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    なまえ‐弐

「いーから教えろって!」

「しつこいな!いやだって言ってるでしょ!」

「なんで」

「むしろ私が教えるのが普通だと思っている君の理由がなんで?」


撒いたと思ったのに、まだ入隊一ヶ月程度しか経っていない私の脚力など物ともせずすかさず追いすがって来たサクラスは、やはりそこはさすが、認め難いが立派な先輩なのだろう。結構全力で走ったはずなのに気付いたら追い付かれて、また押し問答を繰り返すハメになっていた。

足早に廊下を歩く私の斜め後ろにぴったり張り付いたサクラスが騒ぐ。


「おい!」

「やだむりだめ断固として拒否する!」

「なんでだって理由聞いてるだろーが!」

「…馬鹿にするでしょ」

「ああ?」

「教えたりなんかしたらぜっ…たいサクラス馬鹿にする!笑う!言い触らす!…って確信があるから言わない」


言いながら、最早小学生並みの言い合いだなと自覚する。擦れ違う職員たちが苦笑なり生温かい眼差しなりを私たちに送って来るからだ。…こっちはわりと真剣なんだけどなあ。

私の答えを聞いたサクラスは、思案するように視線を天井へずらした後、頷きながらこう言い放った。


「するな」

「……」

「でも教えろ」

「……なんで?」

「バカにしたいから」


そこからはまた堂々巡り。

あーでもないこーでもないとぎゃあぎゃあ叫んで罵って言い合って…で、やはりと言うか結局と言うか。最後はどちらにせよ、私が折れることになる。

あまりしつこさに辟易して、この蛇然とした粘りを見せる男を振りきるにはもう生贄を差し出すしかないような気がしてきたのだ。…ほんとにしつこい。体力馬鹿め。

ぼそ、と呟いた言葉はやっとうんと頷いた私に勝った気でいる御機嫌なサクラスには聞こえなかったらしい。

はやく、と子供みたいに催促する彼に、無駄だとは知りつつも笑うな馬鹿にするな言い触らすなと念を押して俯き加減に、口を開いた。

覚悟はしていたとはいえ、これは結構恥ずかしいぞ…!


「……シトラス」


小さな言葉で伝えて聞き返される方が恥ずかしいと判断した私は、いま出せる精一杯の最大音量で、渾身の力で捻り出して考えた彼の名前を口にした。

顔が見る見るうちに熱くなるのがわかる。

恥ずかしくて顔を上げられない。でも、サクラスがどんな顔をしているかくらい安易に想像がついた。その想像に違わぬ声が、頭上から返って来る。


「…は?」

「…っ、だからシトラス!」


こうなりゃ自棄だと、林檎みたいに赤く染まっているだろう顔面を上げた。同時にさっきの倍以上の声音で名前を再度叫んでやる。

ぽかんとした表情で、噛み付く私を半ば呆然と見詰めてくるサクラスに、なにか文句あるの!?と更に牽制で吠える…よりも先に、あろうことか奴は私とのWBI(笑うな・馬鹿にするな・言い触らすな)条約を軽々とぶち破って大声で哄笑しだした。

ぎゃあ!まあそうなるだろうと覚悟はしてましたけどね!でもね!もうちょっとなんか、遠慮とかさ!!息も絶え絶えにひいひい引き攣って笑うサクラスを見ていると、とめどない羞恥心が溢れてくる。くそっ、やっぱり教えるんじゃなかった…!


「ぶっ、…あはははははははははは!!ぐ、ぶっ、…あははははははは!おま…っ、お前の相棒は蜜柑か!もしくは芳香剤か!?シ、シトラス、って…ひっ、いひひひひひひ、うわもうさいこ…っ!」

「うううううううるさいなあ!いいじゃんこの子本当に柑橘類好きだし眼の色もちょっと似てるし可愛いし!!」

「シトラスー!!」

「だからうるっさい!」


てゆーか廊下で叫ぶな!相変わらずデリカシーゼロ男め!

深々と後悔した時には既に遅く、サクラスの馬鹿デカイ笑い声と共に私の相棒の名前は一気に外へと流出したのであった。




*****





「決まったんだってな、名前」

「……はい」


身内ばかりのWGSF内部に見事私の相棒の名前は瞬く間に広まって、格好の笑いの種にされはじめてから3日後。会議から帰って来たフレデリックさんに開口一番でそう言われて、私はさめざめと頷いた。

表情筋の固い私のなにが面白かったのか、背後で出撃待ちのリチャードさんが大笑いしている朗らかな声が聞こえてくる。みんなで寄って集って馬鹿にしてえ…と思うが、そこはやはり口には出さないでおいた。

しょぼん、と未だに襲い来る恥ずかしさに身を縮めていると、優雅に足を組んで待機室のソファに腰掛けているフレデリックさんが、事もなさげに私に問いを投げ掛ける。


「なんて名前にした」

「え?」

「名前。どんなだ」

「ど、どんなって…」


先ほども言ったが、身内ばかりのWGSF、みな命と身体を張って国、ひいては世界に奉仕する身のため、職員の結束は固く情も厚い。そんな家族然とした空間の中で、隊長という高い地位に就いているフレデリックさんの耳に、いくら今まで国外での会議に参加していたとは言え、最近の格好の餌食である私の彼の名前が入っていないとは考えづらい。

多分、あえて聞いてきているのだと理解出来るが、…さて、私が嫌がってるのをわかった上での要求なのだろうか。


「えーと…」

「お前が悩んだ末にようやく出した答えなんだろう。俺はお前の口から聞きたい」

「…え」

「周りから聞いたんだがな、随分悩んだそうじゃないか。その上で決めたものなんだろう?俺はお前から直接聞きたい」


恥ずかしさが先行して、出来れば口にはしたくないなあという私の気持ちが伝わったのか、フレデリックさんに先手を打たれた。

しかし…その牽制はずるいと純粋に思う。だってそんなこと言われたら、言うしかないじゃないか。無理ですなんて口が裂けても言えない。…違う意味で恥ずかしくなってきた。

口振りからすると、やはり彼の名前は耳には入ってるんだろうなと思えた。それでも、私から聞きたいと言ってくれるフレデリックさんの気持ちにいざ応えるべく、リチャードさんの引き攣った笑いを背後に、湧き上がる羞恥心を掻き集めた自尊心で押し止めて出来るだけ堂々と口を開いた。


「シトラスです」




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