表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/38

    はじめまして‐参

「なんですか、このちんちくりん」


はじめ、その台詞を言われた時に誰に向かって言っているのか理解不能だった。

だって初対面の人に開口一番に悪態を吐く人間が普通いるとは思わないじゃない?

しかも名高く誇り高いWGSFの人間ならなおさらだ。そんな下らないことをする人がいるとは断じて思わなかった。

だというのに、部屋に入ってきたロヴィーナさんの後に続いてやってきた彼は私の顔を視界に入れるなりとんでもなく失礼な暴言を吐いて、しかもそれに止まらず改めて暴言に固まる私のことを検分するかのようにじろじろと全身を上から下へ下から上へと見た後…なにを思ったのか腹立つ顔でハンッ、と私のことを嘲笑ったのだから、どうやら名高く誇り高いWGSFへの評価を改めなければいけないかもしれない。

まさかの事態に緊張も不安も吹っ飛んだが、けれどそれは嬉しいことではなく、それはむしろ緊張や不安よりも重大なことが起こったからの結果であって逆に不愉快である。

てゆーかなにこいつ…!!

頭の中はわりかし冷静でもやはり感情は抑え切れるものではなく、むかむかとした気持ちが湧き上がってくる。勝ち誇ったと過信してるあまりにも腹立つ動作と表情に思わず原型がわからなくなるくらいに顔を歪めた。


「……久しぶりだな、サクラス」


なんだこいつなんだこいつ失礼にも程があるぞ何様だ、とわなわな震える私の頭上から苦笑と小さな謝罪と、それから最低男に話しかける台詞が降ってきて、思わず顔を上げる。声のトーンのまま本当に苦笑いしているニロバニアさんと視線が合って考えるまでもなく宥められているのがわかったが、しかしいくら温厚で知られている私でも我慢出来るものとそうでないものとがある。この非常識は我慢出来ない範囲のド真ん中をぶち抜いて貫いて行ったから、如何に天下に名だたるWGSFの人間、…もしかしたら《竜騎士(ドラゴンライダー)》かもしれないが、それでも許せないものは許せないので、視線で宥めてくる二ロバニアさんの優しさと余計な衝突は避けようという常識は捩じ伏せて、私はふん、と息巻いた。

絶対謝罪させてやる!人のこと見るなりちんちくりん扱いしやがって…!

いけ、レリア!ビビりでチキンで極度の心配性だってやるときゃやるとこ見せてやれ!

心の中で激しく自分を叱咤激励しながら鼻息を荒くする私を見て悪の根源みたいな悪魔男に何やら言い返そうとしているのがわかったのか、まいったなと眉尻を下げる二ロバニアさんから外した視線を奴に移しつつ、あんたね、と口を大きく開けて強い口調で捲し立て……ようとしたのだが、敢え無く私の絞り出した文句と勇気は無残にも打ち砕かれてしまった。


「あんたねっ、」

「はい!お久しぶりです二ロバニアさん!」

「……………………………………………………………はあ?」


なんでそんな初対面の人間に失礼なことを云々、と礼儀正しい一般人ぶった言葉を浴びせてやろうと思っていた私など意に介さず、焦点を合わせた先に居た常識知らず男の視線の先は、もちろん私…ではなかった。

私の台詞に無遠慮に被さるようにして聞こえてきた台詞と私と奴の温度差に、正論で着飾ったはずの文句とはかけ離れた間抜けな声が口から飛び出る。

しかもなんか…二ロバニアさん、とか聞こえなかった、か…?


「えー…………と…」


はい!お久しぶりです二ロバニアさん!と、まるでドラマに出てくる好青年よろしく爽やかな声音で言われたその台詞の意味を理解するのに時間がかかってしまう。

え、いやだって、今の誰が発言したの…?とゆーかあんた何処見てんの…?

自問してみたところで答えは疾うに出ているのだが、わかりたくない理解出来ない意味分かんないの三拍子で、私の脳は自分で弾き出したその答えを認めようとはしない。


「あー…えー……、そう、だな。久しぶりだな。…うん。…多分、三ヶ月ぶりだ。……あー……まあ、なんと言うか…、元気、そうだな?」

「はい、元気です!二ロバニアさんもお元気そうでなにより!」


がりがりと困ったように後頭部を掻きながら私と無礼男の間で焦点を定められずにいる二ロバニアさんのやたらと間の多い台詞に虚しさを覚えるし、逆に二ロバニアさんと会話が出来て幸せだと全身で語っている奴――サクラスというらしいが、奴の楽しそうな笑顔にも虚しさを覚える。

いいですよ、そんなに気にしなくても…。更に虚しさ倍増するし…。

ちらちらとこちらに気遣いの眼差しを寄越す二ロバニアさんに心からそう思った。


「ああ、俺も元気だ。軍人は身体が資本だからそんなことは当然だろうが……」

「そんなことありません、いつも体調管理をきっちりとされているニロバニアさんは素晴らしいです!」

「…お前もいつも元気だろうが…」

「二ロバニアさんと隊長の次に、ですね!」

「………………」


…女子高生みたくきゃっきゃっと話を進める奴を見て、さすがに現実逃避は出来ないと悟った。…うん。つまりは、そういうことなのだろう。

初対面の女の子のことをちんちくりん扱いしたあげく鼻で嘲笑うという暴挙を成し遂げたクセに、もう私の方など気にもしない…というか奴の脳内に“私”という存在がいるかどうかも疑わしいほど一切目もくれず、だ。

つまり初めから私など眼中になかったと、そういうことなのだろう、きっと。だとしたら、怒り心頭したはずの私のあの激しい気持ちは何処へ向ければいいのだろうか…。

唐突に怒りの矛先を失った、というか怒りの矛先に華麗にスルーされた私は凄くいたたまれない存在である。


「先にあったあの事件、先輩とオレで調べさせてもらったんですけど、二ロバニアさん聞いて下さいましたか?」

「さっきロヴィーナから聞いた。頑張ったんだってなあ、サクラス。あいつも褒めてたぞ」

「本当ですか!?」


私を罵った時とは真逆過ぎる声音と表情と、犬が飼い主を見詰めるようなきらきらとした眼差しでニロバニアさんに笑いかける奴の豹変ぶりにぽかんとしつつも、わりと冷静に今の自分のポジションを見極める私にハハハと乾いた笑みが零れる。

ああ、私ってばいつもこんな役回り…。

悲し過ぎる現実にるーるーるー、と心に秋風が吹き荒んで心身ともに冷えていく。

ガツンと言ってやろうと意気込んで握り締めた行き場のない右手が空回りを強調して更に虚しい。とりあえずどうしようもない右手を惨めな気持ちでそろそろと定位置に戻して、明るいオーラを振り撒いている奴の向こう側、申し訳なさそうな苦笑とも失笑とも取れない複雑な顔をしているロヴィーナさんに意識を向けた。

必死に訴える私の視線に気付いたのか、今度こそ正に申し訳なさそうな表情を浮かべながらロヴィーナさんがこちらにやって来てくれる。

何か言いたげに口を開きかけたロヴィーナさんをちょっと申し訳ない気分になりながらもそれを制して、意を決してあることを聞いてみることにした。……これが肯定されるか否定されるかで私の今後のWGSF生活が左右されると言っても過言ではない心臓に悪い質問だ。


「………………あれが私の上司になる人ですか?」

「え?…ああ。ううん、違うよ。あの子はね、…レリアちゃんにとったらどの位置にいるのかな…うーん、と、……先輩兼同僚、かな?うん。そんな感じだと思う。追うべき背中であって、共に励むべき友人、というか」

「ゆ、ゆうじん?」


目玉が出るくらい驚いた、とはこのことだろう。

違う、と否定して貰えてとてつもなく嬉しかった。だってあんな奴が上司になりでもしたら私はきっと間違いなく、ストレスでしんでしまう。

けれどその後に続いた言葉が疑問と言うか…甚だしく理解不能だったからプラスマイナスゼロ…いや、それでももしかしたらマイナスかもしれない。

だってゆうじん?私とあいつが?ユージン…って、友達、ってこと?

驚いて、というよりもショックを受けて私とあいつが?と聞き返すと、ロヴィーナさんは苦笑をしながらうん、と私の問いに頷く。それからえーとかあーとか、断続的な母音を発してから視線を空中に漂わせつつ、人差し指を立てて同僚だか後輩だかの弁解を開始した。


「ごめん。あの子ちょっと無愛想と言うか、ちょっと、ひ、人見知りと言うか…」

「……不躾の間違いなんじゃないですか」

「う。…いや、……うん…そう、だね…、うん。…ただひたすらごめん」


私が言うのもなんだが相変わらず楽しげに二ロバニアさんに纏わりついている不躾男はまだ若く見える。多分、私よりは年上だと思うが、そんなに変わらない年齢のはずだ。

だったらまあ、男は女よりも子供だと通説にもあるわけだし、ロヴィーナさんも必死にフォローしているし、何より奴と会話中のニロバニアさんがさっきから私の方をちらちらと気にしていてなんだかむしろこっちが申し訳なくなってきたので、取り敢えず今は納得しておくことにした。

…むかついてはいるし、友人だとかそんなのは絶対認めないけど。


「大丈夫ですよ、別に。ロヴィーナさんが気にすることじゃないですし」

「うーん、でもサクちゃんは僕の後輩だしさ。…本当にごめんね、レリアちゃん。もう少し注意しとけばよかったんだけど」

「いいえ。平気です。ちんちくりんなのは事実ですので」

「レ、レリアちゃん…」


今出来る精一杯の笑顔と冗談をロヴィーナさんに向けると、彼女は安心したように胸を撫で下ろして柔らかい笑いを返してくれた。

いやあ、ロヴィーナさんはやはり良い人だ。荒んだ心にロヴィーナさんの笑顔が沁みる。

それに引き換えあの不躾男、こんなに優しくて聡明なひとが上司だか先輩だかだというのになんて野郎だ、とうきうき幸せそうな奴を横目で睨む。

ホントに女子高生みたいなノリで会話をする奴と、応対にやや困っているらしい二ロバニアさんを見てあいつ二ロバニアさんのこと困らせてやんのー、と嘲笑った後に私もここ数日間あの人にめちゃくちゃ迷惑をかけたのだと思い出してその気持ちは心の中に留めておくことにした。

けれどあそこまで困った風な応対をしているニロバニアさんを見てもなんとも思わないのかなんなのか、べらべらと捲し立てる奴よりかは私のが幾分かマシなはずなので、三割嘲笑い、六割恨み、一割で気付けとその他の感情を含めた眼差しで念じながら奴を視線で刺す。

私の頭の中の妄想では、奴は既に身体中穴だらけである。ふーんだ、ざまあみろ!


「………サクラス」

「はい?」

「あっち行くか」

「……はい?」


その疎ましさ全開のねっちょりとした視線に気付いたらしいのは当事者の奴ではなくニロバニアさんで、そのニロバニアさんが、なおも話を続けようとする奴を止めて、私を手で示してくる。

げ、なんのつもりだあのおっちゃんと心では思ったが、まあ当然だとも思った。なんせ当初の目的は私と私の上司になる予定のひととの顔合わせであって、奴が二ロバニアさんと天真爛漫に話をすることではない。

まだまだ積もる話があっただろうに、その話したい相手に制されたばかりかちんちくりん扱いした歯牙にもかけていないときっと自分では思っているであろう私を示された奴がこちらに向けた顔は、大いに嫌そうで不快そうだった。

私も人のこと言えないくらいには引き攣っているに違いないけれども、あそこまで拒絶した表情をしなくったって、と思わせるくらいに奴の顔は最悪で、それを見た私の表情筋も負けず劣らずと引き攣る。きっと顔面にげ、って書いてあるに違いない。

出会ってものの数分で互いにこいつとはそりが合わないと認識し合っている仲の私たちは、困った顔をしている大人ふたりに見守られながら適度の距離を保って近付き、それから気を遣っているのがひしひし伝わってくる大人ふたりのもとで適当過ぎる挨拶を交わした。


「……どうも」

「…ああ」


以上、会話終了。これ以外に話すことなどありません……とはやはり行かず。


「こら、サクちゃん!君の方が先輩なんだから、ちゃんとしなきゃ駄目でしょう?挨拶だけじゃなくて自己紹介は?大体、出会い頭に失礼なこと言ったりして…」

「事実を言って何が悪いんですか。何処の馬の骨とも知らないこんな奴に自己紹介なんて必要ないと思いますけど」

「だからそれを知るために話し合うんだよ。当然だよね?」

「それは…まあ、そうですけど」

「さっきのは明らかにサクちゃんが悪いよ。栄えあるWGSFの人間なら自分の非くらい認められるよね?」

「…………、はい」


私としたらこんな奴と自己紹介し合いたくもないし、さっきの挨拶で十分で、出来れば一緒にいるのも嫌なんだけど、そんなことを大人であって目の前で明らかに不満そうにしているこいつの先輩だかであるロヴィーナさんが許すはずもなく、彼女は滔々と奴に説教をし始めてしまった。

気にしてないと言ったら嘘だけど、別にいいですよ、と言おうと思ったが、どうやら雰囲気がそんなこと言えるような空気ではないのでいつの間にか煙草を吹かしている傍観を決め込んでいるニロバニアさんと一緒に大人しくしていることにする。

…説教されて少しではあるが反省しているらしい奴を見るのが楽しいから、というのももちろんあるけど。

これこそざまあみろって感じで、ささくれ立った気持ちが少し和らいだ。さすがロヴィーナさん。いい仕事をしてくれる。

私ももうちょっと大人になろう、とそう決意した時、不満ながらもロヴィーナさんの言葉を聞き入れたらしい奴が私にくるん、と向き直った。

どうやら嫌だ嫌だと語っているその顔で私に自己紹介をしてくれるらしい。

奴の隣でごめんこれが限界だったと表情で喋りかけてくるロヴィーナさんに首を振って感謝の意を示したところで、機嫌悪そうに下がっている口の端と反対に吊り上がっている眉に寸分違わぬ刺々しい声音が奴の口から飛び出した。


「…サクラス・エンブリー、政府直下特殊戦闘部隊WGSF所属・第4突撃隊隊員…………デス」


…さっきのニロバニアさんに対するあの態度との違いはなんなんだ、と突っ込んだらお終いだと感じさせる豹変ぶりではあるが…まあ、許容範囲だ。

ロクに目も合わさずにあからさまにかったるそうなポージングでちんちくりん発言の謝罪はなかったし片言だしなんか紹介されてる気もしないけど、…仕方あるまい、許してやろう。ただ怒鳴りつける勇気というものが今の私にはないから、とかでは決してない。さっきはあまりのことに腹が立つというより頭に血が昇ったから強気だったわけじゃないし、私のが大人なんだもんね、と自分自身に言い訳しながら相変わらず目を合わせようとしない奴の斜め横顔に私も自己紹介をすることにした。

うん、…やっと当初の目的が果たせそうでよかったよかった。ここに至るまで長かった道のりに少々疲弊しながらも安堵で胸を撫で下ろし、口を開く。


「……初めまして、レリア・シュープリーです。…えー、と」


そこで一旦言葉を切って、奴の後ろにいるニロバニアさんに視線を投げかけた。

言うべきことはわかっていだが、本当にそれでいいのかという確認のためだ。後は気恥かしさと、それには妙なプレッシャーがあるから、言わなくてもいいかと聞きたかったんだけど…。

けれど目を合わせたニロバニアさんは私の視線の意味に気付くと、全部理解した上でだろう、彼はひとつだけ小さく頷いた。それはつまり私が言おうとしていることは間違いではなく、しかも言わなければいけないことだと伝えてきていると瞬時に理解する。

…うう、結局こうなるってわかってたけど、これは緊張する!

頷いてくれたニロバニアさんに頷き返して、私は今にも震えそうな手と脚に力を入れながら大丈夫だと自分に言い聞かせた。

うん、そう、大丈夫。だって未だに納得出来ないけれど、私はそうなんだってニロバニアさんが再三言ってたじゃないか。こんなことでビビるな、私。

気合いは十分、覚悟もそれなりに。

ニロバニアさんのGOサインに答えるべく乾いたくちびるを舐めて、私は止めてしまった自己紹介に怪訝な顔をしている奴に向き直って、現実だけれど嘘のような、認めたくないけど嬉しいような、とにかく緊張するその事実を自分ではじめて言葉にした。


「初めまして、レリア・シュープリーです。プリゼーラ高等学院生物学科の2年生で年は17歳。好きなものはリラックスで、嫌いなものは緊張すること、で、――それから、《竜騎士(ドラゴンライダー)》候補です。…どうぞよろしくお願いします」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ