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22話:見えないものの価値を知れ

背中から転がり落ちるのも通算16回目となればもう玄人だぜ、とでも言いたくなるほど軽やかに彼の背中をごろごろ回転しながら落ちて行く。

そのまま地面にぶつかる前に身体を捻って受け身の体勢を取れば、大した衝撃もなく華麗に背中で着地することが出来た。

我ながら今回は上手い落ち方だった、とポジティブ思考に持って行こうとするのも束の間、すぐにまあ16回も落ちれば当然か、とネガティブ思考にすり替わる。

落ちた時の体勢のまま大の字で寝転がっていると、今回も心配してくれているのか、彼が鼻先でお腹をつついてくる。

くすぐったさに身を捩りながら大丈夫だと言う意味を込めて彼の顔の鱗を丁寧に撫でた。


「ごめんね。…きみだってストレス溜まるよね」


相変わらず背中の鞍には乗れないでいる。

始めて落ちたあの日からもう3日経っているのに、未だに拒否され続けて背中から転がり落ちることを止められない。

それでもやっぱり、嫌われている…わけではないはずだ。

私の贅肉の弾力が気に入ったのか、繰り返しお腹をつついてくる彼を見て考える。

こうやって気を許して甘えてくる仕草も日を追うごとにたくさん見せてくれるようになったし、いくらべたべた触っても怒らない。鞍を身体に括りつけるのも嫌がらないし、おとされる時だって、悪意は感じないというのに。…どうしてか乗せてはくれないのだ。

そのことについて2時間ほど彼と話し合ったのだが(一方的に私がべらべら喋っただけ)、解決策も解答も未だ見付けられていない。


「なにがいけないのかなあ…」


ね?と問い掛けるように首を傾げて彼の瞳を見詰める。

光星と見間違うほど眩い稲穂の瞳は今日も静かに凪いでいて、見ていると何処か安心する。

ちょっと前まではこの眼に自分の姿を映されると緊張で汗だくだったのに、今は逆に心地よいから不思議なものだ。

聞いたはいいものの返答が返って来るのは始めから思っていないので、ただじっと彼の双眸を凝視する。

その瞳が、なにかを訴えるようにゆらりと揺れたのを認識すると同時に、彼は大きな瞼を降ろして目を隠してしまった。次いで長い首をくねらせて頭を擡げる。

なにが言いたかったのかを聞き漏らしてしまった私はそれを尋ねるタイミングを失い、仕方なくなにかあったのかと彼の視線の先を急いで辿れば、ドアの影には見知った人が佇んでいた。


「本当に頑張ってるのね、レリア」

「バーバラさん!どうしたんですか?」


癖のあるたっぷりとしたカルメラ色の髪の毛に口許にある小さなホクロが印象的な美人なおねえさんは彼と戯れていた私を見てひらひらと手を振った。

名前を呼びながら彼女がいる入り口まで走って行くと、先ほど落ちた際についたらしい額の汚れを親指で拭ってくれながらバーバラさんは優雅に笑う。


「情報部の方でなんか話題になってて気になったから来てみたの。お邪魔だったかしら?」

「いえまったく!むしろ嬉しいです。でもその、話題って言うのは…?」

「下らないわよ?」

「でも私のことなんでしょう?聞きたいです」

「毎日のように相棒から落っこちてる女の子がいるらしい、って噂。まあ十中八九レリアだろうなって思ってヴィーナに聞いたらそうだって言うから、見に来たの」


なんだその噂は…。

バーバラさんから聞いた噂がなんだか悲惨で早く乗れるようになろうと決意を固くした。

それよりもそんな噂流したの何処の誰だよ!まあその噂のおかげでバーバラさんがわざわざ様子を見に来てくれたのだから良しとしよう。ナイス、ポジティブ。

…なんて、心の中で一通り思ってから、バーバラさんにじゃあ特別用事はないんですね?と聞いたらそんなことないわ、という返事が返ってきた。

情報部で話題になったから見に来ただけではないのだったか。

じゃあなんですか、と視線で問い返す。

私の声なき質問に、にっこりとバーバラさんは笑った。


「出掛けない?」

「はい?」

「あたし今日久しぶりにお休み貰ったのよ。だからショッピングにでも一緒に行かない?」


缶詰になって騎乗練習をする私に対して気を遣ってくれたのだろうか。

わざわざ私なんかを誘わなくても仲の良い人と一緒に行ってくればいいのに、地下まで降りてきてくれて手を差し出してくれたのだったらとても嬉しい。し、行きたい。

でもまだ数秒もまともに乗れてもないのに、という気持ちがそれを邪魔する。

うーんと少しの間悩んでから、…有り難くはあったけれど丁重にお断りすることにした。

外出しても彼のことが気になってしまうのが目に見えている。


「行きたい…ですけど、でも私まだ騎乗練うっ」


しなきゃいけないからすみません、と言うつもりだったのに、どばちーん!と強烈なデコピンを額に喰らって遮られた。

煙でも上げてるんじゃないかと疑いたくなるくらいひりひり痛んで熱いおでこを押さえてバーバラさんを見上げる。

驚きで固まる私に、彼女はきっぱりとこう言い放った。


「バカね。そんなに根を詰めてやったところでイイことなんてないわ。気分転換だって立派な訓練なのよ?我が儘言って悪いけど、そういうことでちょっと付き合って頂戴。…そうとわかればはい!早く支度しなさい!十分!」

「イエッサー!」


中指と親指で環を作り、もう一度デコピン発射の形を取られてしまえば、私に頷く以外の権限は残されていなかった。




*****




「さあて、と。何処から潰してこうかしらねー」

「バーバラさんが言うと別の迫力がある台詞ですね」

「あら、どういう意味か聞いてもいいかしら?」

「…イエ、深い意味はアリマセン」


急いで着替えてくればすぐにWGSFの建物内から引っ張り出され、気付けば本部近くにあるショッピングモールに到着していた。

恐るべき早業である。

愉しそうにどの店に入ろうかと物色し出すバーバラさんを見ていると、水を得た魚を観察している気分になる。

うーん、恋人のいない大人の女性は買い物が生きがいなのかな?

失礼なことを考える私を置いてどんどんと好きな場所に突き進んで行くバーバラさんを追うべく、石畳を蹴って小走りで進む。

まずは洋服を漁るべきよねー、と手近のショップに入って行く彼女の背中を追い店に入ろうとした…のだが顔中に視線を感じてその場で辺りを見回した。

ぐるりとその場で一周して、満遍なく周囲を見渡してみる。…が、見えるのは家族連れやカップルが和気あいあいとショッピングモールを練り歩く姿だけで、特に不審な人も可笑しな所もなさそうに見える。

なんだただの気にし過ぎか、と再びバーバラさんを追いかけようと踏み出した足は、何処からかにゅっ、と伸びて来た手によって止められてしまった。


「うわっ…と…?」


ズボンの尻ポケットをぐわしっと掴まれ、急な出来事に身体が前のめりになる。

けれどそこはなんとか、この一ヶ月ちょいでそれなりに鍛えた大幹で転ぶことを免れてから、慌てて背後を振り返った。

…視線を感じたのは気のせいじゃなかったんだ、なんてライダー候補にあるまじき呑気なことを考えながら。


「………こ、ども?」


振り返った視線の先…より下を向くと、くるくるとした目の小さな子と目が合った。

こ、こども…とは予想外だ。

周囲を見回した時も自分の目線から下には注意を配らなかったから背の低い子供には気付かなかっただろう。

小さな彼女は私のズボンを片手で掴んだまま、こちらを見詰めてきている。

…よく、状況が掴めない。思わぬ展開にひくりと頬が引き攣った。

見下ろす私と、見上げる子供は互いになにを話すわけでもなく動きを止めてしまっている。

私は困惑しているからともかくとして、この子はなにがしたいのだろうか…。

なにか用があるならば伝えてもらわないとアクションの起こしようがないのに。

そもそもどうしてこの子は私を捕獲しているのだろう?

知り合い…ではない、はずだ。もしかしたら私が知らないだけで彼女は私を知っている可能性はあるが…こちらの前提としては知り合いではない。

とにかくなにか言ってもらわない限りはどうしようも…とそこまで考えたところで、子供に最もありがちなひとつを思い出した。

あ、そうか。それかも!


「迷子?」


である。

変わらずポケットを鷲掴む子供に問えば、彼女は大きな目をぱちぱちと瞬かせた。

お?当りっぽい?

親とはぐれて心細かったところ、近くを通った話しかけ易そうな私をとっ捕まえたと、そういうことなのだろうか。

だとすると、迷子センターみたいな所に連れて行った方がいいのかもしれない。

とりあえず名前を尋ねようと、掴まれていた小さな手をやんわりと外して身体ごと彼女に向き直った時だった。


「やっぱりテレビにうつってたおねーちゃんだ!」

「……は?」


今までうんともすんとも言わなかった彼女が突然大声を上げたものだから吃驚した。というよりも唖然とした、ような気がする。

なにを言ってるのか理解出来なくて、なんだちゃんと年相応に喋れるんじゃん、とかズレた感想を抱いている間に、ヒートアップした彼女は私のことを指差して、背後を振り返って更に大声で叫んだ。


「おかーさーん!わるいリュウをやっつけたおねーちゃんがいるー!」

「…はっ!?」


…おかーさーん、ってああなんだお母さんいるのね迷子じゃないのねよかったねそれじゃあおねーちゃん行くから、ってすぐにその場を離れればよかったのかもしれない。

思い立った時には既に遅し、軍事演習かなんかで使われるような高性能の音声拡声器みたく良く通る子供の声はショッピングモールに木霊した。

彼女は自分から少し離れた場所にいた母親に教えるつもりだったらしいのだが、あれだけ人目も憚らず声を張り上げれば嫌でも耳に入るってもんで、…まあつまりそういうことだ。

徐々にざわつく気配がショッピングモールに大きく広がっていき、ひとりまたひとりと半信半疑の人が近付いて来て、無表情に近いのに頬だけが痙攣する私の顔を見てよくわからないが本人だと確信したらしく…気付いた時にはあっという間にたくさんの人たちに囲まれていた。


「いいい、や、ちょっ、えっ…えええええええええ」


やいのやいのと色々なことを聞かされたり問われたりしながらテーマパークの着ぐるみみたいにべたべたと触られる。

問われることにひとつも返答していなのに、あわあわと泡を吹く私の周りから人が退く気配は微塵もなくて、むしろ騒ぎが騒ぎを呼び大きくなるばかりで。いつまで経っても追いかけて来ない私を心配したバーバラさんが迎えにくるまでずっとそんな調子だった。…らしい。残念ながら途中から記憶が曖昧なので、断言出来ないのだけど。

……ああもう…まったくもってわけがわからない。



「ああ、なんかあの場にいた野次馬が携帯だかであなたが竜と対峙する一部始終を映像に収めてたらしくってね、それが大手の動画サイトに上げられたものだから当然のように話題沸騰中ってことよ。ニュースでも大々的に取り上げられてたわね」

「……しらなかった…」

「でしょうねえ」


泡吹く私を鮮やかな手腕で救いだしてくれたバーバラさんに本部まで連れて来てもらい何故あんな状況になったのかを聞くと、あっさりとそういった答えが返ってきた。

いやほんとに、まったくもって知らない事実だった。

そんなこと考えもしなかったし、もちろん起こっているとも想像してなかった。

唖然とする私にバーバラさんが苦笑する。


「あなたが竜に接触してからすぐ後に候補の可能性があるってわかったものだから、直後に此処に引っ張ってこられたわけだし、おまけにこの一ヶ月間、ずっとWGSFに籠りっぱなしだったものね。知らなくてもしょうがない気はするけど。でもせめて、自室で新聞くらい読みなさいよ」


新星ライダー候補の出現か!?とか書いてあって面白かったわよ、とバーバラさんが丁寧に教えてくれているけど、残念なことにこのところ忙しくってテレビすら付けてない有様であった。…しかも新聞なんかは家でも滅多に読まない代物である。


「で、あの……新星ライダー候補って…」

「首都に侵入した竜を追い払った一般人の女の子が、数日の内に軍に引っ張られたりしたらその可能性しかないって読んだんでしょうね、世間は。ま、半分はもしかしたらメディアのただの話題集め、数字取りってのもあるかもしれないけれど…むしろ事実なんだし、いいんじゃいの?言わせておけば。もっと言えば上からも抑圧掛ってないんだから、つまりそういう意向なんでしょ」

「…新星ライダー候補?」

「そう、新星ライダー候補。…でも今のところは、って言ったら気を悪くするかしら?正式に発表したわけでもないし、竜に乗れればライダーってそんな安易な職業じゃないからね。あんまり過信しないよーに…って、レリアは平気か」

「あはは…むしろプレッシャーだったり…とか…」


そっか、私、世間ではそんな風に見られてるんだ…。

嬉しいと言えば嬉しい。まさか自分が注目の的…だったとは夢のようなお話だ。

けれどもっと言うならば、今バーバラさんに伝えたように“私”からすれば単純にプレッシャーである。…しかも結構過大な。

だって新星ライダーだなんて、そんな大それたはなし…。


「そんなに背負うことないでしょー?ほっときゃいいのよ、周りのことなんて」

「…うぐっ」

「なんでそこで詰まるのかしら…」


顔色を青くする私の肩をばしばしと力強くバーバラさんが叩いてくる。半ば放心状態にある今では思うように全身に力が入らず、叩かれる振動のままに身体が揺れた。

新星候補って、だってそんな…いや、なるつもりで頑張っちゃいるけれど…しかしそんな、新星候補って。

肩を叩かれるリズムに乗ってぐにゃりと脳内をマーブル状に蠢く言葉の数々にどうしようと口の端を曲げた。…いや、まあどうするべきって、今やるべきことはひとつだけだけど。

息を吸って、吐く。お腹に力を入れて、下げてしまった顔を上げた。

僅かに心配の色が見え隠れするバーバラさんと目が合う。


「………バーバラさん、…ごめんなさい。折角のショッピング潰しちゃって。それで、…だけど私」

「練習してきたいのね。いいわよ。…むしろあたしの方こそ悪かったわね。気分転換どころの話じゃなくなっちゃったじゃない」

「いいえ、そんなこと。嬉しかったです、気持ちが凄く。…それに、知れてよかったとも思いました。そりゃ、バーバラさんが言う通りめちゃくちゃプレッシャーですけど…でも、知らないのと知ってるのとでは、やっぱり違うんだと思います」

「…いいこね」


肩に置かれていた手が頭に乗った。

言葉のままに、犬を撫でるように頭を撫でられて、なんだか不思議な気持ちになる。

頑張ります、と笑って、私以上の笑顔で微笑んでくれたバーバラさんに別れを告げた。

それから地下へ行く道を辿りながら、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


「…とりあえずまた転げ落ちてくるところかな」


道のりはまだ長そうな予感である。




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