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    はじめまして‐肆

世界に恩恵と平和を与える堅固にして崇高なる《竜騎士(ドラゴンライダー)》の候補だと己の口から明言するということは私にとって酷く神経と勇気をすり減らさないといけないことであり、目の前のこいつみたく堂々と胸を張って誇りを掲げて言えるような言葉ではないと、先ほどの自分と今のこいつを見比べながら心底そう思った。

ライダー候補という世間に誇れるその事実は、けれど17年間並々平凡に暮らしてきた私にしては余りにも重過ぎるのではないのかと、そう感じたのだ。

……ま、今更ゴタゴタ言っても仕様がないのだろうけど。




「オレもライダー候補だ」

「はあ……」


ライダー候補だと明言した私を待っていたのは予想通りの素晴らしく腹の立つ奴――サクラスの発言で、こいつがとかありえないとかなにかの間違いじゃないかとか、とにかく失礼なことを言いたいだけ言ってやっと落ち着いたらしいその次には、オレもそうなのだと続けられた。思わずなにが、と問い返した私を馬鹿にする眼差しで《竜騎士(ドラゴンライダー)》の候補だと教えられて、はあ、と気の抜けた返事を返す。

すると私の返答が気に食わなかったのか、奴は眉間にしわを寄せて苛々としたオーラを纏いながらそれだけかと表情で問い掛けてきた。

私としたら、だって私もさっき言った通りライダー候補だし、芸人張りのリアクションの取り方なんて知らないし知りたくもないし、もし言えるとすればあれだけ偉そうだったのに候補なんだあんたも、くらいであるが、そんな発言をすれば最後、地の底まで恨まれて叩かれそうなので賢明に控えておいただけに過ぎない。

…だというのに他に何を言えと催促するのだろう、こいつは。なんの感想も貰えないのってもしかしなくともあんた自分のせいなんじゃないのか。


「…なんだそのハア、ってのは」

「……スミマセン」

「………………………………」


まさかそんなことを考えているとは露知らず、相変わらずなんのリアクションもしない私に焦れたらしい奴が不機嫌丸出しの顔で何かないのかと催促してくるが、今考えていたことはやはり言えるはずがないし、他に言えることがなかったからだと機嫌を害した顔をする奴に言えるだけの勇気も気力も既に残ってなかったのでとりあえず頭を下げて穏便にこの場を済ませることにする。

すみません、って結構便利な言葉だよね、…とか腹の底で感じているこの数時間でちょっぴり大人への階段を上ったに違いない、そんな新生な(決して良い方向へではない)私の態度に言う事がなくなってしまったらしいサクラス……さんは未だ納得がいかないような顔をしながらも私の思惑通り渋々と引き下がってくれた。

うん、よし。なんか勝った気分。いいぞ、大人な私。あからさまに渋々な奴に、ちんちくりん発言の借りを返せたような大きな気持ちになって機嫌が少しだけ向上する。

そんな私を見て、奴の不機嫌だった表情が不貞腐れたものに変わっていくのもとても楽しい。自分の方が大人(としうえ)のはずなのに私に子供よろしく感想を催促したことが今になって恥ずかしいみたいだ。

ぷぷ、ダッサー、と心の中で嘲笑って、けれどすぐにこれ以上は私だって大人気ないと止めることにした。せっかくの大人の余裕が台無しになるし、性格も悪く見えるしね…。


「……………………」

「……………………」


と、そこへ、殺伐としながらも自己紹介とささやかなコミュニケーションを終えた私とサクラス……さんの元へ近付いてくるひとつの足音がした。この部屋にいるのは私を含めた4人だけで、1人は私の目の前にいるのでどう考えたって足音の主ではないのだが、まあ考えるまでもなく答えは限られている。

大体予想はついているけれど、と思いながらそちらへ視線を向けると、やはり予想通り見慣れた顔が目に入った。


「二ロバニアさん」


煙草を片手にいつの間にか私たちと距離を取って傍観を決め込んでいた二ロバニアさんが灰皿を片手にこちらへと近付いて来る。

名前を呼ぶと、彼は煙草を持つ手を振り回して応えてくれた。

……今はどうでもいいことだけど二ロバニアさんは相当なヘビースモーカーらしい。気付けば煙草を指に挟んでいる彼に、今度もう少し控えた方がいいんじゃないかと助言をしてみることにした。あるいはもっと軽いのにするとかね。


「サクラス」

「はい!」


お節介を計画する私の横をすり抜けて、二ロバニアさんはサクラス……さ、…もう面倒臭いのでサクラスの前に立った。なんだ私に用じゃなかったんだ、と思う私を余所に、話しかけられたサクラスはしゃきーんとまるで背中にパイプでも入れたみたいに背筋を伸ばして良い返事をして、目の前に立った二ロバニアさんをきらきらとした目で見詰めている……ってあいつは二ロバニアさんの犬か。

二ロバニアさんを前にするところころと変わる表情や声音に幻想で立てられた耳と勢いよく振られる尻尾が見えてくる気さえする。よくそこまで臆面もなく好き好きオーラを纏えるものだと、少しだけ、本当に少しだけ感心した…りしなかったり。


「他の連中はどうした?」

「隊長とダンさんは任務で第18部隊を引き連れてリダリスに、リチャードさんは訓練室に籠っているらしく連絡が取れませんでした。アニタは…えーっと、…すみません、わからないです…」


犬顔負けの、そんなサクラスの態度は当然のことなのかもしくは慣れてしまっているのか、少々戸惑ってはいるもののそんなに気にする素振りも見せずに会話を始めてしまったところを鑑みるに、サクラスはやはり犬なのかもしれないなあなんて結論に辿り着いた私の耳に、二ロバニアさんの問いと、サクラスの返答が入ってくる。

知らない人の名前が出てきて私としたらちんぷんかんぷんだが、どうやら話の中心にいるのは私…というか、私に関わるお話をしているらしい。

みんな連れてくるね、とこの部屋を出る時にロヴィーナさんが言っていたみんなというのはどうやらサクラス1人だけを指すわけではないと感じてはいたが、二ロバニアさんとサクラスの話を聞く限りそれはどうやら確定、みたいだ。…残念なことに。そう、凄く残念なことに。だってサクラスの台詞に4名ほど名前が出て来たではないか。

ということはまだ会わなければいけない人が少なくとも4人はいるだと…?

慄く私とリンクするように、隊員の行方を把握しきれていなかったことを恥じているのか申し訳なく思っているのか、答え終えたサクラスが居心地悪そうにすみません、と呟きながら身動ぎするその姿に垂れ下がった犬の耳と尻尾の幻影を見た。

…もしかしたらあいつ同様落ち込んでいる私にも、何か動物の耳とかが生えているかもしれない。そんな気分になるくらいにはブロークンハートだ。


「ああ、気にするな。アニタは仕方ない」

「ニロバニアさん……!」


けれどそれを気にする様子もなくニロバニアさんが快活に返答をしたので、サクラスは落ち込む私を置いてすぐにはい!と再び良いお返事を返して元気に復活してしまった。

サクラスの茶色の頭に勝手に見ていた犬耳がぽろりと取れる。

あー……いいね、単純で、あなたは。

人のことは言えないくらい単純思考である私に簡単人間のレッテルを貼られた可哀想なサクラス君と会話を終えたニロバニアさんが、寂しそうな表情をするサクラスを置いて私に向かって来た。

何か決定したんだろうかと首を捻りながら視線で問い掛けると、彼はぼりぼりとひげが生えた顎を掻きながら私と同じように顔を傾けてみせた。その右に傾いた顔が少しばかり申し訳なさそうだったので、ああ今日はこれでお終いなのかと答えを聞く前に直感する。


「…悪いな、レリア。今日はロヴィーナとサクラスにしか会わせてやれないみたいだ」

「あ、はい、大丈夫です。えーと…」

「泊まりだね」


やっぱりか、と思いながら、ライダーに限らず《支配者(ルーラー)》というのは忙しい職業だと分かり切っていることなので、別に文句も不満もなかった。…強いて言うなら緊張しなければならない期間が延びたことが新たな不安の種になったことくらいか。

しかし今日のうちに会えるのは2人だけだとわかった時点で、でもじゃあ私どうすれば、とそこまで言いかけたところで背後からだったらと私の台詞に被さってくる声がした。確かめるまでもなく、ロヴィーナさんだ。


「とまり?」


いつの間に近付いてきていたのか、ひょこりと私の肩越しに顔を覗かせた彼女は私が復唱した台詞にうん、と頷く。

頷く動作に合わせてさらりと揺れる彼女の髪の毛が頬を滑るのがくすぐったいので、身体を反転させロヴィーナさんの方を向きながら再び不思議そうな表情をしてみせると、ロヴィーナさんは人差し指をびし、と立てて見せた。

その指先で放物線を描きながら私と背後にいるニロバニアさんの間に視線を漂わせる。


「あれ?はじめからそのつもりだったんじゃないの?今からお家に帰って、また王都まで来るんじゃあ大変でしょ」

「ああ……そっか。ですよね」


どうやら放物線は私の地元である首都・フォスマーギルと今いる王都・ソンダージェの距離の長さを示していたらしい。

ロヴィーナさんの説明と指の動きで、緊張と初の王都訪問の興奮であまり明確には覚えてはいないが、首都からここまでは来るのにそこそこの時間を有していたことを思い出した。また列車に揺られながら自宅に帰ったところでどうせすぐにこちらにとんぼ返りするのだろうから、ロヴィーナさんの言う通り帰った方が大変だろうし、なにより帰るだけ無駄である。

そっか、あまり考えてなかったけど、私は今日から数日間は王都に滞在か…。

未だに首都と王都の距離をあらわす放物線を何度も描き続けているロヴィーナさんの言葉で『泊まり』の意味を理解した私は、背後の臨時保護者の顔を窺うことにした。

くるりと振り向いた私を見て、二ロバニアさんは「ああ、泊まる場所か」と頷く。

うん、そうだ。泊まる場所。まさか野宿しろとは言われないと思ってはいるが、二ロバニアさんが相手だと失礼ながら些か不安になってしまうから、確認として尋ねておきたかったのだ。


「部屋なあ…何処が最適か…」

「こういう場合は普通、軍の寮かゲストルームですよね。ライダーの宿舎は、…さすがにまだありえませんし…」


視線を部屋に巡らせながら何処がいいかと模索しているであろう彼に、指の動きをやっと止めたロヴィーナさんが助言をする。

それを耳にした二ロバニアさんが一旦動きを止めて、ああそうかと手を叩いた。

どうやら私の宿泊先が決まったらしい。


「そうだなあ、レリアはまだ正式なライダーでも候補生でもないからな。宿舎は無理だろうから…、ここから一番近いのはゲストルームか?どうせ手続きを踏んでWGSFに属すようになれば個人の部屋が与えられるんだ。その前に居心地が良い塒が出来るよりもまだ仮住まいのがいいだろうし、本部から近い方が何かと安心だろう。…よし、ロヴィーナ。レリアは取り敢えずゲストルーム行きだ」

「わかりました。じゃ、僕が案内しちゃいますね」


そう言えば、家から抱えて持ってきた私の荷物はリムジンに乗って降りた後、運転手の人が何処かへ運んでいたような気がする。

あの中には母が呆然自失していた私に変わって色々と王都に訪れるために必要なものを詰め込んでいたから、きっと泊まるために不可欠なものは全部入っているのだろう。

心配することは何もない。

まるで囚人を監獄に入れるみたいな言い方で泊まる場所を言い渡された私は、ロヴィーナさんに着いてくるよう促されて二ロバニアさんに別れを告げ、今までの話についてこれなくて不満顔のサクラスにも優しさで頭を下げてやってから待機所を後にした。




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