顔上部だけ覗かせ、声の主を前方に探した。


「二ロバニアさん!」

「元気だったか?」


姿を認識する前に、声と共に視界が開ける。

開けた視界に、埋もれるようにして持っていた書類を半分以上二ロバニアさんが腕に抱えてくれている姿が飛び込んできて、相変わらずだなと笑いかけた。度々忘れそうになるが、このおじさん、本当はたかだかライダー候補生に過ぎない私とは本来接点など持てないようなお偉いさんなのである。

組織に組み込まれてからそれなりに上下関係、縦社会を重んじるようになったので、そんな偉い方に手伝わせるとはこれでいいのかと感じながら、ちゃっかりそれに甘える私は実は意外と図太いんじゃないかと認識を改めつつある今日この頃である。

ありがとうございます、とお礼を口にした私にこともなさげに頷いてから、二ロバニアさんは含みのある口調で首を傾げた。


「どうだ、最近の様子は」

「えへ」

「現金だなあ、お前も」


二ロバニアさんは、口を開くよりも雄弁にうへへとだらけた表情で実情を語る私に苦笑を寄越した。私の今の状況をわかった上での問い掛けだと理解しているからこそ、笑って返すだけに留めたのだけど、それが現金に見えるとは私の評価も随分である。…まあ否定はしないけども。

軽くなった書類を抱え直して、どうやら保管室まで付き合ってくれるらしい二ロバニアさんと足並み揃えて歩き出す。

二ロバニアさんの横顔に、大袈裟なくらいに顔を緩めてみせる。


「ほんとに可愛いんですよ、シトラス」

「そうかそうか、よかったな」

「会います?遊んで行きます?可愛いですよ?」

「変わったな、レリア」

「最近よく言われる台詞ですね」

「俺にか?」

「お母さんにも言われましたよ」


週に一、二度、母親と連絡を取っている。それは私が此処に駐留することになってからずっと行っている恒例であり、その日が丁度昨日だった。

私の現状とか、シトラスの話とか、とにかくとめどない、いつも話すようなことを喋っている中で、先ほど二ロバニアさんに言われたように、お母さんにも突然、変わったね、と。…言われたのだ。

嬉しさ反面、恥ずかしさの方が勝ってしまって、そんなことないと誤魔化すけれど、やはり変わったと誰かしらに言ってもらえるのは幸せだ。それが近しい人とあれば、なおさら。

それはたぶん、小さくとも前に進めているのだと実感出来るからなのだと思う。…周りにそうとでも言ってもらわなければ実感出来ないほどの進歩とも言えるのだろうけど。

苦笑をしつつそう言えば、二ロバニアさんは心配すんなと歯を見せて笑った。


「周りがそう言うなら、そうなんだろう。自分には見えていないことに、周囲の方が先に気付いたなんて話は沢山ある。素直に喜んでおけよ。…で、肝心の騎乗はどうなったんだ?」

「……こ、怖くって」

「は?」

「その…また振り落とされたらと思うと…怖くって。まだ名前付けてから一度も乗ってないんです…」


…一難去ってまた一難。最早自分自身で難を作り上げているとしか思えないほどである。

お前らしい、と呟いた二ロバニアさんに苦笑しか返せなかった。




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