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2話:テスト3日前

リゴーンリゴーン、と腹の底に響く鐘の音を合図に周囲の生徒たちが一斉に椅子から立ち上がる。私もそれに倣ってのろのろと椅子から立ち上がった。


「それではまた明日」


担任がお決まりの挨拶をしたところで今日最後の授業と今日1日の勉学から解放される。

途端にざわざわと騒がしくなる教室を出て行く担任を極力見ないようにして、私はどっすんと深く椅子に座り直した。


「………」


身体から魂が抜けたように脱力して椅子の背凭れに寄り掛かる。

…まったく今日は散々な目に合った。

あの後やはりと言うかなんと言うか、授業には集中できなかった。メモひとつ取るにもめちゃくちゃ労力を要したし、担任の説明は要領を得なくてだらだらと長いだけで訳が分からないし、やる気なんかいっさら湧いてこなかった。

少々責任転嫁かもしれないが、あの陰険教師がいけないんだ、私に八つ当たりなんかするから。


「それでさあ、今度のテストのことなんだけど」

「ああ、進級テストのこと?なに、なんかあったの?」

「それがね―――」


ぶーたれる私の横で、私を尻目に友人たちは今度のテストの話で盛り上がっている。

ちょっとは気にかけようよ、と思ったが、さっきの授業のように私と担任が衝突するのはわりと珍しいことではないので、最早放置されているらしかった。なんて酷い。友達よりあんた等はテストをとるのね。

なんだか無償に悔しくなって、気付け気付けとテスト云々で真剣に話し合っている友人たちに念を送ってみる。


「…ちょっと、まだ不貞腐れるの?いい加減復活しなさいよ」


段々自分のやっていることが馬鹿そのものだと私が気付いたころに、ぶーたれながら恨めしいと視線で訴えていたのが伝わったらしい。

友人のひとりであるアデラが呆れたように話かけてきてくれた。

緩くカールした綺麗な金髪を掻き上げながらむくれる私に向かって彼女は溜め息を吐く。


「あんたとあの教師との小競り合いなんてもう日常茶飯事になりつつあるでしょ?一々構ってなんかいらんないわ。大切な進級テストだってあるんだから尚更よ」


男子顔負けの男らしさですっぱあん、と言い切るアデラの言葉に周りの友人たちも会話を中断してまでうんうんと頷いている。

みんな私よりアデラか。アデラの正論に着いて行くのか私を置いて!

女の友情なんてそんなものなのね!と訳のわからない感傷に浸りながらも、正論故に言い返せないで言葉を紡げずにいる私に、アデラは座っていた椅子から身を乗り出して畳みかけるようにこう言った。


「大体、あんたは不貞腐れてる暇なんかあるの?テストよ、テスト。テストがあるの。わかってるの?しかも3日後よ?あと3日しかないんだから!それにただのテストじゃなくて進級テスト!去年の悪夢を忘れたのっ?」


ああ嘆かわしい、と大袈裟に頭を抱えるアデラ、と友人A、B、C。

オーバーリアクションだね、きみたち、と呑気にアデラたちのリアクションに感心していた私の耳に、何故かテストという単語が引っ掛かった。

…あれ?テスト?

テスト。テスト…?


「テスト……」


確かめるように口に出してから、私はやっと事の重大さに気付く。

そうだ、テスト。ただのテストではなく、進級テスト。

そうだよテスト、悪夢の進級テスト!後3日しか時間がないだって?そんなバナナ!

やっとこさ通常モードに戻った私の脳は既にショート寸前だった。

八つ当たりされたからっていじけて授業放棄するんじゃなかった!

今更、後悔と焦燥の念に駆られる私の脳裏を去年の悪夢が走り抜けてゆく。

去年の今頃、私は1年から2年に上がるための進級テストで苦しんでいた。

このプリゼーラ高等学院は世界屈指のマンモス校で、たくさんの学部及び学科があり、就職率も高いことからこの学院は偏差値も高く、並大抵の頭の良さでは入れないとされている名門校だ。

当然の如く毎年世界各国から受験希望者が集まるのでその数は半端なく多い。

受験する者が多ければ、必然的に脱落する者も多い。

そんな弱肉強食のような戦いに、あろうことか普通で名高いわたくしことレリア・シュープリーが、勝利を収めてしまったのだ。

父の背中を追って軍人になると志してから憧れていたプリゼーラ高等学院の受験に受かるなんて、思ってもみなかった。

そりゃ受験するからには受かりたいと思って死に物狂いで勉強はしたさ。

けどまさか本当に受かるとは思わなかった。

受かりたいなあまあ奇跡が起きない限り無理だろうけどHAHAHAHA!みたいなノリで受験に挑んだのに、受かってしまった。

幼い頃から憧れ続けていた名門校に受かった。自分でも信じられないような出来事で、これはもう奇跡が起きたとしか言いようがなかった。

2年経った今でも、頭脳どころか実技も普通まっしぐらな私がこの学院に入れた理由はわからない。

まあ憧れの学校に運良く入れたんだからいいか、と嬉しい気持ちが勝って、学院に入りたての頃は理由なんてロクに考えもしなかった。

…それがいけなかったらしい。

再三言うが、私は頭脳明晰でも周りからなにか飛び抜けてすんごい能力を持っているわけでもない。普通なのだ、至って普通の一般人。

その一般人が運の良さだけで世界屈指の名門マンモス校に入ってしまったのだから、さあ大変。

何がって?ご察しの通り勉強ですよ、勉強。

周りは私みたく運とか奇跡とかじゃない、自分の実力で受かった本当に頭が良い奴ばっかり。授業だってそういう人たちのレベルで展開されるわけだから、普通街道まっしぐらな私にそうそう理解できるはずもなく。

テストは毎回ボロボロのズタズタ。なんとか合格ラインギリギリを保って留年は免れているが、進級テストとなるとそうもいかなくなる。

進級の時期になると1年間で学んだことが凝縮されて出題されるテストのことを、その名の通り進級テストという。

このテストは普通のテストのようにここからここまでの何所かから出すよー、と親切に範囲が出されるわけではなく、1年間学んだこと全ての中から、なんの問題がどのように出題されるのかわからないというなんともデンジャラスなテストである。

そのため定期テストのように簡単にヤマを張ることもできない。

普通の生徒なら進級テストくらいでここまで留年の危機には立たされないだろうが、今まで定期テストすらギリギリでやってきた私にとって、この進級テストは生死の境目と言っても過言ではなかった。

去年の進級テストは実技でなんとか破滅的だった筆記を補ったが、今年は筆記試験より実技試験の方が難しいらしい。

じゃあ筆記はそんなに難しくないのね!と希望を持ちたいところだったが、どうやら去年と同じレベルの問題が出題されるらしく、私の希望は虚しくも木端微塵に崩れ去ったのであった。

それが約10日前の出来事。

こうなりゃもう開き直るしかないんじゃないのかと思ったが、しかしチキンの私に留年覚悟で開き直るなんて大それたことが出来るはずもなく、涙ぐみながら夜な夜な勉強をする毎日を送っていたわけなのだが、しかしラスト3日という貴重な時期になって担任との衝突で大事なテストのことが頭から飛んでしまったらしかった。

なんてことだ、担任の八つ当たり如きでテストのことを忘れるとは単細胞にもほどがある。

我ながら呆れる自分の脳みそ事情に、冷汗が噴き出してきた。

アデラの言う通り、テストまで残された時間は後3日。今日を入れないで後2日。

しかも今日は担任との(以下略)で授業を無駄に過ごしてしまった。

…これはほんとにヤバい。このままだと確実に留年だ。


「どどどどど、どうしようアデラ!このままじゃ留年する……!」


ほんとに今更ながら成績優秀で名高い友人に縋ってみたが、「知らないわよ、あんたの自業自得でしょ」と冷たく振り払われた。

ひどい鬼!

冷たいアデラにそうそう見切りをつけて、友人ABCに助けてと視線を向けると、悟ったような表情で顔を左右に振っていた。

悟ったというか、諦めの眼差しというか…。


「みんな酷い…!」


協力的でない友人たちにやり場のない虚しさを抱えながら、私は最後の悪足掻き、もとい

死ぬ気の猛勉強をするために(みんなの憐みの視線に耐えられなかったとも言う)教室を飛び出した。

大丈夫、みんなが冷たいのは私がやれば出来る子だって信じてるからこその愛の鞭なんだって分かってるから……!

本当は私ことが心配で心配で仕方ないんだよね!


「あの子、今年こそ留年しちゃったりして」

「うーん、可能性大かもね」

「ま、レリアのことも心配だけど、あたしたちだって余裕なわけじゃないんだし」

「うん、帰って勉強しましょ」


駿馬のように家へと走って帰って行く私の耳にそんな声が聞きえた気がしたけれど、きっと焦って正常じゃない私の脳が勘違いしたに違いない。

気のせい、気のせい。

目の前がもややあん、と水の膜っぽいもので視界が悪いのも、きっと気のせい。

……のはず。



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